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第十一層 変態は日常を壊される

 「首刈職人の朝はたまに早い。

 誰も入らない険しい山奥。ここに彼の修練場がある。

 彼が山に入るのは決まって前日、前々日と続けざまに修練の時間を削られた時だ。

 そんな彼は赤い刀を取り出し、規則正しく決まった放物線を描く事に終始する。

 世界有数の首刈職人である彼の一刀が生み出す放物線は骨と骨の間を通して落とされる故にそこにズレがあってはならない。

 僅かに生じたズレによって骨に引っ掛けてしまい中途半端にしか斬れなくなる繊細な仕事だ。

 最初の一振りはゆったりと時間を掛けて自身が定めた規定の位置まで振り下ろす。

 そして徐々に速度を上げていき、最終的には常人には見えない速度で同じ位置に刀を置くのだ。

 何故そこまで彼が首を刈るのに厳しい鍛練を課すのか私は問いただせば驚愕の答えを彼は返す。

 

 「僕は首を刈るのが好きだからですよ。皮にプツッっと入れる感触から始まり肉をズシュッっと裂いて骨をザクッと落とすあの感触。こんなにも素晴らしい感触を味わえるのは首切りだけなんです。もちろん相手は生きていなければなりません。そうでなければ刀から伝わる命の鼓動、相手の脈を味わいながら生命を絶ち切る搾取の快感に浸れませんから」 


 そう幸悦としながら猟奇的に語る変態に私はドン引きしてしまう。

 彼は生粋の変態だ。私は彼の人間性を疑うば…」

 「人の後ろで変なナレーション入れるの止めてくれないかな。そもそも僕は興奮しながら首斬った事ないんだけど」  

 「あっそう」


 全ては千勢の一人芝居であった。

 始まりは朝早くから久信が鍛練を積もうと出掛けた先に千勢がいた事。

 そして何故か同行して来て久信の情報を色々と聞き、先のドキュメンタリーぽいものを語り始めた。

 はっきり言って迷惑である。

 それも刀を振っている最中にあれやこれやと嘘を交えて淡々と語り出せば嫌でもその手は止まるもの。

 

 「結局何がしたいの?朝から現れたと思ったらずっと後ろにいるし」

 「別にいいじゃない。だいたい声かけられた程度で乱すなんて随分とガッカリな剣士ね」

 「あんなドキュメンタリーやられたら誰だってそうなるよ」

 

 集中したいからここに来たのにその意味が無くなってしまう。

 ただ刀を振るだけならば庭先で十分だ。洗濯物、物置、大切に育てている花に当てない様に振るだけでも修行の効果はある。

 あるが家族から「久信ったら漫画の主人公みたいで似合わない、ぷぷっ」とか「刀よりも包丁持ってお母さんのお手伝いして欲しいわ」とか「頑張ってるな久信。お父さんも昔は、って、私の七番アイアンンンンンっ!!」などと激しく面倒な邪魔が入るので集中するのに適さなかった。父親の七番アイアンのゴルフクラブを手が滑り一刀両断してしまったのも久信の中では懐かしい思い出である。

 

 「今日は終わり?」

 「終わりだけど」


 集中してやれない以上惰性でやっても意味はない。今日は土曜日なので学校もないならこの休日をもっと有意義に使った方がマシであった。

 刀をしまう久信はタオルで汗を拭うと遠くで見守っていた千勢が近づく。 

 

 「なら今から付き合ってよ」

 「遠慮します」


 予想外な千勢の行動に久信は咄嗟で拒絶した。

 見た目は美少女でも中身は自然災害な彼女に付き合えばどうなるかなど目に見えていた。当然ながらお断りである。


 「何でよ」


 即答で拒絶された千勢は怒りの含んだ口調で不満を表す。

 

