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第十三層 【亡霊】が見せる悪夢  

 次の現場まで半時かけて着くと、そこもまた人も民家もない森の中だった。

 久信が見渡す限りは先の巨岩と同じものはなく、観測班の情報によれば人による集団が森の奥にいるらしい。

 

 「人なら余裕ね」


 森を歩く千勢が剣を片手に余裕の笑みを浮かべる。

 自然災害と首切り侍が人型の【亡霊ノルス】と対峙するのであれば【亡霊】の方を心配するべき状況だろう。刻一刻と迫る二人を知る者がいれば敵に対して涙を流して逃げろと叫ぶ危険度だ。

 

 「油断しないようにね」

 

 しかし【亡霊】は何をしてくるか分からない。何をしてくるかも分からないし、どんな力を持っているかも想像がつかない。

 現にあの巨岩がそうだ。ゲーム的代物だと見抜けなければ何年、下手をすれば何十年とあの土地を占拠し続けていたと思われる。それを久信が巨岩の正体を看過したからこそこの短時間で二か所目に入れるのだ。

 だからこそ焦る必要はない。ましてや場所は森の奥にいるとあっては焦って怪我をするだけマイナスでしかなかった。

 

 「でも何でこんな僻地に現れたのかしら。もっと楽に会える場所にいてくれたらいいのに」

 「そんなどこかのテーマパークじゃないんだからさ」

 「それは分かってるわよ。けど面倒じゃない。車の通れない場所に入って行かないといけないなんて」

 「時間もかかるしね、って着いたみたいだよ」

 「あら本と……」


 それこそ開幕当初から千勢がリヴァイアル・バーストを放つくらいでないと討伐は厳しい時間帯になって来ている。しかしそれをすれば山は丸裸になり土砂崩れなどの二次災害まで引き起こすだろう。

 だから今回は様子見と心の中で決め込んだ久信が現地に到着するとそこには時代錯誤の西洋風な衣装を着た数名の男女が存在していた。 


 「………」 

  

 中には全身を真っ白なローブで覆った魔術師然とした少女や冒険者スタイルの軽鎧を着けた青年。


 「………………」


 教会の神父めいた正装の老人に弓を持った蛮族風の少年。


 「…………………………………」


 そして最後に胸元の大きく空いた漆黒のドレスを纏う存在感と違和感を感じさせる女性。


 「…………………………………き」


 彼らは一体どんな集まりなのかと、一瞬思案した事を久信は後に後悔する。そんなものよりも隣にいるパートナーの異変に気付くべきだったと。

 大きく見開かれた千勢の蒼眼が彼らを捉えながら、金のくすんでいた髪が太陽も眩む程の黄金の輝きを見せながら後頭部に円を描くように集約される。白鎧も胸元や手足だけに留まらず腰から鞘まで形成されて肩からはマントを羽織り始める。

 そんなあからさまな変化が久信の一瞬の思案の内に行われ、千勢の顔に浮かぶは激震の憤怒。

 

 「貴様らぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっ!!!!」


 千勢は竜の咆哮に似た絶叫を上げると共に振り上げた剣を両手でしっかりと掴んで更なる叫びを上げる。


 「リヴァイアル・ブースト!」

 「がっ!」


 刀身が蒼明に輝き、蓄えた力の余波で久信は地面に叩き付けられながら横へと吹き飛び、大樹に身体を打ち付ける。


 「ダブル・ブースト!!」


 それでもお構い無しに力を蓄える千勢の剣か(あお)から紺青(あお)へと変化する。


 「ファイナル・ブースト!!!」


 最終的に紺青(あお)から濃紺(あお)へと変わった剣は深い海、どこを見渡しても一線の光も見えない暗闇の色へ変化させた。


 「リヴァイアル・フルバーストォォォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!」


 剣は降り下ろされ、瞬く間に荒波と化した大水流が【亡霊】を襲う。

 土は抉られ、木々は消滅し、大気は押し潰される一撃は【亡霊】を完全に殺しにかかった。

 しかし多重魔法陣と思わしき謎の言語で空中に書かれた盾が水を上空に押し上げ、重力を無視した昇る滝を作り出す。

 落ちた水で圧死しないように神父めいた老人が炎を生み出して水にぶつけて蒸発させる。

 ただそれでも莫大とされる水量は消しきれるものではなくスコールとなって周囲一帯に降り注いだ。

 

 「貴様ら貴様ら貴様らぁぁああっ!!よくも私の前に現れたな!塵も残さず殺してやるっ!!」


 な、何が………っ。

 目を血走らせた千勢の変化にようやく認識の追い付いた久信が見たものは千勢でない誰かであった。

 顔立ちはそのままなのに沸き立つ雰囲気はまるで別人。これは明らかに【第三深層領域解放】よりも更に深い領域へと手を出している。

 今すぐにでも止めるべきだと久信が立ち上がるも千勢は休める事なく次の技を放つ。

 

 「リヴァイアル・スピアァアアアアアアアッ!!」


 それは久信も知っている技。

 しかしその精度や質は段違いにおかしかった。

 貫通力に優れたリヴァイアル・スピアで堅牢な魔法陣を破るのは間違っていない。ただその勢いはレーザーも凌ぎ、数も十数本と尋常ではない数量で魔法陣を襲っていた。

 耐え切れずにガラスのような破砕音を出しながら崩壊していく魔法陣。それでも何とか再生を繰り返して千勢の攻撃に耐えた。


 「はぁああああああああああああああっ!!」


 耐えたと見るや千勢は接近戦に臨み、自ら魔法陣を切り裂きにかかる。

 剣先を押し付けるように打たれる刺突。

 千勢の腕力に剣先からの水圧に剣そのものの力が混ざった結果か、全ての魔法陣を一瞬で破壊しつく【亡霊】へと接触する。

 だが、蛮族風の少年の弓矢による牽制と冒険者風の青年により剣で流された刺突が空を切る。


 「「ぐぁっ」」


 ただ全ての力をいなし切れなかった青年は右腕を見事にズタズタに削り落とされ、牽制をした少年は水圧の余波で同時に吹き飛んだ。

 そこに魔術師然とした少女が駆け寄って少年と青年を癒し始める。


 「リヴァイアル・ブレェエエカァアアッッ!!」

 

