第二十三層 魔王VS勇者④
気力は十分だ。
経験から来る勘違いも把握したから先の様になりはしない。
「ルーネルさん有り難うございます。下がっていて下さい」
「もう、平気なのですか?」
魔法の使い過ぎの為なのか指先を酷く出血したルーネルは久信を気遣う。
「大丈夫です。千勢さんは必ず止めます」
「…お気をつけて」
それだけ言うとルーネルはアレスティアたちの元へと戻って行く。
久信は刀を強く握った。
赤い刀はどんな素材で構成されているかも分からない未知な物。ただこの刀が今までの様に折れず、側にあるお陰で自分はまだ戦える。
前世の自分は何者だったのか。どんな人物だったのか。分からない事は多く、経験ばかりが積まれた身体は自分の限界を反して動いてしまう。
アレスティアに助けて貰わなければ死んでいたのは一重に未熟だったから。
未熟を抱えて魔王に挑む。
もっと深く【霊隔】を開放すれば対等以上になれるかも知れない。
けれどそれは自分を捨てるのに等しく、また中途半端に開けば先の様に経験の先取りとなり、身体が追い付かなくなってしまう。
だからこれが最善だ。
自身が何をどれだけ出来るか把握した状態で戦う。
絶対に千勢を止める意思を宿せるのはやはり今の自分なのだから。
「お待たせ」
満身創痍と錯覚させる破れた着物と制服を纏い、しかしその表情は穏やかでありながら強い意思を持った男に千勢は笑う。
「遅かったわね。デートに女を待たせるのは良くないわよ?」
冗談を混じえた物言いは余裕の表れか。
世界を動かす奇跡をその身に宿す彼女の敵と呼べるのは同じ世界を動かせる者。しかしそんな人材はここにはいない。
「僕はこんな物騒なデート求めてないんだけど。そもそも付き合ってないよね?」
勝てる筈が無いのだ。
「浮気もするし」
「だから僕たち付き合ってないじゃん。だいたい浮気になる様な事もしてないし」
だが、彼は刀一つで立ち向かえる。
「気付いてないのも罪ね。無知より酷いわ」
「意味が分からないんだけど」
そこに勝機が薄くとも立ち向かえる彼はこの場の誰よりも勇者であった。
自棄を起こしているでも他人に期待しているでもなく、自分の力だけで解決しようとする意思を抱えて彼は勇む。
「まあいいわ。さあ、殺し合いましょう」
リヴァイアルを久信に突き付ける千勢は本気だ。
「それは勘弁だ、ねっ!」
合図もなく合戦の火蓋は切られた。
勢い良く走り出した久信は自身の攻撃の間合いは千勢を入れるべく直進する。
しかし近接戦となれば自分が不利であると分かっている千勢がただで近寄らせるわけもなかった。
「リヴァイアル・バースト!」
「それはもう見切ったよ」
走り様に掴んだ木片を津波へと放り投げると、久信はその木片が津波と当たった瞬間に木片の上に乗って段階的な跳躍を行った。
「そんな!?」
リヴァイアル・バーストは膨大な水による圧塊の攻撃。他の技に比べて自然的であるこの技は、純粋な波と変わりが無いのだ。
それでも久信の身体能力は度を超えていた。
僅か掴める程度の面積しかない軽い木の上に乗るなど、一歩間違えていればそのまま津波に飲まれる諸行。
だが、久信は成功させて空中を踊る。
「でも、空中で受けられないでしょ!リヴァイアル・ブレーカー!」
一線の水の刃が久信へと迫る。
身動きが取れず、踏ん張りの利かない空中で受けるには厳しい斬撃は千勢からすれば回避も防御も不可能であると疑わなかった。
「よっ」
「はぁあっ?!」
なのに彼はその常識を打ち破る。なんと水の刃先に乗って回避した。更にその勢いを利用して千勢への推進力に変える。
常識的でない行動をする久信に目を見開く千勢だが、次の一手をすかざず打った。
「あんたは大道芸人か!」
水の散弾を浴びせながらツッコミを入れるのも致し方ない。それだけ型破りな久信の動きに翻弄されるのだ。
頭から千勢へと突撃して少しでも被弾率を下げる久信は、水の散弾も弾く量も極力少なくしながら回避を選び、身体を必要以上に酷使しないように心掛ける。
「リヴァイアル・スピア!」
次に迫るは水の槍。数は一本だが当たれば確実に戦闘不能にさせる。
乗るのは不可能。受ければ風穴は必至。レイピアの如く鋭い水槍をどうするか。
答えは、掴むだった。
「嘘っ!?」
掴んだ槍先を軸にポールダンスさながらに身体を密着させて回し受けた久信の身体に縦軸の裂傷が走る。
その傷は掠り傷程度で収まっており、戦闘に支障はない。
槍の速度自体は千勢が無意識に手加減したのか目で追える速度であったが、飛んで来る槍を掴んで回るなど人間技とは思えない能力を披露する。
無理をすればまた自傷して動けなくなると分かっているのか?