 「危険だから」


 久信の内部ではアラームが鳴り響き、エマージェンシーコールで脳内はパニック状態だ。

 現状を如何に切り抜けるかを模索するので忙しかった。


 「こんな美少女が誘ってるのに?」

 「美少女でも猛威のオプションが付いていれば嫌だよ」

 「へたれ」

 「へたれでも良いので帰って下さい」

 「嫌よ。付き合わないなら家の中まで押し入るわよ」

 「止めてよ。ただでさえ姉さんが僕を漫画の主人公扱いしてくるのに。ヒロインの登場だ!って騒ぐに決まってる」

 「こちらからお断りだわ」

 「なら諦めてよ」

 「い・や・よ」


 なんて頑固なんだ。

 いっそ逃げてしまおうかと思ったが意地でも着いてきそうな雰囲気にそれは悪手だと悟る。

 もし逃げれたとしても絶対に次の日、その次の日と強襲して来るのだろう。 

 何がそうさせているのか分からない久信だがこのままではマズイのだけはよく分かる。

 少し冷静になって考えて見よう。

 何日も追い回されるくらいなら一日我慢した方が得じゃないのか?

 そう感じた久信が確認がてら千勢に問いかける。


 「………今日一日付き合えばもう追い回さない?」

 「そうよ。私の中で確認したい事があるだけだから」


 確認の意味は分からないが一日猛威が去るのを耐えれば晴天に変わるのだ。断ればいつ去るか分からない猛威に怯え続けなければならない。

 そうなれば答えは一つだった。


 「分かった。付き合うよ」

 「分かればいいのよ。さっさとその汗臭いの落として行きましょう」

 

 強引な彼女に連れ回されて疲弊するだろう自分を幻視しながら一度シャワーを浴びる為に帰路に着くのだった。



 ・・・



 結局姉には見つかり想定通りに騒がれ、母からは良い笑顔で送られた久信たちは公園のベンチに座っていた。

 晴れた青空の下で男女が二人で公園のベンチに座るなどリア充だと騒がれても仕方のない光景、ましてや片や金髪美少女たる鈴原千勢がいるのだから無理もなかった。


 「あんたの所の家族端から見てると面白いわね」

 「見られてるこっちは割りと赤面ものなんだけど」

 「私は家族と仲良くないから」


 特に感慨にふけるでもない千勢に違和感を感じながらも久信は来る前に買ったバニラアイスに手を付けながら投げ掛ける。


 「それってどういう事?」

 「あんたが首ばっかり斬るのと同じ理由よ」


 不機嫌になるでもなく、さも当たり前の様に言い切りながらイチゴアイスを舐める千勢の顔は甘く冷たい感触に頬を緩ませるのだった。

 ああ、と久信は納得してしまう。

 【霊隔】に触れた者にしか分からない行動原理。その行動原理は本人でさえ理解に及んでいない。

 千勢が人を拒絶する事に明確な答えは覚えていないけどそうしなければならない気がする、と思っているように久信もまた、首を狙わなければそれは自分ではないと思っているのだ。

 だから納得出来る理由などない。同類でしか感じられない不理解への理解などそれこそ【霊隔】に触れた者でしか理解出来ないだろう。これは所詮直感でしかないのだから。

 

 「あんたが説明出来たら私も何とか言葉にして上げるわ」

 「うーん、首に執着する理由かー」


 考えた事がなかった。そもそも考えた所で何か影響があるでもない。

 だが、こうして思案する場を設けられて見ると不思議と変だったと気付いてしまう。

 首に執着する理由。これを言葉にしようと口を開くも、漏れ出るのは空気ばかりで言葉になりはしなかった。

 しかしそれも当然だ。何せ僕らは空っぽで理由に行き着くだけの過去を有してはいない。

 その過去は結局昔の自分。前世とは詰まるところ他人なのだ。

 久信はそこまで考えて、はっ、と横にいる千勢の顔を覗き見る。


 「もしかして鈴原さんが深い領域にまで触れようとする理由って」


 千勢の目的に気付いてしまった久信に呆れた目で返す。 


 「考えたのはそっちなの?」

 

