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第五層 顔合わせ

 結局、時間になるまで自習で偏差値のキープに励んだ久信は既に頭を消耗させ過ぎており気力は地に落ちていた。


 「あー、今日は休んでもいいですか?」

 「ダメに決まっておろう。もう現場じゃぞ?」


 久信たちは【亡霊】が現れる三十分前にビルの並び立つ町へと来ていた。

 既に【亡霊】の出現による住民の避難は完了しており、都市でありながらも伽藍の堂。世界に三人だけ取り残された様な空虚さが町を支配していた。


 「まだまだ働かないといかん者には酷じゃのう。六時までかわらわ達が倒すまでは仕事にならんのじゃから」

 「そうですね」


 三時から避難したとして実質三時間仕事が出来ていない。それはかなりの経済的ダメージを会社が被る事になる。この状況が続けば下手をすれば倒産に追い込まれる会社も出るやも知れない。

 そう考えれば路頭に迷う者が出る前に早急に対処しなければならないのだが、いかんせんやる気になれるかは別問題だった。


 「帰ってアイスが食べたい。もしくはデートがしたい」

 「なんじゃ、そんな奇特な人物がおったのか?」

 「いませんよ。こんな事しながら恋人出来る程コミュ力有りませんから」

 「どうでもいいが【鬼姫騎士】が来たぞ」


 六角の指差す方向から一台の黒塗りの車がやって来る。

 封鎖されたこの地域に優雅に走れるのは【黄泉送り部隊】かその関係者のみ。ならば自然と中に乗っている人物が誰であるかなど見当がついた。

 

 「いよいよご対面ですか」

 「期待通りの美少女だとよいのう久信」

 「そこで僕に振りますか」

 「お主意外に誰がおる?六角なぞ所帯持ちで子供は高校生。期待しておれば犯罪的じゃの」

 「俺を巻き込むな。無論妻一筋だ」  

 「ってかお子さんは高校生だったんですか?」

 「ああ、妻とは出来ちゃった婚で早かったからな」  

 「僕と同い年か下にいると思うと妙な感じですね」

 「寧ろ俺の方が微妙だぞ?自分の娘と近い者が同じ職場にいるんだからな」

 「それもそうですね」


 黒塗りの車が久信たちの横に止まると中から出て来たのは少しくすんだ金髪を腰まで伸ばした美少女だった。

 細く括れた腰にしっかりと突き出たバランスの良い胸。野性的な鋭い眼光から覗く黒みがかった蒼玉の瞳が吸い込まれて飲まれそうな蠱惑さを醸し出す。だと言うのに顔立ちは日本人のそれであり、幼さの残る雰囲気を持ち合わせた少女であった。

 

 「わらわ帰って良いかの?」

 「何も現実逃避しなくていいじゃないですか」

 「お主には分からんよ。この虚しさは」


 ふっ、と空を見上げるノエルの背中はどこか寂しげであった。

 何でとは言わない。ノエルの視線が空から金髪の少女の胸元に行っていたとしてもそれは察して聞かないのが優しさである。

  

 「美少女とはあらゆる意味で完璧なのじゃな。未だ妾が美幼女と言われる所以はここにあるやもしれん」


 顔を下げるノエルの胸元は涼しく、視界を遮る山が存在しないが故にその目先に映るのは地の底か。

 一人で勝手に落ち込むノエルに頭を掻いてどうするか迷った久信は結局放置の選択を取る事にした。

 

 「あれが【鬼姫騎士】か」

 

 歩き近づく【鬼姫騎士】の姿に綺麗や美しいと美麗句を並べるよりもまず先に尋常ではなく伝わる強者の覇気に思わず笑む。あれで自然体なのに恐れ入った。

 久信は手のひらに僅かに掻いた汗を拭う。

 戦ってみたい。

 戦闘狂になった気はない久信であるが武芸者として目覚め、魂の奥から感じる鼓動が目の前を行く強者に手合わせを求めたくなるのは致し方のない事である。


 「初めまして。第五特務から来た鈴原千勢です。よろしくお願いします」


 ただの普通のあいさつ。しかし突き放す様な刺々しい形ばかりのあいさつに違和感を覚えた。


 「初めまして。俺は隊長の岸長六角だ。今日はよろしく頼む」

 

 自然な動作で右手を出して握手を求める六角。しかしその手が握られる事はなかった。

 所詮奴は彼ら三人の中でもただの筋肉。友好関係など築けまい。

 ノエルは自身の愛らしさを知っている。友好関係に必要なのは相手を警戒させない弱さだと。

 

