村の宴と・・・
熱帯という訳でもないのに、その集落の人間たちは、みんな肌の露出が多かった。
基本、男は上半身裸で、下半身は膝丈のズボン。入れ墨をしているのは、大人の男だけだ。女性は巻きつけた布で胸を覆い、下半身も布を巻いてスカート状にした物で太股の半ばまでを隠しただけだ。
褐色の肌の野性的な美女たちがそんな露出過多な姿で歩いているのを目にし、オレの心拍数が跳ね上がる。スカートの中身は、どうなっているんだろう?
『なかなか、ウブな反応ですね』
放っておいてくれ。これが、健康的な男の子の当たり前の反応なのじゃ。
集落に入るとすぐ、オレは村長に引き合わされた。まだ40代に見える頑健そうな男だ。身体中に新旧取り混ぜた傷と入れ墨があり、シャレにならない迫力を醸し出している。はっきり言って怖い。
「カイだ。この村に旅人が来たのは、何年ぶりになるかな。歓迎させてもらおう」
どうやら、ここは旅人も訪れる事のない辺境の地らしい。
「タケルです。食糧でも手に入ればと思って」
「大したものはないが、食糧ぐらいは提供させてもらおう。それより、今晩はここでゆっくりするといい。酒でも飲みながら、旅の話でも聞かせてくれ」
外部との接触のほとんどないせいで、旅人のもたらす話は、村人にとって大変な娯楽という訳なのだろう。
自分が体験した事を話すだけで村人たちが喜んでくれるなら、旅人としても喜んで話を披露するに違いない。オレも、出来るならそうしたいところだ。
が、問題は、オレに披露出来るほどの体験がないという事である。
『500ポイントで、この惑星での偽の体験記録をダウンロードする事が出来ますが?』
ウズメさんが助け舟を出してくれるが、当然そんなポイントは残ってない訳で。
『では、村落に無事たどり着いたという事で、500ポイント進呈しましょう。その代わり、この村で得られる事物については、もうポイントは与えられません』
なんだ、そのマッチポンプ感覚。
でも、選択の余地はない。仕方ない。それで、お願いします。
『了解しました』
ウズメさんの返事とともに、質量を持った光が頭の中に潜り込んで来た。膨大なデータが、脳にダウンロードされる感覚だ。目眩がオレに襲いかかる。
「む? どうかしたか?」
オレの一瞬の変調に気づいたのか、村長が心配する様子を見せる。
「ああ、いえ。少し疲れが出ただけで・・・」
「無理もないな。宴の準備が済むまで、休んでいるといい。タジル、客人を離れの空き家まで案内してやれ」
「分かりました」
呼ばれて進み出たのは、オレと同じ20才ぐらいの青年。少し細身ではあるけど、鍛えられた鞭の様な筋肉をしている。
「こっちだ。付いて来い」
タジルに従って歩いていると、村人たちがオレに強い関心を抱いているのが、ひしひしと感じられた。それも、敵意ではない。好奇心に後押しされているのだろうけど、凄く好意的な雰囲気なのだ。
老人も子どもも、若い男女も、にこにこしながら、歩くオレを見つめている。注目を集め過ぎて、落ち着かない事この上ない。でも、好意的に見てもらえるのは、ありがたい話だ。
案内してくれているタジルからも、オレに話しかけたいオーラが強く伝わって来る。
そんなタジルに走り寄って来たのは、地球でなら女子高生ぐらいな外見の1人の女の子。小柄で可愛らしい感じの美少女だ。
「タジル。その人は?」
「旅人のタケルさんだ。俺が案内を仰せつかった」
美少女の問いかけに、なぜか自慢そうに胸を張るタジル。可愛い女の子に良い所を見せたいのは分かるけど、オレを案内するぐらいで自慢になるのか?
「そうなんだ」
美少女はオレに小さく頭を下げると、タジルに「後で話を聞かせてね」と言って、駆け去って行った。
それを見送るタジルの耳が赤い。分かりやすいぞ、タジルくん!
