エピローグ
初投稿です。よろしくお願いします。
エピローグ
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人間というのは結局、一人で生きて一人で死んで行く。
老人の呟きは、孫やひ孫に囲まれて穏やかな旅立ちの一小節となる。
人間は誰かと繋がっていないと生きていけない。
多弁な青年は、裏切りの果てにたどり着く死の淵で何を思うのだろう。
人は何かを得て何かを失う。そして何かを思い、何かを忘れる。
大きな輪廻の濁流の中で、忘れ得ぬもの。
ひとはそれを転生と呼ぶ。
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緩やかに起伏している草原、どこまでも吸い込まれるように遠い空。大地を二つに割る切り取り線のように、まっすぐと伸びていく道。そこには肩幅ほどの石が表面を最低限平らに整えられ、馬車が通れるくらいの幅で隙間無く並べられている。街道の彼方には萌える黒い連山が、障壁のように空を斜めに区切っている。
その道のりを歩く少年がいる。
歩くということに慣れており鍛えてもいるようで、歩みのペースは一定で軽快でスピードも速い。
年齢は15歳、真鍮のような鈍い光沢の髪、薄い鼠色の目の色。無個性な顔立ちで、背丈も歳相応といったところだ。
名前をメルクリウス、親しい人は彼をメルと呼ぶ。
中世ヨーロッパのような服装で、ウール素材のキャスケットを被り、マフラーともショールとも言えないこげ茶色で大きめな布を首に巻いている。全体的にシンプルで控えめなデザインだが、綿布の織りが細かいのか野暮ったい印象は無く、上品に見える。肩掛けかばんを背負い、最低限の荷物しかもっていない。すぐ取り出せるように、腰に短刀と水筒がくくりつけられている。
空の綿菓子のように浮かぶ雲を背にして、滑るように一匹の鳥が向かってくる。徐々に距離が近づくにつれて、その鳥の大きさがわかってくる。広げた羽の大きさは2メートルはあるだろう。
静かにスピードを落とし、メルの頭の上で一回りしたあと優雅に肩の上に着地する。彼らはそのまま、いつものことのように一言二言、言葉を交わしながら足と留めることなく歩き続ける。
歩調に合わせて、鳥の頭が少し上下に揺れている。
その鳥は名前をルフをいう。
カラスのように全身まっ黒であるが、その大きさや、姿かたちは猛禽類に近い。
クチバシや爪の鋭さと曲線は、自然や生き物がもつ造形美を感じさせる。目だけはトルコ石を磨いたような、緑がかった青色である。
その威厳と高貴さ、思慮深さを兼ね備えたような佇まいは、どこかの森の主だと言われても納得できるだろう。
メルが暇つぶしに口ずさむ軽快な音節が、風に乗って消えていく。そのメロディーをほかの人間が聴いても、何の曲なのかわかることはない。
創作ではない。音程がずれているというわけでもない。
この世界では誰も知らないのだ、彼の歌の意味を。
ルフとメルは契約者であり親友でもある。悪友と言っても良い。そして秘密を共有しあっている。彼らが出会い、一緒に旅をし始めたのは2ヶ月ほど前からになる。
メルはどこか無害そうな印象の薄い容姿で、弱弱しくみえることもあって、そこまで悪い扱いを受けたことは少ない。ルフの見た目は威圧的だが、この世界でも猛禽類は神の使いとして物語に登場することが多く、また鼠など害獣駆除を行うことが一般的で、益獣として親しまれている。そのため彼らはどの街でも、どの村でも好意的に受け入れてくれることが多い。
もちろん、悪意を持って接してくる人間というのもいるが、それに対して彼らは遠慮をするということは決して無い。暴力には更なるゴリ押しの暴力でやり返す。立場や権力が誇示される理不尽には、知略を巡らせ裏で計算高く立ち回り、結果として敵対したものたちには、彼らを敵に回した後悔を与えるだろう。
彼らは戦闘狂ではないが平和主義者でもない。(どちらかというと享楽主義者である。)
そして、ふたりが組んで本気で戦ったとき、この世界で立っていられる人間は、両手に数えるほどしかいないだろう。
けれど彼らはその力を、見せびらかすように、誇示することは少ない。むしろひっそりと、自由に生きることを好んでいる。彼らは自由に生きていくための少しのお金と、おいしい食べ物があれば十二分に人生を謳歌できると思っている。
ただし本人たちが望む望まないにかかわらず、その力と知識が周囲に大きな影響を与えてしまう。前世の記憶を持ち特異点としての運命を背負った少年と、聖獣と呼ばれ世界の管理者でもある鳥。この物語はそんな1人と1匹の旅の記録である。