第四層 全ては過去
あの後の事を久信はよく覚えていない。
気が付けば全てが終わっていた。
対峙していたカマキリモドキも姿を消し、気絶して地面に倒れていた久信を回収したのが【黄泉送り部隊】だった。
回収された久信は色々な検査を受け、正常であると分かるや流れる様に雇用契約に話が移行。
その内容を酷く簡易で分かりやすく簡潔に述べればこうなる。
『仕事にする?監禁にする?それとも、りょ・う・ほ・う?』
実質一択と呼べる内容に久信は愕然とさせられた。
この人権を無視した内容には当然と言える事情がある。
まず第一に重要になるのが【幻想兵装】。
これは【亡霊】を相手するのに無くてはなはない代物と言う側面が強く押し出されて世に広まっているが、それは物事の一面に過ぎない。
【幻想兵装】は【亡霊】と同じで物質に干渉出来る。それは物の破壊も人体に危害を加えるのも容易いと言う事。
更に【幻想兵装】は二時間で消える【亡霊】に比べ、何時でも使用出来る事から危険性では【亡霊】を越えているのが実情だ。
ならばそこに歯止めが必要になるのは自明の理である。
この歯止めとなるのが【黄泉送り部隊】への所属。銃火器も弾丸一個単位で数えれば危険を抑止出来る様に徹底した管理にこそ対策となりえた。
無論それを拒否しようものなら銃刀法違反が待っており洩れなく刑務所。それも【幻想兵装】仕様の特別な刑務所となるので人体実験を出来ない科学者たちが舌なめずりして待っているおまけ付き。
ある種、目の前が真っ暗になる現実であった。
しかし当然旨味もある。
GPSの腕輪を常時着けていなければならない枷はあるものの【亡霊】討伐以外は基本的に自由。懐に入る金銭は学生にとって目が飛び出る程の金額が入って来る。
用意された契約書に笑顔で親指を押し込んだのは無理もなかった。
「けど割と【亡霊】の相手ってしんどいんだよね」
愚痴る久信は昨日討伐に失敗した【亡霊】討伐の会議に参加するべく昼より学校を出て【黄泉送り部隊】の事務所へと向かっていた。
二か月前の出来事を思い出しながら歩く久信はそっと溜め息を吐く。
選択肢がなかったと言えばそこまでだが久信は何故あの日に山に入ってしまったのか。山に入ったとしても【亡霊】が現れるまで呑気に待ち続けてしまった自身の行いに後悔を覚えていた。
一番最初はカマキリモドキ。だが、その次に倒したのが狂気に満ちた声を発しながら襲って来る人間サイズのフランス人形。討伐をした夜は一人でトイレに行くのが怖くなったのは内緒の話だ。
【亡霊】は何でもありなだけに姿形が千差万別。様々な【亡霊】を倒して来た久信も慣れるまでは何度鬱になりかけたか数えきれない。
あらゆる後悔を乗り越えて【黄泉送り部隊】を続ける久信であるが未だに慣れないものがある。
「いっ…」
唐突に襲って来る首を一周する鋭い痛みに右手で絞める様に患部を押さえる。
ぬるりとした液体が手のひらに付着する。
量にして僅か数滴の血液が久信の感じた痛みに沿う形で広がっていた。
「またか」
ポケットからティッシュを取り出し首元を拭うとそれはただのペイントであったのか跡形も無く消えていった。これが久信の最も慣れない現象だ。
これは久信に限った事ではない。
人によって違いはあれど【霊隔】に触れた者は前世の特徴を引き継いでしまう。
それが傷であったり色であったりと引き継がれる特徴は様々だ。
久信もその特徴として首を斬り落とされたと思われる傷が浮かび上がる。
痛みは時と場所を選ばすに襲い掛かって来る。
耐えるのは簡単だが死んだ時の出来事を再生される辺り、いつかこの首が落ちてしまうのではないかと心配になってしまう。
一応そんな事例はないが有り得ないとは限らない。現に久信の首からは僅かであっても血が吹き出ている。歩いている最中に首がポロリと溢れ落ちない保障はない。
「いつもの事だ」
あくまでも日常だと認識して平穏を保つ。
久信は血の付いたティッシュを仕舞い事務所に向かうのだった。
その事務所は町外れに一軒ポツンと建っている。
理由の一つとしてヘリの着陸施設が必要だった為だ。
【黄泉送り部隊】は人数が不足している。
下手をすれば県の端から端まで移動しなければならず、車では間に合わなくなる事からヘリの使用も当然と言える。