「恋人?」
あんな美少女と親しそうなのが羨ましくて、オレはタジルに話しかけた。ちょっと冷やかしてやりたかったのだ。
が。
「ミルヒだ。次の春には夫婦になる」
一片の照れもなく、そう答えるタジル。
オレは、やってられない気分になった。何せ、オレには地球時代に恋人がいた記憶がないのだ。もちろん、女性を抱いた記憶もない。いかがわしい動画で、予習だけは完璧過ぎるほどに完璧だったのだけど。
「あんな可愛い女の子が恋人なんて、羨ましいね」
「お前には、いないのか?」
「いないよ。仮にいたとしても、こんな旅の途中じゃ、次はいつ会えるか分からないしな」
「旅は、いつまで続ける気だ?」
ついさっきウズメさんから与えられた偽の記憶によると、オレという人間は、大学都市と呼ばれる街に向かう為に、遠い故郷を出たという設定になっていた。都市1つが、丸々学校になっている場所があるらしい。そして、そこでこの惑星の教育を受け、知己を増やす事が、ウズメさんの望みでもある様だ。
「とりあえず、大学都市に着くまでだ。そこでしばらく落ち着く事になると思う」
「遠い所か?」
「ここから、まだ何十日もかかる」
「気をつけろよ。そしてそこで、ミルヒの様な女に出会えるといいな」
「ああ、そうだな。そうなったら、嬉しいな」
自分の記憶の中で尻切れトンボで終わっている大学生活を思いながら、オレはタジルに笑いかけた。
そろそろ日が暮れようとする頃、村中総出で宴が始まった。場所は、村の真ん中にある広場である。
太い串に貫かれた、ブタの様な動物が丸焼きになっている他、大きな鍋では何かの肉や野菜が煮込まれ、釜ではパンが大量に焼かれていた。
村長に渡された木製の杯には、白く濁った酒が満たされ、甘い香りを漂わせている。
「さあ客人、好きなだけ飲ってくれ」
村長たち村の有力者とともに宴の真ん中に置かれたオレは、次から次へと注がれる酒をどんどん飲み干し、ウズメさんからもらった偽の旅の記憶を、皆に面白おかしく語って聞かせた。
遠い島国から、大学都市で学問を修める為に大陸へと渡り、数々の困難を乗り越えながら旅を続けているという話は、ちょっとした物語みたいな出来の良さだったのだ。ウズメさんの力作である。
特に、連絡用の機甲蟲で空中都市に乗り込み、大陸まで渡って来たという下りは、村人全員が息を呑んで話を聞いてくれた。
空中都市というのは、空を漂う巨大なクジラやエイの背中にあるもので、ここの村人たちも地上から畏敬の念を持って見上げていたのだ。ちなみにオレが乗り込んだ事になっている空中都市は、巨大な空飛ぶカメの背中にあるものだ。
村人たちは本当に楽しそうに話を聞いてくれたし、酒と食べ物も意外と美味しかったし、村長の若くて美人な奥さんや、ミルヒを含む美女軍団に甲斐甲斐しく世話を焼かれ、すっかりオレは好い気分になってしまった。体内のナノマシーンが頑張ってアルコールを分解してくれてなければ、ベロンベロンに酔っ払っていただろう。
夜が更けて宴もお開きとなり、オレが与えられた建物に戻ると、村長の奥さん、ミルヒ、そしてミルヒと同年代の少女、合わせて3人が、なぜかやけに化粧をばっちりキメて待っていた。
「あ。お疲れ様です。楽しかったですねー」
寝る場所の準備とかしに来てくれたのかなと思いながら挨拶をすると、3人が文字通り三つ指を突いて、恭しくオレに頭を下げた。
「タケル様、今宵、私ども3人にお情けを頂戴したく――――」
頭を下げたまま村長の奥さんの言ったセリフが、意味を成さずにオレの耳を通り抜けていく。
「え? は、はぁ!?」
貞操の危機?