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春来たりなば

 ふわわ……と、大きな口をあけて欠伸しながらアンリは自室のベッドで上体を起こし、伸びをした。

 裏庭に面した窓のクリーム色のカーテン越し、射し入る日差しの強さを判断すれば夜明けからさしたる時間は経過していないが、早起きの小鳥はすでに枝の上に鳴きかわしている。


 今日はアンリの仕事は休み。季節的には春になっているとは言ってもまだ朝の早い時刻は空気も冷たく、暖かなベッドの中は心地よい。しかも昨夜は翌日が休みであるのを良いことに、アンリは少々夜更かししていた。

 もっと横になっていても文句を言う人間は無いのにふだん通りに起きてしまうのは、いまいち融通の利かないアンリの性格を象徴しているのか、それとも前世で考えれば年齢的に老人なお年頃になっているからなのかは彼女も迷うところ。


「……もっと早起きさん達もいるみたいだから、お年寄り早起き説的にはセーフかな?」


 カーテンを開け、汲み置き水で顔を洗おうと窓辺に置いた洗面机の前に立てば、眼下、裏庭を重そうなバケツを持って歩いていく少年の姿が小さな窓越し彼女の目に入った。


 この下宿の次代女将の娘婿フレイドが連れて来たあの少年は、今現在この下宿で住み込みで働いている。

 名前はルークス。

 彼はトーラスのダンジョン都市から徒歩で十日ほど離れた山奥の寒村の出で、その村の者はみな苗字を持たないそうだ。

 前世では平民苗字必称義務令』発布から百数十年が経過した時代を生きていたために姓の無い人間などいなかったが、この世界ではそれほど珍しいことでもない。

 

 ダンジョン都市からの帰路の護衛依頼での移動中、下働きとして隊商の移動に参加していたルークスはフレイドに弟子にして欲しいと頭を下げて頼んで来たのだ……と、アンリは聞いている。


「俺らに声をかけて来る前にも、ダンジョン都市のパーティーにもあちこち頭さげてたらしいけど……年齢もアレだし、あの()()だからなぁ」


 あの夜、夕餉の後にも片付け仕事を請け負おうとしていた少年を早々に寝台へと追いやった後、フレイドは大女将のマリベルや妻のエリサ、長くこの下宿に住んで家族同然のアンリら下宿人達の前でそう話した。


 ルークス少年の年齢は、13歳。

 冒険者は15歳にならなければ冒険者ギルドに登録は出来ないし、ダンジョンへの入場も以来の受注も出来ないが、荷物持ちや雑用係としてなら12・3歳にもなればパーティーの中に受け入れられることもある。

 だがそれも年齢なりかそれ以上に身体がしっかりした子供に限られる。

 対してあの少年は、上背も肉付きも貧相に過ぎた。

 そんな子供を受け入れては虐待を疑われかねないのだから、どの冒険者パーティーからも色よい返事はもらえなかったのだろう。


「まあ……俺らも最初は断ったんだがよ」


 苦笑いのフレイドに、彼の愛娘サイラは


「じゃあ父さん、どうしてあのこ家に連れて来たの?」


 と、あきれたように当然の疑問を口にした。


「あの細っちい体つき見れば分かるだろうけどよ、割としゃれにならん苦労して生きて来てるんだろうにヤツには面つきにスレたとこがねぇだろ?」


 確かにフレイドの言う通り、見た限りルークスには卑しい印象は全くない。


「駄賃程度と飯だけで雇われてる隊商の雑用仕事も人目のない時でもサボりもしねぇ。ぼやきひとつ零さず零さにやってるようなクソ真面目なガキだしよ」


 彼を隊商の下働きに雇い入れた商人も、数日間の移動の間にルークスの働きぶりにこれは拾い物だと自分達のところに残るよう声をかけていたのだとか。

 さほど大規模ではないが近年力をつけつつある商会に属する隊商だ。伝手もない寒村出の少年の就職先としては通常望むべくもないものであった。


「自分もあれくらいのガキのころ田舎出て先輩冒険者に拾われて散々世話になってるし、今すぐあれを荷物持ちには使えねえにしてもよ、ここの仕事手伝わせながら飯食わせて身体作ってって戦い方とか仕込んでやりゃいずれそれなりの冒険者になんじゃねーかな……ってな。まあなんだ。何となくそんな感じで、商人どもの横からかっさらってみたわけだ」