「行くよ!千勢さんっ!!」
分かっていても止められない感情と言うものがある。
もしかしたら救えたかもしれない。そう考えるだけで身体は勝手に動いてしまう。これもまた前世から受け継ぐ想いの影響なのだろう。
久信はまた自分が死ぬかもしれないと理解しながら千勢を救う為に命を燃やす。
「はぁあああっ!!」
気合いを込めた振り下ろしが千勢の図上を攻める。
既に久信は自身の間合いに千勢を入れ込んでいたのだ。
確実に決まるだろう一撃。しかし千勢にはこれがあった。
「くっ!」
ギッン、と水を叩いた音とは思えないぶつかり合いが発生する。
千勢の竜による絶対防御。
これをどうにかしなければ千勢には傷一つ付ける事は叶わない。
「甘いのよ、あんたは」
ニヤリと笑う千勢は自身の防御の堅さを誇る。
「お互いにね」
「え?きゃあっ!」
しかしそれも読み通りだと久信は謳った。
何故、と思う千勢の疑問は直ぐに解消される。
ドンッ、と久信が繰り出したのはただの踏み込み。しかしその踏み込みは目の前を恐竜が歩いた様な重く、地響きの籠った強い踏み込みだった。
驚く程揺れる地面に千勢はリヴァイアルの柄に寄り掛かり転倒を防ぐ。
「ぎっ…」
久信は自身の右足は踏み込みにより骨がイったが、苦痛の滲む右足を代価に得たのは竜の首であった。
ただの水である竜の首を取った所で本当ならば意味を成さない。
しかし落ちる首が久信にとって重要な部分の防御に穴を開けた。
「がっあああっ!!」
激痛混じりの叫びを上げながら再度振るわれる日本刀はリヴァイアルを刺した地面を抉る様に弧を描いた。
ギギッィィイーーン……。
削り合う鋼の音色と共にリヴァイアルは宙を舞う。
支えを失った事で倒れる千勢はその衝撃で髪止めが外れ、金の髪をふわりと下ろす。
そんな千勢の首筋に久信は刀を突き付ける。
「僕の勝ちだよ」
リヴァイアルが地面から外れた事により制御を失った水が久信たちの身体を叩き付ける。
重力落下による水のダメージは無いに等しいが新たな裂傷を作った久信にとっては地味に堪えた。
「どうしてよ」
千勢は未だに無傷。しかしリヴァイアルを拾いに行く気力など持ち合わせてはいなかった。
「どうしてそこまでするのよ…」
久信は改めて己の状況を確認する。
制服や着物は破れ、上半身を袈裟斬りされた様な酷い切り傷。右足などは体重を掛けようとすると鋭い痛みが襲って来る。
それでも千勢を止められた。なら、それで満足だった。
また自ら壊れていった久信に千勢は泣きそうな顔をする。
そこまで私が憎かったの、と言外に伝えて来る瞳に久信の心は揺れそうになるが鬼となって刃を突き付け続ける。
「千勢さんがあまりに報われないから」
その一言で千勢の気持ちは決壊した。
「っ、報われないって何よ!私にどうしろって言うのよ!あの世界は私のせいで滅んだのに。私のせいで、私のせいで何もかも無くなって、終わって、消えたのよ!だったら開き直るしかないじゃない。勇者なんてバカなものを掲げてないで、魔王だったと誇らしくしながら笑っていないといけないのよ!!」
ああ、やっぱりそうなのか。
納得してしまう千勢の心情に久信は刃を戻す。
彼女は自分を責めていたのだ。
責めて、責めて責めて責めて、ただ責めて。自責の念から、魔王でなければならないと強迫観念に支配されてしまった。
不器用だなと、久信は笑う。
「何が可笑しいのよ…」
どうにもならない現実から立ち直る手段として選んだのが魔王を演じる事なのだから不器用過ぎて笑うしかない。
「それは笑うよ。どんだけ似合わない事してるのさ」
彼女は間違えてたのだ。
「自分は魔王だって言っておきながら本気なんて出そうとしないで手加減ばかりして」
