10 出会い
10 出会い
「人間か、いい匂いがするな」
夜空を見ていたら唐突に声が聞こえた。
びっくりして声のするほうを見ると、闇の中に二つの水色の光が浮かんでいた。
感知魔法はあるし、魔法障壁があるので悪意のある魔物が近づくことに気付かないなんてことはありえない。暗闇に眼を凝らしていると、徐々にその輪郭が見えてくる。
それは猛禽類のような見た目だったが、見えにくいのも当然で、毛皮から嘴、爪にまで全身真っ黒だった。カラス?いや大きさからワシかな?
眼はきれいな水色。羽を広げて、ゆっくりと羽ばたきながら近づいてくる。羽を広げると2メートルくらいあるだろう。魔法を併用しているのか、水のなかを軽やかに泳いでいるようだ。
炭火とランプの光に照らされるとその毛並みの美しさが良くわかる。
「おい」
ぼおっと見ていたら呼びかけられる。
「はい」
「それは何だ?いい匂いだな」
「へ?これですか?」
視線の先にあるコップを持ち上げる。赤ワインがふつりふつりと湯気を上げている。アルコールとスパイスの香りが漂っている。
コップからじとっとした目線が離れない。
「………」
「………」
「飲みますか?」
「うむ」
眼の光でなんとなく敵味方というのはわかる気がする。魔獣は本能のみという感じで濁ってギラギラしたものだが、目の前にいる生き物からは理性の光と、長い時を経たものしか持ち得ない深く柔らかな眼をしている。いまはそれに少年の好奇心ような、キラキラしたものを含んでいる気がする。
沈黙に負け、新たに取り出したコップに赤ワインと砂糖、スパイスをいれる。網の上に載せて、沸騰しない程度に暖めておく。
温まるまでの沈黙に居心地悪さを感じて、何かつまむものでも出そうと思い、魔法鞄の中を探る。
「なにか食べれないものとかありますか」
「ん? ないぞ」
「じゃあ……」
いくつかドライフルーツと、大豆や木の実を炒ったものを平皿にだす。どうぞと差し出すと、じっと見つめた後に嘴でひょいひょいと食べていく。
「む、これはうまいな」
「ありがとうございます」
「あ、ワインもそろそろ大丈夫ですよ。熱いので気をつけてください」
「うむ、おおこれもうまいな」
「はあ」
「人間の子供よ、名はなんという」
「グラディウスが孫、メルクリウスといいます」
「そうか、わたしはルフという」
「ルフ、様?」
「うむ」
「ルフ様にいくつかお伺いしてもよろしいでしょうか」
「なんだ?ワインの礼だ。答えられる限りは答えてやる」
「ルフ様は、何者でしょうか?」
「………………」
ルフ様は質問に答えることはなく、じっと眼を見つめてくる。奥にある考えが見抜こうとしているような、その答えを言うべき相手か見定めているような、無言の圧力。
しばらくするとふっとその圧が緩んで、目元に優しげなものが混じる。
「何者か、か。哲学的な質問だな」
「そうですね」
「わたしは人族のいうところの『使徒』だ」
「!!」
使徒!?
「………使徒、賢獣、聖獣。言い方はさまざまですが、神様の使い、世界の管理者ですか」
「そうだな」
聖獣。
古代竜やグリフォンなど種類はひとつではないが、神様の使いとされる獣をそう呼ぶ。伝説的な存在で、人前に出ることはめったにない。というのも魔素だまりの管理となると僻地になる事が多く、街の近くに存在することが少ないからだ。
「聖獣様がなぜここにいらっしゃるのか伺っても良いでしょうか」
「わたしはほかのものと少々役割が違うのだ。言うならば見回りだな」
「見回りですか?」
「魔素だまりはわかるな。魔素の管理というのは定期的に必要なものだ。密度が高く頻度が高い場所ではその地域の聖獣がいることで散らすことができる。しかし何事も突発的なこと、イレギュラーはある」
ワインを一口ついばんで続ける。
「魔道具の暴走、生態の変化、自然災害… 原因はひとつという訳ではないが、どうしても突発的な魔素の暴走というのは起こってしまうものなのだ。もちろん人族で対応出来るものは任せることも多いが」
「まさかこの付近で…」
ルフ様はコクリと首を下げる。マジか。エクアダからそんなに離れていないぞ。こんな場所で『スタンピード』が起これば…
心を読んだわけではないだろうがルフ様が「心配するな」と諭す。
「魔素だまりといっても初期でな。魔獣討伐で十分対応可能だ。」
その言葉にほっとする。
オークのコロニーが形成されかかっているようだけれど、この場所から半日位歩いた位の距離らしい。
「とはいってもちょうど街から微妙な距離でな。人族の対応が遅れると危ないので、念のためわたしが来たというわけだ」
「なるほど」
「よし、メルクリウス。君も手伝いたまえ。」
「はい?」
え? 討伐をすること自体は問題ないけど、なんで急に?
疑問が顔に出ていたのか、ルフ様がそのまま答えてくれる。
「先ほどもいったが、わたしの役目は見回りだ。そのため魔素探索の範囲は広く、魔素分析の能力も優れているのだよ。君の魔素は人間にしては淀みなく、きれい過ぎる。まるで太陽のようだ」
「あ、そうなんですか」
「うむ、生まれ持ったものなのか、神の祝福が大きいのか、鍛錬の結果かそれはわからんがな」
ほめられているようで照れくさくて頭を掻きながら少し笑ってしまう。ルフ様は目を細められている。爺ちゃんがおれをみるときと同じような慈愛を感じる。
「それと…」
簡易天幕や四方結界杭を見て言う。
「わたしも魔道具は多く見たが、このようなものは初めて見た。」
「あれ? テントや結界用の魔道具って一般的なものだと思いますが…」
「そうではない。魔石に描かれている魔法陣の精度や魔力の運用効率、素材の組み合わせ方… その発想自体が特異なのだ。」
「そうなんですか。」
「魔法陣や魔道具には種族や地域によってある程度の癖や特徴があるが、これらからはそれを感じられん。いやメリクリウス、お主の発想のベースが想像しにくいというべきか。」
それはたぶん前世の記憶のおかげだと思います。
「師匠から教わったものを改良し精度を高めるのが普通だからな。新しい発想のものもないわけではないが、もっと精度が低かったり、実用性に欠けるものだ」
「はあ、ありがとうございます」
多分褒められているのだろう。変な発想と言われている気もするが。
コップにワインを継ぎ足す。あ、おつまみがいつの間にかなくなっている。
「あ、何かほかに出しますね、えーっと」
出発前に用意した作りおきで何かあったかな。
「あ、ルフ様は甘い物はお好きですか」
鞄からドーナツを取り出し、お皿に乗せる。小麦粉、卵、ベーキングパウダー、牛乳を練り、オーブンで焼き上げたものだ。上に蜂蜜入りの砂糖水をまぶしている。本当は油で揚げたかったが、この世界では質のいい油を手にいれる事が出来なかったので焼きドーナツとなったが、これはこれでヘルシーで美味しくなったと思っている。マリーさんに食べさせたら、ものすごく感動して口の中いっぱいにほうばっていたっけ。
「はい、どうぞ」
「おお、これはうまいな」
目がとろんとしている。内心、この聖獣は甘いものもいけるのかと思う。思いつきで出したので、お酒と甘いものの組み合わせはどうかと一瞬思ったが大丈夫そうだ。
新たにワインやドーナツを出しつつ、ゆっくりと語り合っていくうちに夜は更けていった。
やっと、タイトル通りに出会いました。
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