第二層 学校の日常
学校まで自転車で僅か二十分足らずで着く学校の距離は酷使された身体には有り難い限り。
そもそも既に就職している以上学校に通う意味など薄い様にも思えるが久信には久信なりの考えがあった。
【亡霊】は四時から六時の間に出現する。それは未来永劫起こりうるのか?
この疑問に対して解はない。【亡霊】自体が完全に研究され尽くしていないのに何故楽観視して仕事があると考えられるか。
もしもこの時から【亡霊】が現れなくなり仕事がなくなれば就職活動をしなければならないのは確実。そうなった際に高校中退では格好がつかない。
久信は堅実な考えの元、学生と【亡霊】の討伐を兼任している。ただそこに純水に学生としての時間を味わいたいと言った考えがないでもなかった。
学校に着くといつも通りの顔ぶれを確認して席に着いた。
「よう、久信奢ってくれ」
「はいはい奢らないから。秀吉は朝から何?」
右耳にピアスの穴を二つ開け薄い茶髪の男は森野秀吉。幼い頃からの親友であり、日常の一種の清涼剤として機能している男だ。
秀吉は前の席から背もたれに身体を押し付け久信に話しかけて来る。
「いやー、彼女とのデートの為にバイトしてたんだけど少し足りなくなっちまってな」
「それで集るとか友達止めるよ?」
「頼む!お前だけが頼りなんだ。彼女と最後まで行けるかがお前の財布に掛かってるんだ!」
「余計に出す気が無くなったんだけど」
何故親友の童貞問題に金を費やさねばならないのか。出すにしてももう少しマシな理由が欲しかった。
「どうせなら最高のデートプランにしたいじゃん?それなら頑張るしかないと思ってバイトしてたんだけど夢の国って色々高いだろ?もはやあれは搾取の国だわ」
「ディ○ニーに謝れ」
懲りない秀吉は両手を拝む様に合わせながら頭を下げる。
「ほんの少しだけカンパしてくれ。それがダメなら貸してくれ。いつもの様にちゃんと返すから」
「そうやってまたバイトして足りなくなっての繰り返しでしょ?もう少し計画性を持とうよ。いくら?」
「友よ!」
「はいはい」
何だかんだで久信も甘い。それだけお互いに心を許し合っているとも言えた。
久信は財布を取り出して気付く。財布の中身が一万と小銭で千円分。久信が稼ぐとしてもあまり持ち歩きはしていなかった。学生にしては過分に持っているとも取れるが。
「あんまり入ってないな。一万で良い?」
「サンキュー。月末には返すな」
これで久信の財布は千円のみとなり実質スッカラカンになる。
「分かった。それにしても秀吉って浮気しそうな顔なのに一途だよね」
「おいこら表に出るか?」
「だってチャラいし?」
「これはオシャレだ。それよりお前は彼女作らないのかよ」
「そう言われてもね。毎日下半身が疼く秀吉と違うから」
「校舎裏に行こうぜ?ちょっと遊んでやるよ」
「はいはい口だけ口だけ」
「クソー借金してるから手が出せねぇ」
「悲しいな。これが貧富の格差か」
「いつか下剋上してやんよ」
「楽しみにしてるよ」
おちょくると面白いのが秀吉のポテンシャルであった。
「そんでお前は昨日も【亡霊】退治か?」
「まあね。結局倒せなかったから最初からだけど」
【亡霊】の厄介な所は二時間以内に倒せなかった場合、次の日には再生してしまい初めからやり直しとなる。
今回の件で行くならば【亡霊】の落ち武者五千人の内千人を昨日倒したのだが、今日また現れる落ち武者の数は五千人に戻っている。対応策が無い限りはあの【亡霊】たちは倒せない事を示唆していた。
「あの落ち武者たち首をいくら斬っても減らないから涙が出たよ」
「うへ、お前苦労してんな。厨房で皿洗ってた俺がマシに思える」
「店員さん。この皿に虫が入ってるんだけど」
「それはお客様の為に拵えた特製の『旬の生青虫のサラダ』にございます」
「ツイッターにアップしたら店が潰れるね」
「まったくだな」
他愛のないやり取りも命があるから出来る事。一歩間違えれば首が飛んでいたのは久信であったかも知れない事実を他所に馬鹿話を続ける。
「でもお前は二時間働いて親よりも給料良いんだろ?やっぱり同じ時間だけ皿を洗ってる俺に不公平だろ」
「危険手当てだよ。【亡霊】だって案山子じゃないんだから向こうが攻撃してきたら傷が出来るしね。昨日は無傷だけど」
「やっぱり不公平だ。代わりに皿を洗ってくれ」
「嫌に決まってる。【亡霊】の首を二時間もの間吹き飛ばして皿を洗う気力が残ってると思ってるの?いや寧ろ代わる?新しい世界が開けるよ?」
「えっ、遠慮します」