 と、にやりと笑う父親に、サイラは


「なにそれ。結局他の人が欲しがってたから惜しくなって連れて来たってこと?」


 と、片眉を上げて呆れの色を濃くしている。


「お前もエリサも前から一人くらい住み込みで雑用まかせられるのが欲しいって、そう言ってただろうよ」

「そりゃ言ってたけど……何もこんないきなりじゃなくとも」


 下宿人ら、家族以外の人間と共に生活するのを当然として育って来たサイラにしろ、自分と年齢の近い少年が同じ屋根の下で暮らす事には慣れていない。

 実際にはルーカス少年に思うところがあるわけでは無いし、たぶん何てことなく慣れるだろうとは思いつつ、もう少しその辺を気遣ってくれて然るべきなのに……と、思春期の娘として父親への屈託を覚えないでもない。

 彼女としては文句の一つも言いたいのだろうけれど、変に意識しているとフレイドに思われるのも癪なのだろう。不満げに唇の端をもごもごさせる孫娘の様子をどこか面白そうに眺めていた大女将が


「……良さげな子だったじゃないか。あたしもさすがに年齢が年齢だ。前ほどは身体も利かない事だし、こまごました頼み事出来る子が家の中にいてくれるのはありがたいよ」


 と彼女を宥めにかかった。

 エリサはエリサで


「人手が増えたらサイラにも今より少しは自由時間が出来るわね」


 と、フレイドと母とを援護している。


 祖母と娘と娘婿、それに孫娘らのやり取りを見ていた住人達から見れば、すでに話は決着しているも同然。

少年がこの下宿の新しい仲間になるのは規定事項であり、後はそれぞれ気になっている事柄などを何となしに口にしていくだけとなった。


「トーラスのご領主はやり手だから、あの周辺なら酷く貧しい村なんて少ない筈ですが……そこから歩いて十日となると、アガフェスとか国境近くの山の辺りからだろうかね?」


 と、この下宿に十年単位で長逗留する王立魔導学院教授が問えば、フレイドが


「父親が樵で山奥の集落暮らしだったって言ってたんで、恐らくその辺りじゃねぇかと」


 と答え


「ダンジョン都市やらこの街にも出入り出来てるんじゃし、身元証明になる離村許可証とか持ってたんだろ。フレイドも住んでた村の名前くらい見ておらんのか?」


 隣国からの出向技術者であるドワーフが疑問を差し挟めばそれに対して


「見るこた見ましたけど……アザイックさん、ポーレ村って名前で場所分かったりしますかい?」


 と、フレイドからそんな問いが返された。


「……わりと良くある名前じゃの。さっぱりわからんわ!」


 当然この国の人間でもなく、さらには王都周辺しか知らないドワーフ技術者に詳細な地理知識などあろうはずもない。王都へ出向中の下級貴族の役人は


「そういう小集落の名称は、その地方の役場に保管されてるような資料とか地域版の詳細地図じゃないと載っておりませんよ。それにしてもまだ13歳なのに……ご両親はどうされたんでしょう」


 と、気遣わし気に小さく首を振る。


 アンリは一人、遅い夕食をもくもくと口にしながらこれらの会話を聞くとは無しに聞いていた。

 フレイドがルークス本人からざっくり語られた話によると、少年の母は彼がまだ小さなころに病気で、樵をしていた父は一年ほど前にモンスターに襲われ亡くなっているらしい。

 どうやら彼の血縁は父方母方ともにすでに絶えており、村とも呼べぬ小集落の長の家にしばらくの間だが身を寄せていたそうだ。

 