 そんな隙を逃がすまいと千勢は振り向きざまに点ではなく面を重視した斜めに飛ぶ水線を放った。

 リヴァイアル・スピア並みの突貫力はなくとも多人数の制圧には遥かに向いているのがこのリヴァイアル・ブレーカー。ただしその威力は【第三深層領域解放】した時のリヴァイアル・バーストに近しい水量を誇っていた。

 

 「アースド・フレーム」


 千勢の追撃を察知していたのか漆黒のドレスを纏う女性が周囲の土を押し固めて作った土壁で水線を防ぎ切った。…ように見えただけであった。

 土砂崩れの要領で崩れていくアースド・フレームは【亡霊】たちと共に山を駆け上っていく。

 千勢は歯を剥き出しにして【亡霊】たちがまだ生きていると確信して後を追う。

 

 「逃がすかぁああああああっ!!」  


 そんな背中を見ている事しか出来ず蚊帳の外であった久信は困惑する。


 「なんだよ一体…」


 強烈過ぎる一コマに木に寄りかかったまま立ち上がれずにいた。

 あんなものを目の前で見せられれば近寄るのは元よりこの場に留まる事ですら忌避感が募る。

 早く逃げろ、と頭がクレームを出す一方で、どうにかしないと、と心が喚き散らし、相反する意識に身体を身動きを止めたのだ。

 身体は泥にまみれ、千勢の攻撃の余波で傷だらけ。思考も焦点が合わない。こんな状態で何をすればいいのか。

 助ける?誰を?むしろ助けて欲しいのはこっちだと言いたい。そもそもどうしてこうなった?

 千勢と今回現れた【亡霊】には何らかの縁があるのは確かだ。そうで無ければあれほど取り乱しはしない上に【第三深層領域】以上の第四か第五、いや、それ以上に転生したとも取れる変わり方はしない。

 あの尋常ではない怒りは前世の記憶が蘇ったのか。剥き出しの殺意が無関係の久信にさえ襲い掛かる猛威は自然災害と揶揄された千勢にピッタリと当て嵌まるものだった。

 

 「どうしよう」


 戦意はすっかり削がれてしまった。【幻想兵装】も今や手元にない。

 ゴゴゴッ、と鈍い戦闘音が耳に届くも顔を上げる勇気さえ持てやしなかった。

 

 「ははは…、何が本当に楽な仕事だよ。危険過ぎる上に相方が爆弾とかやってられないよ」


 ぐったりとする久信に造り出された雨が打ち付けられ続ける。

 思えば最初の【亡霊】相手の時もこんな気分だった。

 絶望的でどうしようもない。僅かな判断ミズで命を刈られる綱渡りな逆境。気が付けばどうにかなっていたが、あの時も自身の殺意に意識を持って行かれた。

 だから千勢の状態も同じだろう。どれだけ傷付こうが目の前の敵を殲滅するまで暴れ続ける狂戦士。

 現代いまの笑顔を前世かこの憎悪に塗りつぶされた千勢を悲痛に感じた。きっと理性の一つも残ってはいない。

 久信は木から離れ、重くなった足に力を込めて立ち上がる。


 「………くそっ」


 だったら――

 

 「ちくしょうっ!」


 だったら――止めに行くしかないじゃないか!

 

 「【第二深層領域解放セカンド・パージ】!」


 プシッ、千勢に与えられた傷とは全く関係のない古傷が開き、首を一周する赤い線が雨と混じって制服を汚す。

 久信は今まで潜って来なかった領域に手を伸ばした。

 





 『先生っ、一緒に逃げましょう先生!!』


 全く見覚えの無い着物姿の少女が同年代の者たちに拘束されながら叫んでいた。

 ただ、湧き立つ後悔は懐かしささえ感じてしまう。


 『行ってください。ここは僕が食い止めますから』

 『嫌です!先生も一緒に!!』

 

 何があったのかは分からない。分かるのは何かしらから逃げようとしている事だけ。

 

 『駄目です。僕が食い止めなげれば誰も逃げられませんから』


 あの優男、刀を持った紺の着物がよく似合う男が背中ごしに語るのは決意からか。一度でも振り向けばその決意が鈍るからか。けして少女や他の者には顔を見せない。


 『だったら私もっ!』

 

 戦うと叫ぶ少女にやはり男は首を横に振る。


 『犠牲は少ない方がいい。後は任せたましたよ』

  

 少女からはけして見えない男の表情。でも分かってしまう。彼は笑っている。自己犠牲を肯定して死のうとしていると。


 『嫌だ、行かないで先生…』

 『すみません。僕は行かないといけませんから』


 だが男は走り去っていく。これが一番の方法だと信じて疑わない男を止められる者は誰にもいなかった。

 





 「っ…」


 そこで目を覚ましたように現実へと戻される久信は曖昧な記憶に夢を見ていたのではと錯覚を起こす。

 バカな男がいた。強くはっきりと分かったのはそれだけで何と戦っていたのか、何から逃げようとしていたのかはさっぱり分からない。それはとても気持ち悪いものであった。


 「だからって飲まれてたら世話がないよ」


 赤い刀を右手に掴む。そしていつの間にか羽織っていた紺色の着物をたなびかせて戦場へと赴くのだった。バカな男の残滓を追いかけるように。



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