第十八層 魔王VS…②
「始める前に一つ私に聞かせて」
彼ら五人の憎い【亡霊】たちが現れたが既に覚悟の終えた千勢は前回の様に見ただけで暴れる程に理性は失っていなかった。
しかしその声色は呪詛を撒き散らすかのように重く冷え冷えとしたものだった。
「何で私を裏切ったの」
とぷんっ、と濡れる剣を強く握り締めた千勢の右手が白く染まる。
答えによっては全てを聞くまでもなく凪ぎ払うつもりだ。それほどまでに彼女の受けた苦痛は大きかった。
彼女の質問に答えるべく【亡霊】の中で一人、胸元の大きく開いた黒のドレスを着るスタイルの良い女性が前に出た。
「それを聞いてどうする?既に終わった事だ。少なくともあの世界は滅んだ。それではいけないか?」
「当たり前よ。私は私を裏切った理由が知りたいの」
千勢にとってあの世界が自分の死後にどうなったかなど興味は無かった。
あくまでも知りたいのは裏切りの理由。苦楽を共にした筈の仲間がどうしてそうしたのか。
元から魔王の仲間だった?
洗脳されたから?
裏切りがどんな理由であれ許す事は出来ないだろうが真実を知りたいと願うのは当然と言えた。
「少し長い話になる」
「かまわない」
「そうか、ブラインド・ロウ」
なら、と手を前へと翳した黒のドレスを着た女性が一言紡ぐ。
それだけで景色が変わる。辺り一面が荒野、見える場所によっては砂漠と化した景観はとても殺風景で生命を一切感じさせなかった。
「この場所を覚えているか?」
「………ええ、覚えているわ」
千勢にとって因縁の場所。仲間に裏切られ、魔王を倒す夢を閉ざされた場所を女性によって見させられていた。
ここが死に場所…。
こんな場所で死ぬなんてあまりにも悲壮な最期だ。
「私たちはここでお前と戦った。何故ここなのか分かるか?」
その問に何の意味があるのか。千勢は理解に苦しむ。
「お前が、魔王がここにいると聞いたからだ」
千勢にとっては単純明快。魔王がいる場所に行った。ただそれだけの事を問われた所でそれが裏切りに繋がるのかと疑問に思う。
女性が手を横に振ると景色はまたしても変わり、今度は真逆、水の都とも呼べるような美しい街並みと緑が広がった景色へと姿を変えた。
「なら、ここを覚えているか?」
「………私が昔住んでいた町よ」
こんなものを見せられたからと言って何になるのか。水の都で生まれ、荒野で死んだ。それを意識させて無様にお前は死んだとあざ笑いたいのか。
苛立ちを抑えられない千勢は早く結論が欲しかった。
「こんなものがどうしたって言うのよ」
「こんなもの、か…」
郷愁に耽る女性は残念だと嘆きながら射貫く様な視線を千勢に向ける。
「これが理由だと知ったらどう思う?」
「何が言いたいの?」
曖昧な事しか言わない女性はこれが答えと言った。
しかしこの景色に答えがあると聞かされても何が何だか分からなかった。
当事者ではない久信が見ても極端な自然の生死が映されただけにしか捉えられず困惑させられた。
「では答えから言うのも何だ。昔話を始めよう」
女性は紙芝居の語り部の様に淡々と景色に沿って話始めた。
「ここはお前の知る水の豊富な都。ただしここはほんの少し前までは水源の心許ない微妙な街であった」
景色に映し出されるは同じ場所と思えない程に乾ききった街並み。それでも人々は幸せそうに生活をしていた。
使える水の少なさから雨水は必須。どこの家にも水瓶が用意され生活水の一部をそれで賄っていた。
「そこに変化が訪れたのはある一人の少女の誕生にあった。
少女が生まれると同時に心許なかった水源は瞬く間にその量を増やし、潤沢を大幅に超えた水を街へと与えた。
皆がそれを喜んだ。これで畑は枯れる心配が無くなると。渇きに悩まされる事はなくなると。生活が楽になるとそれはもう大いに喜んだ。
街は大きく改変されていった。使える水が増えたならそれに見合った形に変えようと」
早送りの様に目まぐるしく動く街は規模を都と呼べるまでに変え、先に見た水の都へと変貌を遂げた。
「僅か数年で人も増え、立派な都へと成長した街は人々にとって住みやすいものになった。そうだろう?」
「そうね。旅をしてる時に立ち寄ったどの場所よりも優れていたと思うわ」
敵であるが振られた事実に同意する。
逆に言えばそれほどまでに清潔さも、食事も、住みやすさなど比べるべくも無く他の町は劣っていたのだ。
「そんな街に住む少女、リリアーナは愛情深く育てられた。リリアーナの両親は少女が奇跡の産物だとは知らなかった。何せ普通の親だ。共に優れていたわけでもなく至って平凡な者たちが何故少女を作り出せたのかは謎だがある事件が起きるまでは普通の少女として愛しく育てた」
ただの背景が切り替わると、そこはとある民家の中。
少女の背丈を超えた淡い青色の柄をしたロングソード、それが金の髪の少女の前に突き刺さっていた。
「これがどこから現れたのかはお前の方がよく知っている筈だ」
「リヴァイアル…」
それは千勢の持つ剣と寸分変わらない剣。目の前の少女こそ千勢の前世であった。
「リヴァイアルは私の中から産まれた」
ここから千勢の勇者として生きる道を歩む。世界を脅かす魔王を何とか出来るのは自分だけだと信じて。
「この剣の壮絶な力があれば噂の魔王も討伐して世界が救えると思って私は街を出たわ」
「そうだ。そして街を出たお前は魔王の噂を集めながら仲間を得た」
「それも仮初めの仲間ごっこだったけどね」
千勢は軽口で女性に肯定するが憎悪が漏れ出す様に剣先から水をポタポタと滴らせる。
リヴァイアルが早く斬らせろと吠えるのを久信は横目で確認して戦慄する。
いつ爆発するか分からない爆弾が横にある気分だった。現に千勢の表情は今にも飛び掛からんばかりに獰猛に歪んでいた。
景色はまたしても変わる。
金髪の少女の背後には冒険者風の青年のリック、狩人のロング、聖女のライン、神父のルーネルが仲間として寄り添っていた。
戦闘になれば大型の蜘蛛を前に一歩も引かない少女の後ろでフォローする四人。リックやロングが牽制を入れてラインとルーネルが遠距離より支援の魔法を繰り出していた。
チームワークも高く、倒した事を喜び幸せそうに笑い合う姿からはとても裏切る様には思えない。
「この映像は本当なのか?」
久信の疑問に女性は答える。
「これは記憶から補完された映像。間違いなく過去の出来事だ」
そしてこれは時を同じくしてのある国の状況だ。と女性は景色を切り替える。
「これは…」