第十層 なしてこうなるこうなった
今日だけでも三ヶ所の【亡霊】を始末した久信たちはここで時間切れとなり事務所に戻る。
戦闘時間は少なくも【亡霊】の出現による道路の規制は想定よりも遥かに大きい影響をもたらしており、移動時間でかなりの時間を削られてしまっていた。
ならばヘリを使えばと思う者もいるだろうがそんなに都合の良い着陸場所もなく、ギリギリまで向かって【亡霊】にヘリごと落とされては堪ったものではない。
だからこの三ヶ所の記録は効率を重視して組まれたプランで動けたからこその三ヶ所であり、これ以上の戦果は難しかった。
だからだろうか。これはあんまりだと久信は天を仰ぐ。
「………………継続ですか?しかも好評?変態度が増し増し?いや、最後なんて意味が分かりませんよ」
事務所に戻った久信は心が折れると嘆願したものの一瞬ではね除けられた。理由は今日の戦果が原因。被害を出さないやり方が初日で出来た期待の新星として上が喜んでいるらしい。
『【亡霊】掲示板』においてもお祭り騒ぎで大混乱。その一部を切り取るとこの様に騒がれいている。
『変態ですわ』マリー・メリー
『変態でしたね』清楚の宮
『変態キターーー!!』トカゲ王国
『ヤバすぎwww』大盛たくわん
『とんでもないっす。どうすればあの【鬼姫騎士】の前に出れるっすか』舎弟に生きる
『それも何度か分からんな』マッスルキングダム
『俺の目に狂いはなかった』部長
『でも本人涙目www【鬼姫騎士】のビームに泣いとるワロタwwwwww』大盛たくわん
『当たらなければどうと言う事ないのじゃよ』脱ロリ枠
『少し当たってますけどね』清楚の宮
『やはり私と相性抜群ですわ。是非メルアドを教えてくださいまし』マリー・メリー
『本人が良いと言えばな』マッスルキングダム
『変態君逃げて!変態に襲われるよ!!』トカゲ王国
『どっちも変態じゃの』脱ロリ枠
『これなら安心していられる。請求書を見ないで済むのは嬉しいな』部長
『今まで乙でしたっす』舎弟に生きる
『乙じゃの』脱ロリ枠
『乙www』大盛たくわん
以下、 部長を労う声と久信のM度について語られる。
ああ、こんな事なら放置してやりたい様にやらせれば良かったと久信は後悔するも、それはあまりに遅い後悔だった。
「どうしてこうなった…」
「自業自得じゃろ」
「頑張って報われないのは悲しい話だがな」
先に戻っていた六角とノエルに慰められる久信だが千勢とパートナーを組み続けなければならない現状には異議を申し立てずに入られなかった。
「このままだと僕辞めますよ」
「そうなると|変態の巣窟(科学者の実験場)に案内される事になるが?」
「なら一人で行動させて下さいよ。パートナーなんて僕には荷が重過ぎます」
「そう。口煩いのがいなくなって清々するわ」
「…っ、げっ!」
声を掛けられた久信が後ろを振り向けば風呂で汗を流した千勢がコップを片手に立っていた。
「っげ、とは何よ。首切り世界チャンプ」
「今日一緒に行動してたら自然と出るよ。歩く水難事故」
二人はそれぞれ罵倒しあう。
「「…あん?」」
互いが気に入らないが故にそのまま熱いバトルを繰り広げそうな二人に六角たちは面白そうに笑う。
「チンピラのメンチ切りじゃの」
「仲が良くて結構だ」
「「仲良くなんてっ!」」
二人の息ピッタリの行動に仲良くなったな、と六角は内心強く思う。
六角も隊長をやっているだけに千勢の情報は粗方集めていたし、戦闘記録もこの目で確認している。
だからこそ千勢の危うさや、その危うさがチームに招く危険を重々に招致して何があっても万全を期せるように対策もしっかり立てていた。
それを良い意味で裏切ったのは久信だ。