近い現場はきちんと車で向かうので常時使用とは行かないが安全には変えられない。久信を襲っていたカマキリモドキの件でもヘリは使われていたのだが間に合ってなかったのは言うまでもない。
「お疲れ様でーす」
門を開き灰色のコンクリートブロックで出来た一軒家の事務所に入る。
「お疲れじゃのう。学生は大変よ」
リビングにはソファでぐうたらしているスーツを着た幼女がいた。
彼女の名前は光塚ノエル。婬猥の一切が見えて来ない大人の魅力がゼロに等しい彼女は小学生にも見間違う低身長。純粋無垢な汚れを知らなそうな童顔。美容院で時間を掛けて造り上げたボーイッシュな髪もお母さんに切って貰った様に見える涙を誘う二十六才だ。
「そう言うノエルさんはいつも何してるんですか」
「妾か?妾はお菓子つまみながらスマホ見たりゲームしてるだけじゃよ」
「太りますよ?」
「軽めじゃから良い。…………どうせ成長の止まった身体じゃしの」
「えっとドンマイ?」
「ふふっ、小学生の時から縦にも横にもミリ単位の成長もないのは可笑しくないかのう?普通もっと大きくなるもんじゃろ?」
「僕に言われても困るんですが」
身体測定が無意味とさえ言われた事のある彼女が嘆くのも無理は無かった。彼女がスーツを着れば逆にコスプレと見られてしまう。にも関わらず彼女は特注のスーツを着用して事務所まで来ていた。
別段スーツでなければいけないルールがある訳でもないのだが彼女のポリシーがそうさせるのか、やたらと大人の服を着たがる。そんな成長力を失った彼女が【霊隔】の解放に至り、ついた渾名が『不老の魔女』。
ノエルの【幻想兵装】は両端の捻じれた白杖。彼女の意志に従いをあらゆる変化を引き起こす。そうノエルは魔術師だ。
こと現代において魔術など存在せず科学での証明に至っていない。その為彼女の元には科学者からの熱い実験依頼が日夜問わず届いている。
そんなラブコールを跳ね除けて日常をダラダラと過ごす彼女は胸に触れながらどうにもならない現実を愚痴っていた。
「胸だけでも増やす魔術でも無いかのう。あ、身長も欲しいわい」
「魔術で解決出来ないんですか?」
「これがそこまで万能じゃないんじゃよ。自然に干渉するのは楽じゃが精神や肉体になると制御出来なくなる」
「やれたらやってますよね」
異端な彼女にも出来る事と出来ない事は当然ある。魔術は何でも叶える奇跡の代物ではないと実感していた。
久信は備えられている冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを取り出す。
「飲みますか?」
「貰おうかのう」
「俺も貰おう」
「あ、隊長。お疲れ様です」
「うむ。これで全員揃ったな」
談笑する二人がいる部屋に入って来た大柄の丸刈り中年男こそ第八特務霊装部隊の隊長、岸長六角。こちらは風呂から上がってきた為かタオルを肩にかけたタンクトップ姿でリビングへと入って来る。
大柄なその肉体は全てが筋肉。僅かでも力を入れれば破れてしまいそうな上腕二頭筋はもはや足。首は丸太が可愛く見える豪強さを醸し出す。久信は毎度の事ながら同じ人間なのかを疑ってしまう。
この屈強な身体は伊達ではなく、【幻想兵装】である身の丈程の大剣を長時間使えるスタミナを有する化物だ。ついた渾名は『重戦車』。偶に『筋肉○ン』と言われる事もあるがこちらは悪口で言われている。
彼こそこの異端たちをまとめる代表になるのだが僅か三人しかいない部隊では隊長としての任もそこまで重くはない。その為に戦闘に必要な二時間以外では事務処理もするが今は趣味である筋トレをしてボディビルの大会に備えていた。
「今日も二頭筋がキレてますね」
「もちろんだ。今度の大会にはぜひ応援に来てくれ」
「妾はむさ苦しいのは嫌じゃからパスじゃ」
「僕も遠慮しておきます」
「そうか残念だ」
筋肉を褒める際に『キレる』の他に『大きい』『ナイスカット』『肩メロン』『僧帽筋がさけんでる』などと表現するのは一般常識である。
久信は同じ大きさのガラスのコップを三つ用意してお茶を注ぐ。
「どうぞ」
「すまんな」
手渡したコップでは小さすぎたのか六角は一気にお茶を煽ってコップの中身を空にする。