「けっきょく離村許可渡されたってんなら、あれじゃの。口減らしと言うやつじゃろうな。貧しい地方ならよくある話ではあるのう」

「……まあ、とりあえずナンですよ。離村許可をきちんと所持している真面目で働き者の少年が今日からしばらくここの一員になるってことです。皆さんも先ほどご覧になった通り素直そうな子ですし、あたしらの方でも足りない部分があればしっかり躾させていただきますんで、どうぞ良しなに願いますね」


 大女将のその言葉に住人らがそれぞれ言葉に出して、または無言での頷きを返していた。

 アンリも先刻ちらりと会った様子からルークスは問題のある子供にも思えなかったので、この決定に否やはない。




 ルークス少年がこの下宿に住み込むようになって、すでに一つの月が過ぎ去ろうとしていた。

 フレイドや大女将ら、それに彼女の思った通り、あの少年は真面目な気質を持っているらしい。

 この下宿はAランク冒険者としてそれなり以上の稼ぎがあるフレイドが大事な妻や娘らの為、惜しみなく資金をかけていくつもの魔道具を設置している。

 フレイドが婿に入る以前、エリサや下働きの使用人などが中庭の井戸から幾度も往復して水をくみ上げなければ満たせなかった厨房の大きな水瓶も、今なら水道の蛇口をひねるような簡単な操作で水を出すことが出来る魔道具が設置されていた。

 だがルークスには現在体力づくりの名目で、昔のように井戸からの水運びの仕事が課されている。


「真面目にやってるのねぇ……」


 なみなみと水の入ったバケツを運ぶのは、たぶんけっこう辛いはず。

 最近は栄養事情が改善されて、来た当初より身体もしっかりしつつあっても、まだまだ細い子供が運び手だ。

 恐らくそうとう気をつけてはいるのだろうがどうしても道中に水は零れてしまい、その分、往復の回数を増やさねばならないのだ。

 わりと大変な仕事だろうに、ルークスは愚痴も弱音もいっさい吐かぬのだ……と、この時間には既に厨房に入って朝食の支度を始めている大女将マリベルや娘のエリサから聞いている。

 それどころかフレイドが留守にしている時くらいは楽をすればいいと、魔道具を使って水を満たそうとすれば、逆にそれを止める程の馬鹿真面目なのだとサイラも呆れ混じりに笑って言った。


 やはり『英雄の卵』『剣聖の卵』の二つの称号は伊達じゃないのだろう……と、水を運んでいる少年を見ながらアンリは思った。

 現時点、見た目はただの小柄で生真面目そうな男の子にしか見えない彼が、いずれ『英雄』やら『剣聖』やらの大層な称号にふさわしい何かを成し遂げる人間になる……かも知れないなど、彼女にはどうにも信じられないのだけれど。

 だが、出会った頃の駆け出し冒険者の一人に過ぎなかったフレイドには『戦斧の鬼・見込み』の称号があり、得物を長剣から戦斧に変えた途端に頭角を現していったのをリアルタイムで見ていたのだから、恐らくこの少年もいずれは称号にふさわしい成長を見せるのだろう。

 真面目そうな性格なだけにこつこつ努力を重ねて剣技を磨き、剣の道を究めると言うのはなんとなくアンリとしても納得しやすい気がしている。

 ただ気になるのは、もう一つの『英雄の卵』の称号の方だ。


 魔物がいてダンジョンがあり、魔法と不思議に満ちた世界ではあるけれど、彼女の知る限りにおいて誰かが『英雄』と呼ばれるようになる何かが起きる気配は無い。

 少なくとも剣技を振るって大活躍する場として一番に挙げられそうな戦争の予兆はなさそうだと思っている。

 近隣諸国との関係はおおむね良好。

 多少軋轢のある国家もあったが、現国王の妹姫がその国に嫁入りしてからは、その辺りも随分と緩和されていると言う。

 冒険者組合は国を跨ぎ組織されているだけに、比較的周辺国の状態や個々の国同士の関係には敏感なのだ。


 国同士の戦いが無いのであれば、英雄の活躍の場としてファンタジー世界での定番は"魔王"なのだろうけれど、この世界にそんなモノは存在していない。

 少なくとも、彼女は聞いた事がなかった。


 あとは、誰かが活躍して『英雄』なんて呼ばれるようになるならどんな場面があるだろうかと考えてみるも、さして思い浮かぶものがない。生憎と前世での彼女はそれほどファンタジーフリークではなかったのだ。

