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第九層 【亡霊】三本勝負!一本目と二本目と三本目まとめて入ります

 しかし腹を擦った程度で何とかなるなら苦労はしない。

 久信は色々吐き出したいものをぐっ、と抑えて千勢を促す。


 「それじゃあ今日の現場に向かいましょうか」

 「そうね」

 

 これが猛獣使いの気分なのかと不謹慎な思いになる。

 無理もない。現場に向かう車にこれから乗るも同じ檻に入れられた気分になるのだ。見た目美少女でも狂犬であれば誰もがごめん被るもの。

 それでも【亡霊ノルス】は待ってくれない。なら、と覚悟を決めて外に用意された車に乗り込むのだった。


 「よろしくお願いします」

 「はい、任せて下さい」


 若い男性の運転手に挨拶をすると久信は左端に詰める。

 いつもならば六角の運転で現場に向かうが別行動であり、二人とも運転免許など取得していないので観測班から運転手の貸し出しとなった。

 千勢も無言で乗り込むと車は現地に向かって発進した。

 

 到着。


 この間、録に会話は交わされずに現地へとたどり着く。

 何せ会話するネタがない。そもそも険悪な仲で楽しげに会話を楽しんでいれば何か裏があるのではと勘繰ってしまう。


 「ここは何がでるんだろうな」


 住宅街の団地に来た久信は辺りを見渡す。

 道幅はさほど狭くないが昨日戦った所に比べて家屋が軒並み立っている為に大技は出せない。少なくともここで千勢が行った高水圧を放つ『リヴァイアル・バースト』を使えばここらの家屋のどれかは全損をまぬがれない。

 流石にそんなバカなマネはしないだろうと横を見れば既に【幻想兵装レギュレーター】の白の鎧と淡い青のロングソードを片手に準備万端。【第三深層領域解放】まで済ませていた。


 「出るわ」


 いつもの紫雷が道路に唄う。

 あーこれ止めないとマズイよね?な空気が満載する状況下に久信の目の横で何かが光る。まだ運動もしていないのに汗が出るとは余程緊張しているのだろう。

 

 「【第一深層領域解放ファースト・パージ】」


 右手に馴染む久信の【幻想兵装】である赤刀の余韻を楽しむ間の無く刀を構えるのはもちろん隣りの鬼さんが何かをやらかさない為である。もはや【亡霊】の事などそっちのけであった。

 強烈な発光と共に現れたのは一体のゴブリンと呼ばれる緑色の子鬼のみ。

 発光は止みゴブリン以外は現れないと確認して良かったと胸を撫でる。

 これならば大技の必要性もなく剣の一振りで全てが終わる筈。


 「リヴァイアル・バー…」

 「ちょっ!ストップ、ストップーーーッ!!」

 

 筈であるのに千勢は躊躇ゼロで大技を決めようとした。

 この行為を例えるならば卵を混ぜるのにハンドミキサーで十分な所をコンクリートミキサー車で混ぜたり、頭髪にバリカンを使えばいいのにチェーンソーを持ち出すのに等しい程の無駄である。

 そんな無駄な行為に慌てて待ったを掛けた久信に千勢は眉を顰める。


 「………何よ」

 「何って、ここ住宅地だよ!?」

 「それが?」

 「それがって…」


 驚きで口が開いて仕方がなかった。

 まさかここの住民に恨みがあって【亡霊】が出たのを良い事に腹いせで家ごとぶっ飛ばそうとしたのではないだろうか。

 久信は諭すように千勢に話しかける。


 「もしそれをやったら住宅が巻き沿いになるかも知れないじゃないか」

 「大丈夫よ。威力は抑えるから」

 「威力の問題じゃなくて可能性の話だって。こんな相手なら、ほら」


 スッと前に出る久信は棒立ちだったゴブリンの首を綺麗に地面に落とし姿を消した。


 「これだけで十分な相手に大技出さなくたっていいよね」

 「だから何よ。自慢?僕は全国首刈り選手権のチャンピョンだからこの程度余裕って見せびらかしたいの?」

 「それどんな選手権!?」


 その大会が終わる頃には世界の人口が半分くらいになるであろう。

 物騒な大会を開催させた千勢はさっさと【幻想兵装】を解除して車に乗り込もうとする。

 

 「さっさと行くわよ」

 「あっ、待ってよ」   


 その背中を追う久信はこれから待ち受ける試練に悲鳴を上げたくなるのを我慢しながら次の現場へと向かうのだった。

 

