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第十四層 休戦

 音を辿れば何処にいるか判断出来る。時折景観を破壊してくれるので目に見えて場所が特定出来た。

 追い付いた久信が目にしたのは既に死に体まで消耗した【亡霊】と無傷で立ち塞がる千勢であった。

 

 「まだだ!まだ足りないっ、この恨みはまだ晴らし足りないわよ魔王ども!!」


 カタカタと震える腕で剣を握りながら叫ぶ千勢は無傷でありながらも大技ばかり連発したために疲労がかなり蓄積していた。

 それでもなお、攻撃の手を止めようとしない千勢に久信は喉を潰す勢いで声をかける。


 「やめろ!これ以上は千勢さんも倒れるだけだ!!」


 その声に振り向く千勢の目に浮かぶのは狂喜。長年のそれこそ死んででも成したかった願いが、今ようやく叶おうとしているのだ。嬉しくて仕方がないのだろう。


 「うるさい!!あんたは見ていなさい、私がこいつらを殺す所を!!」


 獰猛に笑う千勢は一体どんな仕打ちを受ければこんな狂喜に染まり果てるのか。

 次の技を出すべく剣を振り上げた千勢に弓を持った少年が矢をつがえる。


 「くそっ」


 制止の聞かない千勢に矢が迫ると分かるや久信は全力で駆けて前に出る。

 少年が放った矢は真っ直ぐ千勢の剣を落とすように向かうもその前に横から久信が払い落とす。 

 そこで初めて久信は自身の調子に気付く。

 払い落としなど普通は無理だ。それこそ死ぬ気で特訓してようやくでありながら久信はそれを可能とした。

 数分前の自分で出来たかと問われれば無理だと答えられる事をやってのけ、前世の自分の技術に驚愕する。

 しかし驚いてばかりはいられない。何故なら後ろでは既に攻撃の為の準備が整っているのだから。


 「リヴァイアル」


 慌てて射線から離れると同時にそれは襲う。


 「スピアァァァアアアッ!!」


 張られた結界を水の刺突が削る。

 次々と割れていく魔法陣にあと一枚とした所で変化は起こる。

 バチッ、スパーク音と共に消える【亡霊】は討伐されたのかと見粉うばかりであった。


 「何処だ、何処に行った!」


 しかし理性の失った千勢には現世である事も忘れ、前世に思考を奪われていた。

 だから彼らが時間切れで消えた事に気が付かない。

 

 「何処に行ったぁぁぁああああああああああああああああああっ!!」




 しばらくして落ち着いた千勢と共に久信は山を降りる。

 互いに何を話していいか分からず道を下り続けた。

 千勢は鎧もマントも剣も持っていない。しかし髪だけは解けているもののくすんでいた金髪が鮮やかな黄金へと姿を変えており、黒みがかった青い目も澄んだ空のような爽やかな青へと変わっていた。

 これは明らかに【霊隔】の深い部分に触れた影響が残っていた。下手をすれば遺伝子レベルで組み換えられ生涯元に戻らない可能性が高かった。

 

 「…………」

 「…………」


 気まずいなんてものではない。あそこまで取り乱した姿に驚愕し、久信は千勢によって怪我を負った。

 千勢自身が何を考えているか分からないが久信は怪我よりもあの【亡霊】との因縁が気になっていた。しかしそれは果たして聞いても良いのか。それが分からずにかける言葉を失っていた。

 

 「明日…」 

 

 ポツリと漏らす声は嬉々としているにも関わらずその表情は憎悪で満ち溢れた千勢は手近な枝に手をかける。

 

 「明日またここに来るわ、絶対に」


 ボキリと折られる枝は抑え切れない感情からか、待ち焦がれから来る衝動を目の前の物に当たり散らす。

 久信の横にいるのは本当に千勢なのか。前世の因縁による感情と記憶が入り交じった彼女は何者と認識するのが正しいのか。

 分からず終いにしても千勢は【亡霊】に一人でも向かっていくだろう。それは見放すのと同じではないか?なら少しでも理解に努めた方が良いのか。しかしそれは踏入過ぎなんじゃないのか。