「私は本気で!」
「なら、怒りに任せた時みたいな力をどうして使わなかったの?」
「っ~~~~~!!」
前世では勇者として間違えて。そして現世でも魔王になろうと間違える。
間違いだらけの彼女に必要なのは正しい道を示して導ける担い手。
そっと手を差し伸べる様に膝を着きながら久信は優しい口調で語り掛ける。
「千勢さんは勇者だったんだよね?死ぬまで勇者で、死んでも勇者だと思い続けていたんだ」
復讐に走りながらも勇者である事を疑わなかった。
自分が魔王だと知らされても、それは嘘だと否定までした彼女が、勇者としての道でなく魔王の道を歩ける訳もない。
「あの世界では水を全て奪ってしまって何もかも終わったのかもしれない。けど…」
歩けば歩くだけ道を迷う幼児と同じ。見据えられない目的に立ち止まって蹲るのが目に見えてしまう。
「勇者であろうとした、世界を救いたいと願った気持ちは嘘じゃないんだよね」
だから手を引っ張って行くべき道を教えるのだ。勇者の道はこっちだと。
「だったら最後まで勇者でいないと。それこそ報われないよ」
かなり酷な話であった。
久信は世界を一つ滅ぼしたと知りながらまだ勇者でいろと。誰かを救えと言っているのだ。
それは偽善や欺瞞よりも最低で最悪だ。救うどころか死人の山を積み上げてしまったのに勇者だなんて。
だけど彼女の行ける道はそこにしかない。
どれだけ罪を重ねていたとしても鈴原千勢は勇者なのだから。
「…………嫌い」
ポロポロと零れる涙が魔王の仮面にヒビを作る。
「あんたなんて嫌い。嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い嫌い、大っ嫌い」
ヒビ割れて行く仮面の奥から年相応の少女の顔が見えて来る。
千勢は久信に寄り掛かりながら胸元を叩き続けて本心とは真逆の感情をぶつけた。
「僕は結構好きだけどな」
「だったら、裏切らないでよ。バカ…」
叩くのを止めて胸元ですがり泣く少女はもう魔王ではない。
魔王は世界と共に消えた。それで十分なのだから。
「またボロボロになったな」
「久信さん、また回復しませんと」
全てを見届け、終わったと分かるや声を掛けてきたアレスティアと、何故か容赦なく千勢を押し退けて久信に回復と称して抱き付くライン。
「ライン、あんたは人が傷心してるって言う時に何するのよ!」
「傷心なんてツバでも付けて置けば良いじゃないですか。それよりも久信さんの身体の方が大事です」
本当に聖女なのか疑う発言をするラインが名目上久信の回復に勤しむ。
ただその姿はやはり性女。顔を押し付けて匂いを嗅ぐラインの姿にリックとロングが血の涙を流して悔しがった。
「リリアーナ、いや、ここでは千勢か」
「………何よ」
絶賛発情中のラインを無視してアレスティアは千勢に語り掛ける。戦う事が無いと分かっているからか、その手には何も持っていない。
「私たちは間違えてばかりだったな」
「そうね」
魔王を倒すのが勇者だとすればアレスティアもまた勇者である。
だが、その行動はやはり間違えてばかりであった。
自ら魔王であるように演じて千勢を騙し、仲間であった四人を裏切らせて殺した。
和解の方法などいくらでもあった。場合によっては本当に勇者として世界の全てに水が行き渡る様に出来たかもしれない。
しかしアレスティアは自身の復讐心から生きる道を捨ててしまった。それも双方が禍根を残す最悪の形で全ての幕は閉じてしまった。
なのに【亡霊】としてまた現れて蛇足を付け足す第二幕を開けてしまう。
終わった事ならば真実を心の奥底に仕舞い込んでいれば良かったものを、信じざる得ない確証まで突き付けてまで千勢が魔王だったと証明してしまった。