 到着


 やはりこの間での会話は一切なかった。

 短期間で仲が良くなる訳もなく、そもそもが先のゴブリンを討伐した際に険悪の度合いが酷くなった様にも受ける。 

 僕が一体何をした。

 そんな胸中であっても仕事はしなければならない。

 次の現場は竹の生い茂る山のふもと。辺りには見える住宅は一軒もなく下手な事があっても何とかなる場所だった。

 内心気が楽になる久信だが、次の瞬間には全く違う感想を抱く。


 「シャァアアアッ」

 「ガルルルッ」

 「ワオーーンッ」


 ここは何処のサファリパークですか。せめて一種類でお願いします。

 出迎えてくれるのは蛇、ライオン、オオカミ。ただしそのサイズは久信の知る一般的なサイズの三倍は大きかった。

 となれば何が起こるか明白である。


 「リヴァイアル・バースト!」

 「ですよねーーっ!」


 今度は制止する間も無く放たれた高水圧は三匹の獣を一撃で葬っただけに留まらず竹林も盛大に薙ぎ倒す。

 見事なまでに景観を変えた千勢は満足そうに頷いた。


 「よし」

 「よし、じゃないでしょこのおバカ!!」

 

 もはやベテラン芸とも言える久信の華麗なツッコミが千勢に入れられる。


 「誰がバカよこの首刈職人。どうせ座右の銘は『一人一人に合った斬首を貴方に』でしょ」

 「そんなカリスマ美容師の亜種みたいな銘は掲げてないよ。そんな事よりもこれどうするの?あからさまに地形が変わったんだけど」

 

 生い茂る竹林は根元より粉砕され、さながらバリカンで頭皮を剃った様にサッパリしていた。

 流石に【亡霊】の討伐の為にとしてもこれは山の持ち主が怒るのではないかと思われる惨状である。

 

 「【亡霊】が薙ぎ倒していたわ。私はその被害をちょっと増やしてしまっただけよ」

 「そんな言い訳は通じません。こんなにしたんだから反省してよ」  

 「うるさいわね。あんたは私の家臣なの?」

 「なんで家臣!?そこはお父さんじゃないの?」

 「嫌よこんな煩い父親。あんたの娘になったら不幸だわ」

 「それ僕に子供が出来たらダメって事?って何か話がズレてるんだけど」

 「次に行くわよ」

 「あ、ちよっと待ってよー!」


 我関せずと進む千勢に振り回される久信は本気で泣きたい気持ちで次の現場へと向かうのだった。

 

 到着。


 会話が無いのは分かっている?

 残念だが会話は交わされていた。内容に関しては当然ながら【亡霊】と一緒に殲滅した竹林について。

 あれは流石に見過ごせないと久信はもし、あそこに人がいたらどうする?とか、もし、あの竹林を大事に育てて来たものだったらどうする?と思い付く限りの常識を教え込んでいた。

 

 「分かったわよ。そんなに言わなくていいってば」

 「本当に分かってる?」

 「はいはいはいはい」

 「おざなりだな」


 まだまだ不満げな久信であるが現場に着いた以上は働かなくてはならない。

 次の【亡霊】は最初に戦ったゴブリンのサイズよりも四倍はデカく筋肉質な鬼。オーガと呼ばれる赤鬼が潰れたパチンコ屋の駐車場に鎮座していた。

  

 「ガァアアアアッ!」


 咆哮するオーガに二人は【幻想兵装】を準備する。

  

 「僕が前に出るから。他に被害を出さないやり方でね」

 「ちょっと待ちなさいよっ」


 久信はそれだけ伝えると千勢の制止を無視して躊躇なくオーガの前に立つ。

 こうでもしなければ千勢がまた容赦も戸惑いの欠片もなくリヴァイアル・バーストを放ち、潰れたパチンコ屋であっても建物の全てを文字通り水に流す事態になりかねない。

 これはそれを防ぐための秘策。久信が前に出る事で大技を使わせないシンプルな方法。最も【亡霊】と一緒に流されない保証がないので久信の内心は驚く程バクバク心臓が猛っていた。

 何で僕は目の前の【亡霊】よりも後ろの歩く自然破壊に気を付けなければならないのだろうか。一度仲間と言う文字を辞書で引いてもらいたい。


 「アアアアアアアアアッ!!」


 初めて謁敵したオーガは待ちに待った獲物に興奮し走り出す。

 オーガのこの巨体から繰り出されるタックルは小型のトラックにも等しい重圧を見せた。

 赤刀を構える久信を客観的に見れば刀と一緒に粉々になるイメージしか湧いて来ないがオーガと久信が接触するもそのイメージは覆される。


 「かっ、たいな」


 久信は僅かに右前へとズレる様に躱しながら斬り付けた胴は浅く皮膚を裂く。

 まるで水。千勢の力任せの激流とは違うなだらかな流水を思わせる動きは武の神髄が詰まっていると認識させられる。ただそれも達人の領域にいる者からすれば拙く伸びしろはまだまだと言った烙印が押されるであろう。