 RPGゲームは自分でやるより友人や兄弟がやるのを見ていることが多く、映画にしても指輪を捨てに行く物語や、額に傷を持つ魔法使いの少年の物語などといった有名どころを知るていど。

 微妙に鮮明さに欠ける前世の記憶の中、比較的ディープにゲームや小説、アニメ等を好んでいた友人が言っていたことをこの世界の実情に合わせながら考えてみるも、なかなか合致しそうな物が出てこない。


 ……『英雄』と『剣聖』が並んでるせいで武ばった方向に考えてしまうが、実際は全く別のジャンルで『英雄』呼ばわりされる可能性もあるのだろうか。


 ……酷い流行病の特効薬を見つけたり……?


 などと考えるも、どうにもピンと来ない。

 魔王や戦争、病気以外での災厄となれば、何があるのか。


 ……ええと、ハルマゲドンじゃないし……パンデミックでもなくて、こう……大海嘯とかっぽい、そんなアレ。


 この世界にある人間にとって危険な物の代表を挙げるなら、やはりそれは"魔物"の存在だろう。現にルークスの父親もこの魔物に害され命を失っている。


「…………あ、魔物の暴走(スタンビート)、とか、そんなやつだったわ」


 ようやくそれっぽい言葉を記憶の海から拾い上げるも、やはりアンリは首を傾げざるを得なかった。

 なぜならば、魔物の暴走(スタンビート)もこの世界ではほとんど起きたことがないからだ。

 皆無ではない。

 だが、それほど大規模なものが発生したとの記録も彼女の知る限り存在していなかった。


 ダンジョンから多少の魔物が出て来ることはあるのだ。しかしそれは人の出入りのない、または極端に少ないダンジョンだけの話。

 しかも深層に進むにしたがって魔物の強さが高まっていくダンジョンの特性上、浅層の魔物は弱く、出入口付近から外へ出てきてしまうのは弱い魔物に限られていた。

 それでも当然外へ出る魔物への警戒は王都のダンジョンでも怠ってはいない。

 ダンジョン内の魔物を倒すと魔道具の動力供給源となる魔石がドロップされる。魔石はダンジョン前の買取口で買い取られるが、この時に冒険者組合への手数料と国への税金とを徴収した後の金額がダンジョンへ潜った冒険者たちへと支払われていた。

 ちなみに買取口以外へ魔石を持ち込むことは法で禁じられている。ほんの一粒ふた粒ていど、自分で使うためであればさほどとやかく言われる事もないが、商業目的で外部へ大量に持ち出した者へは重い刑罰が課されていた。

 国にとっても大事な税収源であるダンジョンは、冒険者ギルドだけでなく国からの派遣兵もいて監視の目が行き届いている。

 この状態ではダンジョンから大量に魔物が湧き出すような事態は起きずらいだろう。


 だったらダンジョン以外、自然界に生息する通常の動植物以外の魔物はどうかと言えば、数がそれほど多くはなかった。

 少ないと言うほどでもないけれど、普通の動物の方が圧倒的に多い。


 魔物の生態について完全に解明されているわけではないが、魔物は近隣のダンジョンから何らかの要因あって外部に"染み出す"ものであり、ふつうの動物のように雌雄の営みがあって繁殖するものではないと言うのが通説。

 実際に"染み出し"たばかりの魔物はダンジョン内の魔物同様、倒した後には死骸を残さず魔石のみを残して消えてしまうのだ。

 歳を経て実体を持った魔物はその限りでなくとも、どちらにせよ『魔物の暴走(スタンビート)』などと言う物騒なことが起こるほどダンジョン外の魔物の生息密度は高くなかった。


 ルークス少年に出会って以降、彼の持つ『英雄の卵』の称号についてことあるごとに考えを巡らせていたアンリだが、ここに来て大きく息を吐いて首を振り、思い悩むのをやめることにした。