   

 「…………なんでそこまで 怒っているか聞いてもいい?」


 悩んだ挙げく、結局千勢を知ろうと聞いてしまう。

 もしかしたら拒絶されるかも知れない、そんな心配は杞憂に終わった。


 「あいつらは私を裏切った。ただそれだけよ」


 裏切った。シンプルで分かりやすい動機。されど強い恨みとなって襲う程彼らは前世の千勢に散々な仕打ちをしたのだろうか。

 だが、そうでなければ千勢があんなにも遮二無二に攻撃をする筈もなかった。

 千勢は抑えきれない感情を遂には言葉に表し始める。

  

 「あの黒いドレスの女は魔王。世界の敵だった女。あいつが現れたのが全ての始まりだったわ」


 そして語られる千勢の前世。

 彼女は緑豊かな国で育った。

 彼女は幼くしてリヴァイアルに認められて剣を携え、それにより大地に潤いを与え、より国を豊かにしていた。

 そんな彼女の耳に届いた魔王の話。

 その魔王は緑を奪い、人々に悪夢を見せ続けていると。

 彼女は悩む。本当にこのまま国に籠っているだけで良いのだろうか?魔王がこの国に来て緑を奪っていくのではないのか?

 奇しくも彼女は力を持っていた。

 魔王を倒せる力があった彼女はあらゆる反対を押し切って旅に出る。

 

 「そこで私は勇者となったの」

 

 最初は反対を押し切った事を後悔した。何も出来ない自分を嫌いに思いながらも旅を続け、気が付けば仲間も出来た。


 「冒険者のリック、狩人のロング、白魔術士のライン、神官のルーネルは道中で出合い、私と意気投合して魔王を倒す志を理解してくれた、いや…、理解したふりをしていただけだった!」


 千勢は持っていた枝を力任せに捨てて憤る。

 

 「魔王と対峙した私は死闘を繰り広げた。魔王にも手先がいてその相手をしていた仲間から支援を受けられず孤立した私は大きな深傷を負いながらも魔王を討伐に至った。だけど、その直後だった」






 「ハァ、ハァ………、これで終わりだ魔王」

 

 剣を振り上げる気力は無くとも地面に倒れ伏した魔王を相手なら剣先を押し付けて体重をかけるだけで殺せる。

 額から流れる血は多く、泥にまみれた白鎧は輝きを無くし満身創痍。それでも彼女は長かった旅に終止符を打てる段階にまで近付く事が出来た。

 

 「長かった旅もようやく終わり」


 楽しかった事もあった。

 辛かった事もあった。

 だけど仲間を失いもせずに長い旅を無事終わらせるハッピーエンドを迎えられる。 

 そう思えば全ていい思い出だ。

 魔王に最後の止めを刺す為に引きずる剣を地面から離す。


 「死ね」


 ザシュッ…

 垂れる血液で真っ赤に染まる。しかしそれは彼女の白いマントであり傷を負ったのは魔王ではなかった。


 「な、なんで…」


 左肩に刺さった物を確認するとそれはとても見覚えのある矢だった。


 『僕は狩人としてこの弓で技を鍛えました』


 ここに来る前、夜を明かす前に語り合った者が手入れをしていた矢。

 

 「ロング…」


 振り向けば無表情で矢を番えるロングの姿があった。

 矢を放たせまいと振り向けば襲い掛かる影が一つ。

 重い剣を手放して咄嗟に転がれば、彼女が立っていた位置には刃幅の広い見覚えのある曲刀が突き刺さっていた。

 

 『俺の力で皆を守るぜ』


 それは毎晩大切そうに磨いていた師匠の形見だと言った者の曲刀。


 「リック…」


 魔王から距離を置かれた彼女の前に立ちはだかるリックに愕然としながら反撃に出ようと試みようとするも肝心の剣を手放してしまい、懐に持っている小刀しかなかった。

 様子を見る彼女がさらに驚愕したのは魔王に近寄る一人の少女。

 少女が魔王を抱き締めると彼女が付けていた傷が治っていき、魔王はみるみる回復してしまう。


 『私には皆さんを癒す事しか出来ませんから』


 優しい笑みを見せながら僅かなかすり傷さえ癒してきた少女。


 「ライン…」


 戸惑う彼女に更なる追い打ちが迫る。

 ショックを受け、気付いた時には目の前に炎の塊。

 もう、彼女に避ける気力など残っていなかった。


 「ぁああっ!」 


 直撃を喰らった彼女が地面に身体を擦り付けながら見たのはこちらに手を翳している神父の姿。

 