止める間も無く前に出た久信の行動は隊長としては隊員を注意しなければならない立場にあった。もっと言えば最初に来た千勢に対して隣に【亡霊】がいる感覚で警戒し接していた。
そうでなければ千勢が起こす災害を止められないと自覚していたから。
なのに久信は千勢の前に率先して出たのだ。
これは社内ネットで軽く語られているが千勢の起こした被害を考えれば笑い話では済まされない。
出力を誤り住宅数件が消し飛んだ事もある。
道路を全て削り取り地形を変えてしまった事もある。
素行の悪い仲間を巻き込み全治一年の怪我を負わせた事だってあるのだ。
これらは国が保証して終わったが笑い事でないのが分かるだろう。
使い方を誤れば【亡霊】よりも被害を出す。
そんな恐怖の代名詞が三ヶ所も渡って被害を出さなかったのだ。あの竹林に関しては持ち主も放置していたので実質的な被害はないに等しい。
ならばそんなじゃじゃ馬の手綱を握ってもらいたいと思うのは誰もが考えて然るべきだ。
久信には悪いが人身御供としてこれからも頑張ってもらおう。これは六角だけでなく上の意志でもある。
「今日は疲れたわ。誰かさんが妨害するせいで」
「本当だね。誰かさんが自然に優しくないから余計に気疲れしたよ」
「「…あん?」」
「これが天丼という奴じゃの」
あの力を見てもこうして言い合えるのならば問題あるまい。
久信と千勢が組むのは避けられなかったのだと六角は親目線で見守るのだった。
それはそれとして久信は六角に大事な事を訊ねる。
「それで隊長【亡霊】はあと何ヵ所になったんですか?」
ゴールが見えなければ気力が落ちるもの。この確認によって久信がツーマンセルをどれだけ続ければ良いのかの指標になる。
「そうだな。今日で五ヵ所だから後は七ヶ所になるな」
仮に今日と同じ速度で討伐出来る前提であるが掛かったとしても二日もあれば終わる量であった。
「今回が余程じゃからの。そう焦るものでもないわ」
「焦ってません。僕が我慢するだけですから」
「それは私の台詞よ」
認め合わない二人がまたも向き合い喧嘩腰になる。
「「…あん?やるってぇの?」」
「もはやネタじゃの」
こんな二人を見れば誰もが理想のパートナーだと納得する。それに気づいていないのは当人たちだけだった。
「とにかく頑張れ。俺は先に上がらせて貰うからな」
「妾もじゃ。少しは互いを見直すが良いぞ」
言いたい事だけ言い残して去る二人の背中を久信は見つめるしかなかった。
「どうしろと?」
「知らないわよ。私も帰るわ」
「そう。ところで…」
飲みかけのお茶を飲み干した千勢はコップを洗う為に台所に立つ。
そんな千勢を目で追う久信は三ヶ所での【亡霊】の戦闘で思った事を口にする。
「どうしてあんな無茶に戦うのさ」
ピクッ、と蛇口に触れかけた千勢の手が止まる。
幾多の仕事をこなして来て初めて口にされた事実に固まる千勢に久信は更に問い掛ける。
「まるで目の前には敵しかいないって考えてる様に見えるけど?」
改めて突き付けられた事実は長年抱いていた心情を丸裸にされた気分に陥らせる。
「うるさいわね。敵しかいないなら何よ」
僅かに赤く染めた頬は怒りからか久信を睨む目付きにも憎悪に似た何かが込められていた。
常人ならば視線だけで倒れそうな目付きにも動じず久信はただ千勢へと向き直る。
「いや、単純に【亡霊】と一緒に攻撃しないで欲しいなってだけだけど」
久信の何処かズレた回答に苛立ちを覚えずには入られない千勢を代弁する様に蛇口は乱暴に開かれ溢れる水が煩い音を鳴らして部屋を叩く。
「バカにしないで」
「バカにはしてないよ。単に自分の保身の為だから」
のらりくらりとした久信に千勢は憤るもどうしていいか分からず口をつぐむ。
「………」
「………」
水音だけが支配する空間に二人は取り残されるも所詮はコップ一つ。静寂は直ぐに訪れた。