 「妾は光塚ノエルじゃ。よろしく頼むのう」


 自信満々にノエルは手を差し出すがやはりその手は握られる事はなかった。

 所詮奴も彼ら三人の中でもただの幼女。友好関係など築けまい。

 久信はこの場において必要なのは筋肉でも幼女でもない事を知っている。友好関係に必要なのは笑顔だと。


 「僕は笠梨久信。よろしくね」


 満面の笑みを浮かべるが千勢の反応は実に鈍かった。

 所詮奴も彼ら三人の中でもただの人。友好関係など築けまい。

 つまり全員がAEDの活躍も期待出来ない脈なしであった。

 

 「私の邪魔はしないで下さい」

 

 千勢はそれだけ告げると久信たちから離れた位置で待機する。


 「ふむ、随分と特殊な奴じゃの」

 「あの【鬼姫騎士】である以上は【亡霊】相手に問題はないかもしれんが…」

 「取りつく島が無いですね」


 思いの外の態度に困惑する三人は思い思いの感想を述べる。

 綺麗な花にはトゲがあると言うが、やたらとそのトゲが鋭利で物々しく触れるどころか近寄る事すら困難。

 気が付けば時間は過ぎ去り【亡霊】の出現出現に差し迫っていた。

 

 バチッ…


 【亡霊】が出現する予兆。電気の弾ける高音と紫色の灰暗い暗冥光。

 来た、と身構える久信たちは各々が【亡霊】に対処する為の【幻想兵装】を身に纏う為の言霊(ワード)を呟く。


 「「「【第一深層領域解放(ファーストパージ)】」」」


 こうして言葉にするのには訳がある。

 【幻想兵装レギュレーター】を呼び出す際に彼らは自らの魂に触れる事で何処にも無い所から自在に取り出せるのだが、これには明文化している様に魂に触れなければならない。

 それには簡易的に儀式として言葉を発する事でた魂に触れている…、のとは少し違う。

 彼らは魂に接触しようと思えば息を吸うのと同じ感覚で行える。

 ならば何が問題かと言えばその接触する濃度にあった。

 久信が【幻想霊装】を最初に呼び出した時が良い例であろう。刀を掴んだはいいが意識を飛ばして気が付けば【亡霊】は討伐されていた様に魂の触れる行為は言い換えれば前世での経験を今に疑似体験するのと変わらないのだ。

 なればこそ、その濃度が強ければ強い程に現在の自分の存在を塗り潰す行為に他ならない。

 つまり息を吸うのと同じだけ簡単に魂に触れられてしまう彼らは自らの吸う量を調整しなければ前世の自分に存在を乗っ取られてしまうのであり大変危険が伴う。最も完全に乗っ取られてしまう事はなくあくまでも一時的にだ。それでも前世に何をしていたかを理解していない以上何をやらかすか分からない相手に身体を乗っ取られるのでは危険と言わざる得ない。

 であるからして魂に触れる行為は慎重でなくてはならない。

 その術として彼らは言霊を用いている。 

 【霊隔】に己のイメージとして何層もの膜があると仮定し、何処まで接触するかを宣言する事で行き過ぎた接触を防いでいる。

 

 「【第三深層領域解放(サードパージ)】」

 「「「…え?」」」

  

 そうであるにも関わらず千勢は躊躇いもなく【第三深層領域】まで達した。

 当然ながらその危険性を認識する久信たちは揃って驚きの声を上げる。

 久信たちがそれぞれの【幻想兵装】である武器だけを持ち合わせているのに対し、千勢は武器である水縹みはなだ色の柄をした刃の細いロングソードに加え、白色の胸当てと手甲に脚の甲冑を纏う。

 変化はそれだけに止まらなかった。

 千勢のくすんでいた金の髪が美しい黄金色へと姿を変え、紺色に近かった瞳が晴天の澄んだ空の様な鮮やかな青へと変わって行った。

 

 「後方に下がるぞ!」


 六角の指示に久信たちは素直に従う。

 今この場において危険なのは【亡霊】ではなく千勢自身だからだ。

 自身の姿にまで影響を及ぼす領域にまで手を出した千勢が千勢そのものなのかは六角たちには判断が出来ない。

 何せ【霊隔】には魔物が潜んでいる。

 今まで善人だったものが【霊隔】に触れた事で殺人鬼へと成り果てた事例もある。放火魔、爆弾魔に吸血鬼、そんな化物に変わって処断されたケースも少なくはない。

 ならば千勢の【霊隔】に何が潜んでいるかを知らない久信たちが危険視して距離を取るのは定石であった。

 その姿を千勢は横目で確認しながら前を向く。

 スパーク音が悲鳴の様に甲高い音を発すると地面より赤く半透明な落ち武者の【亡霊】たちが顔を出し始めた。


 「リヴァイアル…」


 【亡霊】たちが現れ始めたのを機に千勢は両手でロングソードを持って下段に構える。

 するとロングソードの刃先に柄の色が映り込んだ様に青く光りを放ち始めた。

 落ち武者たちは自身への驚異が差し迫っているのを知らず完全な状態となって姿を現した。

  