下手をすればこの世界さえも滅ぼす結果になっていたのだから本当に間違いだらけの勇者たちだ。
「すまなかった。私にはあれ以外の手段を考えられなかった。せめて手遅れになる前に本当の事を伝えていれば良かったと、今となっては思っている」
夕刻に輝く太陽は金茶色の暗みがかったオレンジ光を辺り一面に降り注ぐ。
「私も妄信的だったわ。特別な力に酔って何も考えず、ただ力を使っていたんだから」
全ての遺恨や禍根を持ち去る様に消え落ちる太陽を二人はぼんやりと眺める。
もしかしたら向こうの世界でもこんな光景を作れていたのか。手を取り合って世界を救えたと喜び合う姿は実現できればさぞ感動的だったのだろう。
しかしそれは所詮たられば。終わった祭りに何かを求めれはしない。
「もう、時間か」
アレスティアは自身の手を見つめる。その手は太陽と同化するように光を帯びており半透明へと変わって行く。
「まだ時間じゃないわよね?」
彼らが現れてから二時間もまだ経っていない。なのに何故と千勢はアレスティアに疑問をぶつける。
寂しいのか?と冗談目かしに笑うアレスティアは半透明な右手を太陽に透かす。
「私が満足してしまったからだろうな」
「満足?」
その意味が千勢にはよく理解出来なかった。
「あの世界で殺しても殺し足りなかったお前とここで出会い、お前の本心を聞いて、私は満足してしまった。もうお前は間違えないのだと奇妙な充足感を得てしまったからかな。私はお前を許していた」
アレスティアはにこやかに微笑む。
国を滅ぼして家族も殺した元凶を許すと申すその姿は憑き物が落ちた様に晴れ晴れとしていた。
「また会えると良いわね。今度は魔王とか勇者とか抜きにして」
そしてそれは千勢も同じであった。
友人としてなら会ってもいいとする千勢の心境の変化とは何だったのか。あれ程まで憎んだ相手であるにも関わらず、笑って再会を楽しむなど前の千勢であれば考えられなかった。
それらが実現出来たのは一重に久信の助力があってこそ。
本人は否定するだろうが、どちらにも歩み寄った久信だから成し得たのだ。
「慣れない悪役なんてもう懲り懲りだもの」
「そうか?存外似合っていたぞ」
誰も信用しなかった彼女はもう何処にもいない。
魔王も勇者もない、ただの一人の少女として彼女はこれからを生きていける。鈴原千勢として。
「嫌です。まだ、まだ帰りませんよ!!」
「「ん?」」
一人の少女の声に二人が振り向けば、胸元にがっちり久信をホールドしながら薄くなっていくラインと、それを懸命に引き剥がそうとするリックとロングがいた。ルーネルなどは黄昏ているので背景と同化している。
「やっと私の恋を見つけたんです!どこかの無駄に怪我ばかりして無駄に恰好付けたがるのとは違う、本当の勇者様が私の目の前にいるのに帰れません!!」
その言葉にリックとロングは四つん這いとなって凹んでいく。
ラインの透ける胸元を見れば久信の顔は青く染まり、息が出来ずにピクピクと陸に上がった魚の様に痙攣していた。
「離してやらんと死ぬぞ?」
「碌に愛も知らないで死んだんですから今取り返さないでいつ取り返すんですか!」
話をまるで聞こうとしないラインにアレスティアは思わず溜め息を吐く。
「まったく、締まらんな」
「本当ね」
「こんなキャラじゃなかった筈なんだが」
「昔から溜め込むタイプだったから暴走したんじゃないの?」
「そう言う事だろうな」
二人が顔を見合わせて笑い合える時が来るなんて誰が予想しただろうか。
どちらかが死ぬしかなかった未来を変えた英雄を助けるべく二人は揃って動くのだった。