ただの赤の他人同士。一度は共闘したもののそれで何か分かる筈もなく分かり合えるものでもない。
ならば早くこの場を立ち去ればいい。そうして突き放せば終いの関係。
なのに千勢は自ら静寂を壊し始める。
「………ねぇ、どうしてなの?」
「何が?」
何かを分かっているくせに聞き返す久信に意地の悪さを感じながら千勢は呟く。
「どうして私を恐れないの?」
重く影を落とす千勢に何を投げ掛けるもなく静かに待つ。
そもそもどうすれば良いのか。ただ同じ職場で働く程度の関係しかない間柄で交わした言葉も少ない相手するコミュ力など有してもいない。
「【亡霊】と一緒にあんたも攻撃してたのにどうして私を恐れないの?」
「いや、普通に怖かったけど」
オーガの強靭な肉体に風穴を開けられる力があれば久信の頭などトマトみたく破裂してしまうのは目に見えていた。
一瞬だけそうなった自分を考えた久信は嫌そうに眉を顰める。
「でもあんたは目の色を変えない。私がどれだけ力を示そうと精々顔が引きつる程度。普通なら拒絶して一人にさせてくれるっていうのに」
凶器を振り回す者の側に誰が近寄りたがるか。まず正常な者であれば距離を置き、身の安全の確保を優先する。
しかし久信はそれをしなかった。積極的に前に出て【亡霊】を駆逐する。前に出れば当然その身を千勢と言う猛威に晒す羽目になると分かっていながら。
間違っているのは自分だと分かっていながら千勢は続ける。
「私がその気になればあんたなんて一瞬で殺せる。分からないわけじゃないわよね」
それが本気か冗談かそんなものは今関係ない。必要なのは純然たる事実。刀を振り下ろして首を斬るのとは訳が違う。ただの余波で死んでしまう事実を久信に突き付けた。
だが久信は納得のいかない表情で千勢を見つめる。
「それで?」
「それで、ってあんた本当に分かってないの!?私はいつでもあんたを殺せるって言ってんのに。へらへら笑って気付いたら死んでましたってなるかも知れないのよ!!」
ついにキレた千勢が捲し立てながら久信へと詰め寄ると胸ぐらを力強く掴みに掛かる。
「生きたいなら近寄るなってはっきり言わないと分からないの!?」
そう言えば昨日も胸ぐらを掴まれたなと冷静に思い出す。
この行動は拒絶の現れからか。ぐっ、と力のこもる腕は生半可な返答では離してくれそうになかった。
久信は聞き分けの無い子供に言い聞かせるように自身の考えを提示し始める。
「なら何でそうしないのさ」
「っ…」
聞き様によっては久信が死にたがっているかの様にも取れる台詞だが真実は真逆。極めて冷静な千勢への理解がそこにはあった。
「僕が前に出た時鈴原さんは決まって大技を出そうとしなかった。そんな人が巻き込むからとか殺せるからとか言っても説得力ないよ」
「ならオーガに使ったリヴァイアル・スピアが当たっても同じ台詞が言えるの?」
あれは当たったら痛いで済まないだろうなと他人事のように思いながらもそれに対する答えは出ていた。
「逆に聞くけど何でアレを一本しか出さなかったのさ」
「気付いてたの!?」
水の刺突であるリヴァイアル・スピアの水量は大きめのペットボトル一本程度。それに対してリヴァイアル・バーストが出せる水量は工業用貯水槽が貯められる水量を超えていた。
それだけの違いがあれば嫌でも気付く。久信に当たらない様に手加減して慎重に技を出していたと。
気付かれていないと踏んでいた千勢の顔がまたも赤く染まり、久信の服から手を離した。
「どうしてそれだけ人を遠ざけようとしているのか知らないけど。無理に悪ぶろうとしなくていいんじゃないかな」
「っ~~~!!」
ばっ、と久信から距離を取る。
「この変態!!」
捨て台詞を残して去っていく千勢に久信は目を点にして茫然とドアを見るのだった。