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第七層 鈴原千勢は優男の顔を夢にて見るか?

 鈴原千勢。

 彼女の生い立ちはとても女の子らしいものではなかった。それどころか人として破綻した思考の持ち主であると分析出来る。

 何せ彼女は物心着いた頃から人との関わりを病的なまでに嫌っている。それは他人に限らず実の両親にさえ一定の距離を保つ程だ。

 何故そこまで他人と距離を取るのかを彼女自身理解していない。ただ心の奥底から感じるモヤモヤが人と関わる事で膨れ上がる事から無意識下でそうするのが正しいと思い続けていた。


 そんな彼女に転機が訪れたのは小学三年生の頃。

 この頃になるとすっかり両親とコミュニケーションを取る事は無くなり、彼女の両親も半育児放棄が当たり前の状態と化していた。だが、それが逆に良かったと今となっては言える。

 これはとある熱血教師が他人と関わろうとしない千勢を持ち前の情熱から深く接していこうと躍起になった話だ。関わりの度合いで行けば千勢の両親を超える勢いである。

 その教師は事あるごとに千勢が同級生と仲良くなれる様に画策するもレクリエーションを設ければ相手を常に威圧し、共同作業の場を設ければ姿を消してしまい悉く失敗してしまう。

 ここで諦めてしまえば良いものを教師は自棄になり、一人になりたがる千勢に対して教師は千勢の腕を掴み、強引に生徒たちの和の中に入れようとした。


 これが千勢が覚醒する切っ掛けとなる。 

  

 ボトリ、と落ちる教師の腕。

 絶叫と血飛沫の中で千勢は己が何者であるか自覚する。

 


 ――私は、勇者だった――



 だからと言って教師の腕を斬り落として良い理由にはならない。

 結果、その教師は国の補助によりキレイに斬られた腕は結合されて元に戻るが子供を見るだけで発狂してしまい教師を辞職する。

 肝心の本人は罪悪感などなく国より【黄泉送り部隊】にスカウトされて今に至る。現在は家族に対しても思う所があり、マンションに一人で暮す。

 そんな彼女はベットの上で金の髪を散らしながら寝そべり今日の事を思い出して昔の様にモヤモヤした気持ちを再熱させていた。


 「あー、もうあの優男のせいでイライラするっ」


 バタバタと足を動かす彼女は年相応の少女となり、悔しそうな表情に顔を歪める。

 あの優男、――久信の顔がちらつく彼女は腕で目元を隠す。

 思い返せば千勢にも反省点はあった。

 落ち武者の【亡霊】五千人に対して一撃で終わらせようとした千勢であるが、一体の落ち武者は効果範囲よりも端の水圧が届きにくい真横にいた。更にそこが千勢にとって死角でもあった為に落ち武者の生存を許し、接近されているのにも気が付かなかった。

 完全に油断していたと分かりつつもあの程度の攻撃であればカスリ傷で済み討伐も速やかに終わる筈だった。だと言うのに千勢の前に庇う形で前に出た久信。


 「あああああっ~~」


 その顔がまたちらつき誰も居ない部屋の中でゴロゴロを繰り返す。

 喚き散らしたい衝動に駆られる千勢であるが意味の無い行動と分かっているので自粛する。

 どうしてこんなにも久信の事を気にかけてしまうのか?出て来ない答えは千勢の中のモヤモヤを増大させるのに十分な起爆剤となっていた。

 

 「何が『危なかったから?』よ。危なくないわよあんなの。だいたい何で疑問を疑問で返すのよ信じられないっ」


 久信が聞けば「理不尽じゃないっ!?」と返す発言をしながら千勢は枕をぼすっ、と叩き憎々しいと思いを馳せる。

 何がそこまで彼女を思わせるのか。明確な答えは出ないにしても少しだけ確かな事はこれが前世の自分の心が叫んでいるのだと言う事。

 勇者であった自分自身。姿形は過去の自分に近くなったと多少くすんだ金の髪を抓む。

 もちろん千勢は最初から目が青かったり金髪であった訳ではない。これは【霊隔】に触れる事で誰もが起こりうる現象なのだ。例を挙げるならば光塚ノエルが良い例だろう。伸びなくなる身長、老化を知らない肌、若干違うがあの独特な口調も前世の影響がないとは言い難い。

 だが、千勢の場合この影響を意図的に受けていた。元の彼女は黒髪黒目。【霊隔】に触れる濃度が濃ければ濃い程に元に戻りにくくなるにも関わらず、格下の【亡霊】を相手に深すぎる領域まで手を伸ばして過去の自分を追い求める様に過剰な変質を続けている。

 彼女は求めているのだろう。心の奥底から湧き上がる不快感の正体を。これを知りたい。分かりたい。その探求心が千勢の歩みを早めて行く。


 そんな彼女が唯一知った自分の過去は勇者だった頃の希望に満ちた旅で陳腐にも魔王を倒す旅行記ものがたりの始まり。

 魔王がいる世界をどうにか出来るのは私だけだ。だから旅に出て魔王を倒す。当たり前な始まりから当たり前の理由で旅立ち、信頼出来る仲間にも出会えた彼女はおそらく世界で誰よりも輝いていたに違いない。

 なのに自身の【霊隔】に刻まれる程の何かを体験した。それによる影響が幼少より続いているとあっては気が気でなくなるのも無理は無かった。

 だから彼女は追い求める。勇者であった自分自身を。


 「うああああっ~~」


 だけど今は久信の事で頭が一杯だった。

 理由は不明。しかしながら他者との関わりを持たない彼女にとって久信の行動には自分が頭を悩ませる何かがあると確信していた。

 

 「明日からあの町であいつと仕事しなきゃいけないし、ちっ、もう関わらないと思ったのに」


 嫌そうな顔を枕に沈める。このまま夢の世界にたどり着きそうで、しかし久信の影が頭を過ぎれば目が覚める。自分でも何がしたいのかよく分からない隠せない苛立ちはすっかり美容の天敵にまで上り詰めていた。

 

 「くっそ、あいつのせいよ」


 「やっぱり理不尽だよね!?」と叫ぶ顔が空に浮かぶが千勢には見えていない。

 見えて来るのはあの横顔。失いたくないと必死に叫び上げているかの様な表情は今までどれだけ過去を遡っても見た事のないものであった。当の本人である久信には自覚はないかもしれないが千勢にはそう見えるだけの何かが秘めていた。

 であるが故に気になってしまう。これが恋とか淡いものであれば良いのだが湧き上がって来るのは物心ついた頃からのモヤモヤした気持ちだけ。

 仮に久信が千勢が昔に会ったナンパな男と同じなら物理的に水に流して終わっていた。実際に千勢の頭には顔も姿も残っていない。


 「あいつのせいよ」


 そう考えれば久信は千勢にとって初めての関わりとも捕れる。

 明日になればまた顔を合わせる事になるのは辞令を見て知っているのでより千勢の頭を悩ませた。 

 結局千勢はこの日を眠れずに過ごすのであった。

 


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