「だろうね」
イギリスの歴史において死刑囚が減刑の見返りとして死刑執行人を行っていた歴史がある。もちろん死刑執行人の全てがそうではないのだが、人が人を処するのには重罪人にやらせる程の忌避感が伴うものだ。それを考えれば僅か二時間の間に数多の首を跳ねて人より多少給料の良い程度では寧ろ久信の方が割りに合わないと言える。
暗黒面を晒す久信の顔からはハイライトが消えていた。
相手が【亡霊】であってもその本質は変わらない。いかに【亡霊】であろうと人は人。そんな【亡霊】の首を斬り落として何も思わない程無関心では居られない。
「最近は慣れて来たけどね」
ただしそれも最初の頃の話。【亡霊】が血潮を撒き散らして消えないだけに想像よりは忌避感が少なく済んでいる。
【亡霊】は僅か二時間しか現れなくとも物を破壊し人を蹂躙する事の出来る彼らは間違いなく害悪だ。過去の例であっても倒壊したビルによる圧死、【亡霊】により立ち入り禁止区域に入った少年が惨殺された事件がここ数年でも発生している。
とにかく【亡霊】は危険だ。それも現れる種は千差万別。鎧武者が群となりオフィス街を跋扈し、大木の体を模した蛇が山を埋め尽くす。鬼は唸り声を発し、角のある馬が蹄をコンクリートに高々と打ち付ける。彼らは全てが【亡霊】。世界の何かしらの因果によって結び現れる魑魅魍魎なのだ。
そんな【亡霊】たちを倒す為に国が組織したのが【黄泉送り部隊】と呼ばれる対策組織。久信が所属するのは第二十六特務霊装部隊となる。全国に四十九の部隊を持つ組織だが、一見少なく感じる部隊数は蓋を開けばかなりの人数不足に悩まされている組織であったりする。
「そういや久信ってどうやって【黄泉送り部隊】に入ったんだ、コネか?」
「コネで入れる程度なら国が苦労してないでしょ」
【亡霊】を相手するのに重火器は意味を成さない。これまであらゆる銃弾、ミサイル、火炎放射器なとの武器を使用してきたが決定的なダメージを与えるには至らなかった。
ならば何が有効かと検討され始めた頃、現れた一人の男が劇的に状況を変えた。
それが現在の【黄泉送り部隊】の創設者である神田繁朗。彼は人の持つ可能性に最初に気付いた者として語り継がれている。
人の持つ可能性、それが魂であり【霊隔】だった。
【霊隔】とは人の魂の周りを覆う防壁の様なものである。これは【霊隔】に触れた者以外には分からない、言わば感覚的なものである為に科学的な根拠も一切ないのであるが魂にはバリケードが存在しているのだ。
その【霊隔】に触れた者は自身の前世、果ては自身の本質や起源にまで到達出来る様になる。すると前世で使用していた武具、培ってきた技術、科学では解明の出来ない未知をこの手で操れる様になり【亡霊】を相手に戦う力が得られるのだ。
現状【亡霊】の討伐、討伐を可能とする手段は【霊隔】到達者に依存する為に科学による解明を急速に行っているが一歩も進んでいない。
何分機械による観測が出来ないので根拠を立証する手段がなく、数少ない【霊隔】到達者を人体実験出来る程の思い切りなど持てる筈もない。
さて話を戻そう。【霊隔】に触れた者にはある現象が確認されている。それが前世で使用していた武器の創造である。最も創造と言っても持ち主からある程度離れると消えてしまう代物であるが無から有を作り出された幻想物、【幻想兵装】こそが【亡霊】への効率の良いアプローチとなる。
実際効果は凄まじかった。
【幻想兵装】を用いての【亡霊】の討伐は劇的な効果を示した。
ミサイルを素手で掴む巨人をある者は片手拳銃の弾丸一発で仕留め、火炎放射器では火傷一つ負わない獣をある者は魔法と揶揄するしか術の無い現象を引き起こして倒したのだ。
これにより【霊隔】に触れた者による【亡霊】の対処が主流となり国が全面にバックアップし現在の【黄泉送り部隊】が設立。今に至る。
「気が付いたら入ってたんだよ」
ただし【霊隔】に触れるのは並大抵の事ではない。
それが【黄泉送り部隊】の人手不足の原因でもあり【亡霊】の討伐の遅延にも繋がっていた。
「でも羨ましいぜ。そんな才能があるなんてよ」
「そんな良くもないけどね」
「何でだ?」
久信の答えに疑問を浮かべる秀吉。
誰もが羨む高給取りな職業に入れた事に何が不満なのか。そこにはなった者にしか分からない苦難の道のりが隠されていた。
「まあ、色々とね」
だが、それを敢えて口にはしなかった。言った所で同情以上の辛い視線が向けられる。ならば口は固く閉ざした方が無難であった。