 たぶん今はまだ見えるところに予兆はないのだから、考えるだけ無駄なこと。だいたい一体彼がいつ『英雄』と呼ばれるようになるのかは、分からないのだ。

 10年後かも知れないし20年後になるかも知れないし、場合によっては彼の死後、人の目には見えていなかった功績が認められて『英雄』の名を受ける可能性だってある。


「ん。今は考えても無駄……よね」


 そのことは胸において忘れはしない。何か怪しい前兆があれば、見落とさないようにしようとも思う。幸いにして各国からの情報が鮮度浴詳細に届きやすい場所に彼女はおり、しかもルークスは自分と同じ下宿で起居しているのだから、これ以上なく目を配りやすいのだ。

 権力ある誰かに『英雄の卵』の存在を知らせて国家やそれに準ずる力を使ってでも調査するべきところかもしれないけれど、彼女はふつうの……ごく一般の国民の一人に過ぎない。

 ただ普人種より寿命が長いだけのハイエルフ。

 筋力は並。魔力は多いがエルフ種が得意なはずの精霊魔法は不得意で、エルフ種よりさらに寿命は長いけれど、だからといって王侯貴族のように位の高い位置にはいないただの平民。

 両親もふつうのハイエルフだし、勤め先の冒険者組合において本部事務所の主任的立場にあっても、それは勤続年数が長いことと今後も長く勤め続けられるからと言う理由で役付きとなったに過ぎなかった。

 社会的に言えばアンリはただの平民の事務員なのだ。


 そんな彼女が唐突に、


「英雄の卵が現れたので今後の社会情勢や魔物の動向には気を付けるべきだ」


 ……と、世に訴えたところでどうなると言うのだろう?

 恐らくただの変人と断ぜられ、社会的に終了のお知らせが来るのがオチ。


 まずは自信が『称号鑑定』と名付けた能力について認められるよう努力をする?

 この世で他に存在しない能力……それも、他人には表記は見えず、さらにはふざけているとしか思えないような名称まで表示される能力があると主張したところで、一体誰がそれを信じてくれるのだ。

 これも社会的な終了のフラグとしかアンリには思われない。


 彼女が王侯貴族でもあったなら、もっとこの能力を有効活用しようと努力したかもしれない。場合によっては世にこの能力を知らしめることも辞さなかった可能性もある。

 でも彼女は一般人。

 そして、過去世においても異世界に生まれかわり英雄的生き方をしたいと望んだことなど一度もなく、それらの英雄譚めいたアニメや小説に興味を抱いた事もない。

 本当にたまたま前世の記憶をぼんやり持って生まれ変わっただけのただの人。

 今も、そしてこれからも、ふつうに、ある程度やりがいのある仕事を続けつつ、田舎よりは苦手な虫の少ないこの王都で暮らし、美味しいものを食べたり中の良い人々との会話を楽しんだりと言う小さな幸せを噛みしめながら生きて行ければいい……と、そう彼女は思っているのだ。


 よし。……がんばれ、前途ある少年。


 アンリは窓の外、寡黙に水のたっぷり入ったバケツを運ぶ少年に心の中で応援の言葉を投げかけ、彼の称号については胸の中に留め置きはしても、とりあえず今は見なかった事にしようと決めたのだった。


 だがさすがに心の中の応援だけでは足りないかもと思ったのか、アンリはサイラと街に出かけたついでに彼への土産として寒村生まれの子供の口には入る事が無かっただろう瓶入りのフルーツキャンディ―を購入し、渡した。


「ルークス君はいつも頑張ってるからこれ、ご褒美ね」


 と、励ますような温かい微笑みと共に渡された瓶を受け取った少年の頭上には


『初恋・憧れ深度up!』


 のウインドウが即座に現れた。

 美しいハイエルフが自分の頑張りを見守ってくれているとの言葉を添え、これまで見たこともないような綺麗な菓子をプレゼントしてくれたのだから、こうなるのもある意味当然だったかも知れない。


 アンリは一瞬焦ったが、まだこの程度であれば大丈夫だろうと気を取り直して自室へと引き上げたのだった。

 

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