 当然だ。昔から鍛えていたとして師のいなかった久信に技術面での拙さはどうしても出て来てしまう。それでも戦えるのは一重に【霊隔】からもたらされた断片的な記憶から動きを反芻して身に付けたからによるもの。質量ばかりの肉の塊に遅れを取らない程度には昔の自分を再現出来ていると思えていた。

 それでも紺色の着物が似合う優男の背中は遠いと実感する。

 

 「リヴァイアル・スピア」

 「うわっ」

 

 千勢の剣先より高速で放たれたのは全てを飲み込むリヴァイアル・バーストと違い、オーガの頭のみを狙った水の刺突。

 しかしオーガそれを難なく躱す。そして久信も掠りながら躱す事が出来た。


 「って、待って!何で僕は味方の攻撃を気にしなきゃいけないの!?しかもちょっと当たったし!」

 「ちっ、口うるさいのも一緒にやれると思ったのに」

 「酷くない!?」

 「はぁ、だから面での攻撃の方が楽なのに」


 呟く千勢に対し、本当にこの人の前に出て大丈夫なのか心配になる久信だがそうしなければ大技で一掃されてしまう。

 出来るだけ早く片付けようと久信は攻勢に出る。

 刀の刃先を水平に保ちながら接近する久信にオーガは頭上目掛けて鉄球の様な拳を振り下ろす。

 だが、そんな大振りは掠りもしない。それどころか好機とばかりにオーガの懐へと侵入を果たした。


 「はぁああっ!!」


 胸筋の隙間に埋める様に放たれた一撃は剣先が僅かに入るだけに納まった。

 もちろんそうなるのは想定済み。横へと身体を密着させながら斬り開けばオーガの胸から鮮血が迸る。


 「ァアアッ」


 有り得ないと悲鳴を上げるオーガに更なる追撃が加わる。


 「リヴァイアル・スピア」


 次は胴体目掛け放たれた水の刺突が鈍重になったオーガの腹を的確に穿つ。

 訳の分からない痛みにのたうち回り膝を崩したオーガが必死に腕を振り回すが、もはやまな板の上の鯉である。

 後ろからは久信の刀が首を、前からは千勢の水の刺突が胸を同時に襲う。

 

 「アアアァァ……」


 地響きにも似た重音を残し消えたオーガに二人はそれぞれ息を吐いた。

 短い戦闘であったがどうにか乗り越えられた。そう思うのもやはり目の前に自然災害がいるからなんだろうなと感慨にふける久信は悪くない。

 今回の戦闘において出した被害はない。二ヶ所目の竹林は盛大に持っていったが竹の成長速度は早く、放置気味の場所であったが為に問題はないだろう。

 問題があるとすればこの危うい状態が毎日続く現実だ。気分はさながら猛獣使い?いや、トレジャーハンターを地でいくスリル溢れるものになる。

 それはそれとして共闘の上で気付いた点。

 

 「鈴原さんって能力面に特化してるんだね」

 「そう言うあんたは気持ち悪いくらいに技術特化ね」


 千勢の素早い切り返しに文句が言いたいのを我慢するが事実だ。

 【幻想兵装】がもたらす力が人によって様々であるのは前世の問題もあり、当然なのだが千勢やノエルに見られる物理法則を無視した特殊能力便りな者と久信や六角の肉体便り、言い替えれば技に特化した者とで分かれている。

 割合で行くならば能力特化の方が圧倒的に多く、その内容は系統の異なる能力ばかりであった。

 この事から世界は多用に存在する証明だと語る者から、人の持つ魂は世界その物でありこの世界もまた誰かの魂の一つに過ぎない『世界魂魄理論』なるものを掲げている者もおり、多数の議論がなされているがこの世界に生きている事実だけ抜き取れば大衆にとっては興味のない物である。

 

 「【亡霊】なんて討伐出来れば関係ないわね」

 「そうだけどさ。ってまた先行くし」


 些細なものでも会話に繋げられればと努力するものの千勢は久信は突き放してばかりであった。

 とてもじゃないがこのままやっていけるとは思えない。戻ったらすぐに嘆願書を書こうと誓う久信だった。


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