 『神に祈るのは自身の為なのですよ』


 毎朝神に祈り続けた殉教者。


 「ルーネル…」


 彼らは共に旅をした仲間だった。

 この戦いが終わっても一緒にいようと誓った仲間だった。

 なのに彼らは側にはいない。彼らが側にいるのは魔王の前。もはや訳が分からなかった。


 「どうしたのよ!?まさか魔王による洗脳?!」


 必死に叫び、仲間を正気に戻そうと躍起になる彼女に首を横に振るのはリックだった。


 「俺たちは洗脳なんてされてねぇ」

 「ならどうして!?」 

 

 立ち上がる気力はなくとも肘を使って顔を上げる彼女に思いもよらない真実をぶつける。


 「俺たちは最初から仲間じゃなかったんだよ」

 「――――っ…」


 あまりの事実に言葉を失う彼女はそれでも嘘であって欲しいと仲間に問いかける。


 「ラインっ」

 「ご、ごめんなさい…」


 顔を伏せるラインだが、彼女が聞きたかったのは謝罪ではない。


 「ルーネルっ」

 「残念ですが」


 諦めろと殊更に伝える神父に旅で感じた温かさは無かった。


 「ロングっ」

 「貴方は僕の敵だったんですよ」


 無表情の瞳が、さながら狩りの獲物を見る眼になっていた。


 「リックっ」

 「何度でも言ってやる。俺たちは最初から仲間じゃなかったんだ」


 曲刀を向ける冒険者は改めて自らの裏切りの事実を告げる。   

 まるで見えない刃でズタズタにされた気分だった。

 どこで選択を間違えたのか。それはずっと前からだったのか。ただ分かるのは自分は裏切られ、信頼して来た仲間によって殺される。これ程惨めな死はないだろう。

 夢半ばどころか夢が叶う直前を一緒に同じ目標に向かって突き進んできた仲間によって阻まれたのだ。もはや世界がどうなろうと知った事ではなかった。


 「…………やる」

 

 腕に顔を押し付け、身体中の水分が抜け落ちてしまうくらいに大粒の涙を流す彼女は震える声を抑えられなかった。


 「お前ら全員殺してやるっ……」


 だが、もう遅かった。肝心の武器である剣は手元から遥か遠くにあり傷だらけの身体では取りに歩くのもままならない。

 仮に掴んだとしても一振りするだけの力を彼女は持ち合わせてはいなかった。


 「お前ら全員必ず殺して殺して殺し尽してやるっ……」


 だから彼女に出来るのは己の内から湧き立つ呪詛を唱えるだけだった。

 そんな彼女に近付いてくる五人の影が彼女の身体を捉える。

 

 「「「「「………」」」」」


 各々が得意の得物を持ち、彼女を囲うように立った。

 彼女は物語の主人公ではない。

 一発逆転の奇跡や隠された力、ましてやこの窮地を脱し出来る仲間などいやしない。

 それどころかそんな仲間が全て敵だった。これでは物語の主人公ではなく道化だ。

 仲間に踊らされた彼女が後世に語り継がれるならば『仲間に殺されたマヌケな勇者』となる程の道化。


 ただ世界を救いたかっただけなのに…。


 彼女の願いを踏みにじった仲間だった者たちに彼女なりの宣戦布告を突き付ける。


 「リック、ライン、ロング、ルーネル、そして魔王。私は必ず蘇る。こんな世界がどうなろうが必ずお前たちを殺してやる。絶対に殺してやるっ!」


 そんな彼女が最後に見たのは笑い合いながら彼女を殺す仲間の姿だった。






 「これが私の思い出した前世よ。結局蘇れなくてここにいるけど、あの時の私の恨みを晴らすチャンスが来た。だから誰にも邪魔させないわ。あんたでもね」

 

