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第十七層 魔王VS…① 

 学校を終え、いつものように事務所に来た久信だが本人はかなり深刻な事態に陥っていた。


 「今日の授業何も覚えてない」


 上の空、気もそぞろな状態で授業に出席はしていたもののまるで頭に入って来ずに気が付けば放課後となっていた。

 そうなったのも今日は千勢の因縁の【亡霊】の討伐。これが差し迫っているとつい考えてしまい授業に身が入らなかった。

 何せまた千勢が暴れ狂うかも知れないのだ。 

 それをフォローするのは骨が折れる。リアルに巻き込まれれば腕の骨の二、三本は覚悟しなければならない。

 だけど久信は千勢を一人にする気は無かった。

 この気持ちが前世のものから来る感情だとしても久信は久信だと教えられた。ならば後は戦うだけだ。

 久信は気合いを入れるように自分の頬を叩く。


 「随分と気合いが入っておるのう」

 「おはようごさいます。ノエルさん」


 一方気合いを大気圏外まで飛ばしたノエルはスーツ姿で危うい格好で床に寛いでいた。

 二十代後半の女性の仕草ではない。見た目が十代前半な彼女ではある意味似合った仕草なのだろうがスーツスカートから覗く幼女の素足などミスマッチにも程があり、そっち方面で需要がありそうだと思わさられた。


 「見えますよ?」

 「見たところで妾では興奮すまい」

 「気分の問題です。恥じらいを持ってください」 

 「面倒じゃ」

 「もう、仕方がないですね」


 我が儘なノエルにどちらが年上かと思わされる久信は強引にノエルを横抱きにする。

 

 「おは…、何してるのよ」

 

 運の悪いタイミングで千勢が事務所にやってくる。

 久信自身は何もやましい事はしていないが端から見ればお姫様抱っこでお互いを許しあった仲とも取れた。


 「おはよう鈴原さん」


 それに気が付かない久信はノエルをそのままソファへと運び下ろす。


 「それで何してるのよ?」 

 「ノエルさんがだらしなかったので運んだだけだよ」


 浮気現場を見られた男の言い訳は苦しいものだと思わされる。久信は本当の事を言っていたとしても千勢がどう受け止めるかでもある訳だ。


 「………ふーん」

 

 これはどう受け止めたのか。納得したと捉えるにはあまりに不可解な表情で見つめていた。


 「まあいいわ。さっさと行きましょう」

 「え、早くなっ、って、いたたっ、痛いって!」


 千勢は久信の耳を掴んで引っ張る。


 「若いのう」


 原因たるノエルはにやにやと楽しげに二人のやり取りを見守るのだった。

 事務所の外に出た後も耳を掴まれる久信はいい加減涙目になっていた。


 「そろそろ手を離して欲しいんだけど」

 「ああ、これ耳だったの?」

 「寧ろ何だと思ったの!?」

 「幼女趣味の源かしら」

 「こんな局所的な部位に存在してません。あるのなら別の場所にあるよ」


 運転手である観測班の男性に頭を下げて挨拶しながら車に乗り込む。

 ただしその間も言い合いは止まらなかった。


 「今認めたわね。自分は幼女好きな変態だって」

 「言葉の綾です」

 「まったく残念だわ。今から行く場所が留置場だなんて」

 「何の罪で?」

 「ロリコンとセクハラかしら」

 「………セクハラは可能性があるのかな?」

 「さあ?本人が訴えればなるんじゃないの?」

 「あれはお世話だからセーフでしょ」

 「分からないわよ。案外またセクハラされたって思われてるかも知れないわね」

 「止めてよそれ。ひょっとしたらって考えるんだから」

 「思い当たる節がいくつもあるのね。重罪だわ」

 「勘弁してよ」 


 こうして何だかんだやりつつも二人は現場へ到着する。

 ただの山であるにも関わらず、昨日の凶悪な水流が山肌を削った結果、生い茂っていた緑が流れる線を造る形で剥き出しの土色を描き、流された木々も下流へと溜まって台風や土砂崩れと言った災害に襲われた跡と化した。

 これが千勢の全力。

 人は自然災害が起きた時、それが過ぎ去るのを待つしかない。

 千勢が敵ならば久信一人の力で抗うのは困難だろう。

 壮絶な結果を前に久信は千勢が仲間である事を安堵しながら車を降りる。


 「一応最後に確認するけど待っててもいいのよ?」


 巻き込むかもしれない。そんな不安から千勢は久信を遠ざける。


 「大丈夫だよ。鈴原さんを一人にはしておけないからね」


 そんな心配は願い下げだと久信は笑い返した。

 

 「ねえ」

 「何?」 

 

 千勢は久信の裾を持って少しだけ照れた表情になる。


 「な、名前で呼んでよ。仲間でしょ?」

 

 後付けされる言い訳も変に心地よかった。

 仲間だから。仲間であれば。信頼を失い、信頼を捨てた筈の彼女が拾い始めたそれはもしかしたら彼女自身が待ち望んでいたものかも知れない。

 握り締めた裾が不器用なシワを作る。

 これが彼女なりの信頼なのか。

 不安そうな仕草に久信は思わず笑みが溢れた。


 「じゃあ行こうか。千勢さん」

 

 ただ名前を呼んだだけ。なのに変わる距離感。

 今までが、ずっと歪だったのだ。

 それが今、氷解し千勢に人らしさを与える。


 「行きましょう久信」


 産声は静かなものだった。

 前世からの因縁を絶つべく千勢は久信を引き連れて山を登る。


 「【最終深層領域解放ラスト・パージ】」


 少女の声に呼応しながら現れた【幻想兵装】である白を基調とする胸当て、手甲、足甲と頑丈な金属鎧を纏う。右手には柄の青いロングソード。そして金の髪が逆再生される様に頭部へと集まり始める。

 千勢は怒りにけして飲まれないように己を抑えながらも集中力を高めた。


 「【第二深層領域解放セカンド・パージ】」


 少年も【幻想兵装】の紺色の着物を羽織りながら、日本刀でありつつも刀身の真っ赤に染まった武器を抜き身で持ち歩く。  

 久信は出来うる限りの力を使う覚悟を決めた。

 二人は一歩、また一歩と山を登る。

 魔王との決戦の地としては簡素な場所だが【亡霊】としては相応しい。

 所詮は過去の遺物。城もない。守る民もない。権利も財産もない。あるのはお互いの理念と感情だけだ。それだけあれば存分に戦える。

 山を登り切った二人を歓迎するようにバチッ、と紫電の非現実が地面より迸る。

 強烈なスパーク音を響かせながら現れる五人の男女。

 これより時と世界を超えた悲劇が幕を上げる。



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