久信はそれを見届けるとソファから起き上がったノエルにコップを渡す。
「すまんのう」
こちらは逆にコップがデカイのか両手で受け取るとチビチビ飲み始める。
これが二十才過ぎた女性なのか。見るからに小学生な姿はお茶よりもミルクかジュースの方が似合っていた。
久信はそれをあえて口には出さず自分には丁度良いサイズのコップでお茶を飲むのだった。
「それで隊長。わざわざ学校半日で切り上げさせたんですから昨日の【亡霊】に関してですよね?」
【亡霊】はまたやって来る。ならばその為に討伐する為の会議は必然であった。たとえ世間では二時間働くだけで良いと認識されていてもやる事はちゃんとやっているのだ。さっきまで個々で好き勝手過ごしていたとしても。
ノエルの横に久信が、その前には六角が座り順当に会議が始まる。
「今回の【亡霊】だが正直俺たちだけでは討伐は困難だ」
「そうですね」
「もう一回やっても一緒の結末になりそうじゃわい」
六角は諦めモードの二人にデータとなる資料をカバンから取り出した。
「一応これが今回の【亡霊】のデータだ」
手渡される資料には落ち武者より取れた詳細な数字がまとめられていた。
【亡霊】が僅か二時間で消えてしまい、討伐には【幻想兵装】頼りでしかなくとも科学は常に進歩する。
比較的被害を出さない【亡霊】を討伐せずに放置する事で毎日最大二時間の研究が可能な状況を作り、たとえ亀の歩みであったとしても【亡霊】がどのような物なのか解析が進められて来た。
だが、研究は目立った成果を出ず未だに【亡霊】への対抗策を生み出す目途が立っていない。
それでも日々蓄積される【亡霊】のデータによって次の【亡霊】の討伐を効率良く行えるようにはなっている。
「あの、これ本当ですか?」
「俺も疑ったがマジだ」
この資料によると今回の【亡霊】は全てが同じ波長を出していると記載されていた。
その事実に久信は顔を顰める。
【亡霊】は大まかに【単一型】と【多群型】の二種類のタイプに分けられる。
これらの違いは単純に【単一型】は久信が戦ったカマキリモドキの如く限りなく強い個体が出て来る事が多く一体のみ現れる。【多群型】は二体以上の【亡霊】が現れ、その一体一体が弱い個体であり核となる個体さえ倒してしまえば全ての個体が消えてしまう。
今回の場合は落ち武者が五千人と規模が大きく【多群型】だと分かるものの観測した結果全て同じで分かりませんでした、と一枚の資料に謳われているのだ。
職務怠慢ではなかろうかと頭を抱えたくなるのは仕方がない事だった。
五千人を全て二時間で倒せと言われ、実行出来るものがいるだろうか。少なくとも核となる【亡霊】の個体さえ判断が付けばその個体までどうやって接近するかを話し合えば良いものを全部相手にしろでは現実味が薄過ぎた。
「で、しかも今日中に倒せと?」
「これ以上は式典の為の工事の妨げになるからじゃと。ないのう」
国の式典がどうたらなど久信たちには関係のない話であるが工期がズレればその分費用が嵩むのは世の理。思い返せばこの程度の数しかいない【亡霊】相手がニュースで取り上げられたのだからことの重要性は久信たちが思っている以上に高いと言えた。
「そう言うな。応援要請は通ったから俺たちだけではない」
「その応援は何人来るんじゃ?」
不満そうなノエルを尻目に六角は堂々と答える。
「一人だ」
「無理じゃ。工期を伸ばせ」
「まあまあ抑えて…」
三人が四人になった所で五千人の暴力をかき消すには誤差の範疇でしかない。
その憤りが出てしまったノエルを久信は宥める。
もちろん何にも根拠がなく一人になったわけではない。
「お前たちは知っているか知らないが来るのはあの【鬼姫騎士】だ」
「「えっ?」」
二人が驚いたのも無理はない。
所属して僅か二ヶ月しか経っていない久信の耳にでさえ、その名は伝わっている程強力な人物。
【鬼姫騎士】とは誰が言い始めたのか。まさに名は体を表すと呼べる戦闘力はチームとして動くよりも単騎で動いた方が戦果を出せるとされ、実際に行動のほとんどを一人でしている。
しかも戦いにおける力もさることながら見た目に関しても幼さが残るものの絶世の美少女と評判は高い。