 睨み付ける千勢に無言で頷き同時に納得した。

 あれほどまでに固執した執念と憎悪に満ちた戦い方をした千勢に久信は意を返す。

 

 「邪魔はしないよ。でも足止めくらいはするよ」

 「結構よ。私は仲間によって殺された。あんただって裏切るかも知れない」


 即決で切り捨てる千勢に取り付く島もなかった。それでも久信は諦めなかった。


 「彼らが裏切ったのは初めから魔王の仲間だったからだよ。僕は彼らと関わりがない」

 「嫌よ」

 「彼ら以外に仲間はいなかったよね。僕は少なくとも彼らの仲間じゃない」

 「信用できない」

 「あの着物を見ても?どう考えても鈴原さんの世界の代物じゃないよね」

 「それでも無理」

 「勝手に着いて行く」

 「駄目よ。私は一人であいつらと決着を付ける」 

 「だけど」

 「嫌って言ってるでしょっ!!」


 声を荒げながら叫ぶ千勢の姿はどこか痛々しかった。


 「分かってよ!私はもう誰も信用したくないし信用出来ない!」


 瞳一杯に涙を溜めながらぶつけてくる彼女の本音。

 裏切りにより孤独と恨みを抱いて死んだ彼女にとって誰かを信用するのはあの時抱いた思いを否定するに等しかった。

 だから誰も近付けたくなかった。

 だから一人でいようと孤独になった。


 「なら、なんで僕を遠ざけなかったの?」

 「っ…」


 なのに彼女は自ら近付いた。まるで一人は嫌だと叫んでいるように。

 

 「僕から鈴原さんに近付いた事は無かったよ。それなのに人の日常に勝手に近付いて来て荒らし回って」

 「それはまだ完全に思い出して無かったから…」

 「嘘だ」

 「嘘じゃ…」

 「嘘だよ。鈴原さん、君は欲しかったんだ」


 断言する久信は確信していた。

 

 「頼れる仲間が」

 「ち、ちがっ」

 「違わないよ。ならなんで僕に近付いたのさ。今だってそうだ。本当に嫌なら会話をするのだって嫌な筈だよ。それなのに君は逃げない」


 子供が欲しくないと意固地を張るのと同じだ。

 鈴原千勢は仲間が欲しかったんだ。それも裏切らない仲間が。

 

 「【第一深層領域解放】」


 久信は慣れ親しんだ一本の赤刀を取り出す。


 「はい」

 「なっ…」

 

 そしてその刀の刃先を自分の首に当てながら柄を千勢に握らせた。

 何を、と叫びたい千勢も久信のこの行動に絶句して言葉を失う。


 「このまま引けば僕は傷付く。死ぬ事はないだろうけど出血の量が多くて明日の戦闘には支障が出るだろうね」

 

 狂気の沙汰としか思えない久信の言動に千勢は困惑しながらも刀の重さで刃を滑らせて斬ってしまわないようにしっかりと柄を握り締める

 

 「どうぞ」

 「な、何がどうぞよ!手を離しなさいよ!」


 刃先が首から離れない様に持ち続ける久信に少しも刀を動かせない千勢は久信の謎の行為を止められずにいた。

 このままだと手を離しただけでも刀は滑り落ちて久信の首を傷付ける。

 どうしてこんな事をと千勢は久信の顔を見れば穏やかな表情で満ちていた。

 

 「やっぱりそうなるよね」 

 「だから何のつもりよ!」


 イラつく千勢にこれ以上は無意味と久信は持っていた刃先を首から退かす。


 「嫌なら刀を引くべきだったよ。僕は明日一緒に行くから」

 「っ…、勝手にしなさいよ」


 ドカドカと山を降りる千勢は怒っているようだが本気でないと分かってしまう。

 肝心なのは明日。果たしてどうなるか。

 今日みたいな事にはならない事を祈りながら久信を山を降りて行くのだった。



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