 まあいいけど、と青空を眺める彼女は思わず見惚れてしまう程に、繊細でキレイだった。


 「私が【霊隔】に触れたのは小学生の時。でも私はそれよりもずっと前から他人が嫌いだった。――それが家族でも」 


 共感してしまう。

 幼い頃より友人たちとは上っ面な関係ばかりを築き上げて訳も分からずに鍛練を積んできた久信も言い表せない感情に左右されてきた。

 どうしようもない飢餓感にも似た訴えが溢れて来るのだ。

 抗えず、むしろ流される様に励んだ修行の結果が今だ。後悔しているかと問われれば難しいが少なくとも歩んできた人生が真っ当で無かったのは間違いない。

 だから久信は分かってしまう。彼女が何を思いあんな戦闘を繰り返すのか。


 「まるで私は操られている気分だった。私が私である証明なんて出来やしないけど、それでも私は己の心情が一体何であるのかを知りたい。分からないまま生きるのは辛いから。せめて他人を拒絶する理由が知りたい」


 そこで疑問が残る。ならば何故自分は拒絶されていないんだ?逆に近寄られている状況に理解の追いつかない久信は首を傾げてしまう。


 「ならどうして連れ回すんだって顔してるわね」

 「まあ、ね」


 微笑む千勢は少し溶けたアイスを口に含んで僅かに喉を潤した。


 「あんたに最初感じたのはどうしようもない怒りだった。理不尽かもしれないけど私の邪魔をするあんたは敵よ。けど一緒に行動して少し考えが変わった。突き放そうとする私に対して理解しようとしたあんた。昨日は変態扱いしたけど一晩落ち着いて考えてみたら色々と確認して見たくなってね」

 「それで確認したい事は確認出来たの?」

 「まだ。でも今日で分かると思う」


 何を確認したいのかは分からない。けれどそれで気が済むのなら御の字だ。主に精神的負担の意味で。

 気軽にデートだ、なんて考えられない。久信も男だから千勢の一つ一つの動作が気になってしまうくらいには憎からず思っているけども。


 「次は何処に行く?」

 「男ならリードくらいしなさいよ」

 「生憎と生まれて初めての経験なもんで。遊べる所で良いの?」

 「あんたが私を楽しませられるなら良いわよ」

 「ハードル上げないで欲しいな。無難な所だよ」 


 アイスを食べ終えた二人はベンチから立ち上がると久信は自分の知っている遊び場に向かうのだった。

 向かった先はゲームセンター。久信はあまり来た事はないが秀吉に教えてもらった楽しむにはちょうど良い所である。

 

 『男同士で遊んでも女の子と来ても安定感あるからな。男同士ならゲームして女の子にはヌイグルミとかプレゼント出来るし』

 『彼女さんと行ったの?』

 『……………………おう』

 『何その間は』

 『い、いやまだ彼女の関係になる前の話は時効じゃね?ほら、仲の良い友達の三歩先くらいなら浮気じゃないはずだ』

 『秀吉の三歩って走り幅跳びでしょ?アウトだわー』

 『うるせぇ。保険が大事だってCMでもやってるだろうが』

 『全ての保険会社に謝れ』


 と、絶好の遊びスポットとなっている。

 秀吉のその後は知らない。今が大事なのだ気にしたら負けである。

 

 「結構うるさいのね」

 「あれ、入った事無いの?」

 「一人で目的もなく来ないもの」

 「それもそうか」


 やりたいゲームでもあれば別だろうが二人ともゲーマーではない。どちらかと言えば身体を動かす方が得意な為に最初のゲームはバスケとなった。


 「どちらが多く入れられるか競争で。負けた方がジュースを奢る」

 「それでいいわよ」


 両隣りに並び合いゲームが開始される。バスケゴール下のゲートが開き、一斉に沢山のバスケットボールが流れて来た。

 