そんな【鬼姫騎士】の姿が見たいと躍起になる者は多く、気が付けばファンクラブまで出来上がる始末となっている。
故に久信たちは驚くと同時に羨望の声を上げていた。
「ほー【鬼姫騎士】が来るか。それは凄いのう」
「なら今回の討伐は大丈夫そうですね」
噂が正しければ落ち武者が五千人いようとも関係はないだろう。【鬼姫騎士】の流れる噂には全ての【亡霊】を一撃で葬る超火力主義者の噂がある。ならば今回の数ばかりの【亡霊】相手にはうってつけの人物だ。
「久信は嬉しいじゃろ?美少女が一人増えるのじゃからな」
「え、増える?現れるの間違いじゃないですか?」
「ワ・シ・も美少女じゃ」
「痛たたたっ、美少女って言うか美幼女、いや年齢的にそれはどうなんだろ、って痛たたたたっ!!」
ぐりぐりと頭を抉る拳の痛みに耐えかねる久信は涙目で頭を抑える。
「まったく、こんなにも見目麗しい美少女に対して失礼千万じゃ」
思わず全身を見てしまう。
ストーンと、これ以上ない表現力で完結するスタイルに重力に押し負けた身長。日本人は童顔だとされるがノエルの顔は幼さしか持ち合わせない為に美少女よりも美幼女な顔立ちとなってしまう。美が付くほどの美貌を持ち合わせているのは確かなのだが。
「ノエルさんが可愛いのは間違いないですけど立ち昇る犯罪臭がありますから」
「犯罪臭!?」
「鏡見ますか?」
「………いや、よい。妾じゃって好きでこんな身体しとらんのにのう」
ショボくれるノエルはお茶をチビチビと飲みながら凹んで行く。
「友人に会っても『また小さくなった?』とか『変わらないよねー』とか『ノエルたんハァハァ…』とか言われるしのう」
「最後の方とは縁を切られた方が良い気がしますが」
ノエルのとても危ない交友関係に久信は苦笑いを浮かべる。
「良い奴なんじゃよ。会う度に頭を撫でたりペロペロキャンディ寄越して来るのが面倒じゃがの」
完全に子供扱いされているのにそれは良いのだろうか?
「妾の事はよい。それよりも【鬼姫騎士】じゃ。いつ来るのじゃ?」
ノエルは不機嫌を隠そうともせず六角に確認をとる。
わざわざこうして集まったのだ。久信に至っては学校を休んでまでここにいる。ならば【鬼姫騎士】も事務所で顔を合わすだろう。二人はそう考えていた。
「いや、【鬼姫騎士】はここには来ない。【亡霊】が現れる街で現地集合するそうだ」
しかしそれは六角の口より否定される。
予想外、されど納得しない程でも無かった。
【鬼姫騎士】の噂には超火力主義者の他にも群れない孤高の騎士であるとの噂もある。
全てが噂通りだと丸飲みするのは短慮だが噛み砕いて飲むくらいには信じても良さそうだった。
「なら、これ集まる必要あったんですか?」
で、あるならば久信が学校を半日休まなくても十分問題はなかった。何せ【亡霊】に対する説明が五分足らずで終わり、スケットに関しては一撃に絶対的自信がある【鬼姫騎士】。むしろ休んだ事により久信の脳内偏差値が下減する方に問題かあった。
「………金を貰う以上対価は発生する。諦める事だな」
「ちょっ!これ絶対に隊長のミスじゃないですか!連絡してくれてたら学校休まなかったのに!」
「いや、筋トレ中はスマホを持たないものでな。さっき風呂上がりに確認したら『行かない』とメールが来ていてな」
「そっちの方が悪いじゃないですか!筋トレ中でもスマホくらい持ってて下さいよ!」
「そう言われてもな。久信よ、もしベンチプレス中に電話が鳴ったらどうする?中途半端な回数で止めると筋肉のバランスが悪くなって大会に影響が」
「【亡霊】相手に大剣振り回してるんですからバランスなんて崩れてるでしょ!細か過ぎるんですよ!」
「だから肉体を確認してバランスを整えているのが分からないのか?一回単位で毎日チェックを入れている俺の気持ちが分からないのか!」
「分かるかこの冷蔵庫!」
「ふっ、照れるじゃないか」
「あ、くそっ、褒めちゃったよ」
「どうでもよいのう」
筋肉の褒め言葉には『冷蔵庫』ととにかく身体が大きい事示す揶揄がある。
筋肉を褒められた六角は胸を前へとつき出し両腕を上げるダブルバイセップスでもっと見て良いんだぞと、アピールした。
しかし筋肉に興味のない二人は揃って暑苦しそうな顔をしてそっぽを向いたのだった。