 「バースト!!」

 「「っ!」」

 「あっ!」

 

 落ち武者たちが全て出揃った瞬間を狙い、上方へと跳ね上げられたロングソードから途方もない量の水が吹き出し【亡霊】を襲う。

 瞬く間に濁流の中へと飲み込まれる落ち武者たちは悲鳴を上げる間もなく次々と消えていく。

 

 「凄いのう」

 「これが【鬼姫騎士】の実力か」


 感嘆と感想を述べる二人は目の前に広がる光景に度肝を抜かれていた。

 昨日の苦労は何だったのかと思わせる破壊力は【鬼姫騎士】の称号に相応しく同時に末恐ろしくも思えた。


 「どうじゃ久信。あの者は…、む?」


 ノエルが久信に声を掛けるも肝心の久信は隣から消えていた。

 何処に行ったのじゃ?まさか【鬼姫騎士】の一撃に巻き込まれてはおるまいな?と辺りを見渡すノエルは久信が何故か急速に千勢に接近しているのを目撃する。

 

 「サインでも貰い行ったかの」


 にしては可笑しい速度で突撃していく久信の背中からは焦りが見えた。

 あの一撃を前に焦る事などあるのだろうか。全ての【亡霊】は濁流に飲み込まれ消えていくのに何があるのか。その答えは直ぐに返ってきた。


 「ふぅ」

 

 千勢は振り上げた剣を地面に下ろす。

 彼女にとってはいつもの作業であり、どんな【亡霊】相手でもこの手でいつも終わらせて来た。

 何よりも今回の【亡霊】は比較的弱い【亡霊】の為にいつも以上に気の抜ける作業となった。


 「これで終わっ……!」


 突如として煙に紛れて迫って来る一体の落ち武者。

 これは何処から!?

 完全に油断して力を抜いていた千勢は剣を振り上げる事が出来なかった。

 やられる、と咄嗟に下がるも落ち武者の刀は千勢の鎧の無い首元を狙われる。

 

 「危ない!」


 下がる千勢に対して前に出る久信が落ち武者の刀をはね除けながら首を刈り落とす。

 

 「間に合った」


 今度こそ全ての【亡霊】が消え去ったのを目視した久信は自らの【幻想兵装】を消した。

 これで解決。無事に【亡霊】も片付いて良かっ…


 「どういうつもりよ」

 「へっ、ぐえ?!」


 マヌケな声を出す久信は何故か怒髪天な千勢に胸倉を掴まれる。

 何故千勢が怒っているのか久信には分からなかった。

 やった事と言えば千勢が討ち漏らした【亡霊】を一体討伐しただけ。それも反撃を食らい掛けた千勢を助けるオプション付きで。寧ろ感謝されても不思議ではない行動で胸ぐらを掴まれたのだから訳が分からなかった。


 「答えなさい。どうして助けたのよ」

 

 何この理不尽。まさか助けた事に対してご立腹になるなど誰が想定するか。

 あまりに予定外過ぎる行動、ラブコメ的な展開までは求めていないにしても普通に感謝くらいされると思った久信にとって混乱は避けられなかった。

 

 「あ…」

 「あ?」


 不良に絡まれた気分の久信が取り敢えず思った事を口にする。

 

 「危なかったから?」


 何故そこで疑問系なのか。そこははっきりと断言すればこれ以上絡まれないと理解していない久信が苦笑混じりの笑みで返す。


 「ばっかみたい」


 掴まれていた胸ぐらを離され、千勢はさっさと現場を後にする。

 バカと言いたいのはこっちだと言いたげな久信が千勢の背中を見送るとその背中をポンと叩かれる。


 「よくやった」

 「妾達は見ているだけじゃったしの」


 二人に励まされる久信は頭を掻きながらも千勢の事が目から離せなかった。

 

 「どうして怒ったんですかね?」

 

 第三者の視点で見るならば怒る理由など無いと分かる。しかしそれはあくまでも第三者の視点。千勢にしか見えない何かがあるのか。ここにいる者たちでは判断が着かなかった。


 「さあな。娘もそうだが年頃の考えは分からんものだ」

 「あそこまで偏屈じゃと年でなくとも理解しかねるのう」

 「そんなものですか」


 ただ久信には直感的に年だからで済む問題ではないと考えていた。

 でもそれが生かされる事はない。

 何せ千勢はただのピンチヒッター。この付近でまた対処出来ない【亡霊】が現れても来るかどうか分からない人物を考え続けているだけ無駄に終わる。

 久信は今日の事柄を頭の片隅に留め、日常へと帰還するのだった。



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