 「「いち、に、さん」」


 流れて来たボールを素早く掴みリズムよく入れられる。

 どちらも同じ速度でリングへとボールは吸い込まれ、その様はまさにシンクロと呼べる程に同時であった。

 ビー、と鳴り響くブザーによってゲートは閉まりボールが落ちなくなる。


 「つまらないわね」


 結果は同点。思いの外良い勝負をした二人だが決着が着かなかった事に納得出来ず、次の勝負へと移行した。

 

 「じゃあ、これやる?」

 「エアホッケーね」

 

 対人戦なら決着が着くのでチョイスされたホッケー台に久信はお金を投入する。


 「水で流すの禁止だからね」

 「あんたは首を斬るの禁止ね」

 「ホッケーに首は無いんだけど」


 軽口を言い合いスタートしたエアホッケーは想定よりもカオスと化した。

 エアホッケーとは浮いているプラスチックの円盤を相手のゴールに打ち合うゲーム。やり過ぎると円盤が華麗に宙を舞い、何処かへと飛んでいく代物だ。

 その例に漏れる事なく白熱したゲームによって円盤が宙を飛び越え続けた。


 「うおっ!」

 「ちっ、避けたわね」

 「頭に飛ばさないでよ」

 「とか言いながら普通は空中で打ち返さないわよ」

 「そっちはルールを間違えてない?ゴールよりも身体に飛んで来るんだけど」


 空中で打ち返す久信に対し確実に身体目掛けてアタックを繰り返す千勢。エアホッケーのエアは台から数ミリの世界であって少なくともネットが用をなさなくなる程のエアではない筈だ。

 終了の合図が鳴り、台から空気が出なくなっても打ち合う二人は既に別のゲームへと突入していた。

 

 「中々当たらないわ、ねっ!」

 「そっちも器用に打ち返す、よっ!」


 エアホッケーってなんだろうか?

 間違った行為をしていながらも楽しそうにしている二人にこれもこれでありか?、と変な認識を植え付けられかける周囲を無視して行われる彼らのやり取りは唐突に待ったが掛けられる。

 

 「お客様。大変危険ですのでお止め下さい」


 ジェントルマン風な店長が宙を浮く円盤を片手でキャッチするとバーテンダーよろしく円盤をゴールへと滑り入れた。

 

 「残念。あんたの負けね」


 そのゴールは奇しくも久信のゴールであり拡大解釈すれば久信の負けであった。

 

 「え?まあ、いいけどさ」


 微妙に納得出来ない久信は器具を台に置いた。


 「次は出禁に致しますので」


 やたらとカッコいい店長が二人の前から去っていく。

 しかしそんな店長を気にもしない千勢は次は何をすると誘うのだった。

 その後も久信は千勢と対決を繰り返し、気が付けば【亡霊】の出現時間まで迫っていた。

 楽しい時間程に早く感じる。ならば彼らは互いに良い時間を過ごせたのだろう。


 「今日も終わりね」

 「そうだね」


 自分の中から感じる分からないものの為に刀を振るって来た久信にとって良い意味で日常を壊されたと言って良かった。

 おそらく久信はこれからも刀を振り続ける。

 その先に待っているものが破滅だとしても構わないとした姿勢で久信はきっと最終的に孤独に苛まれるに違いない。

 ならばそんな日常を壊す者がいてもいいんじゃないだろうか。

 彼女もまた孤独に苛まれる者。

 お互いが傷を舐め合う関係にでもなれば周囲は安心するだろう。


 「今から仕事だけど体力は残ってる?」

 「誰に言ってるのよ。問題ないわ」

 「だよね」


 満面でなくとも笑い合えるのであれば彼らはきっと上手くいく。

 そう信じたくとも【霊隔】に宿る呪いは安価ではない。彼らに待ち受けるのは絶望か希望か。それを知るのは神のみぞ知る世界である。


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