初めての集落訪問
謎の惑星での3日目――――。
つか、名前がないのは不便だな。
「ウズメさん、この惑星に名前は付いてないの?」
昨夜の夕食の時に一緒に送ってもらったカツサンドを食べながら、オレはウズメさんに問いかけた。朝にカツサンドだけを頼んでも10ポイント取られるので、夕食分とまとめて作ってもらったのだ。これで10ポイント節約出来るんだから、ウズメさんもアバウトだよね。
『分類上の、アルファベットと数字がズラズラ並んだ名前ならありますが、それでもよろしいですか?』
「いえ。よろしくないです。じゃあ、この惑星の人たちが使っている名前もないの?」
『球形の惑星の概念を持っている者はごく一部しかいませんが、その者たちが使っているのは“アー”という名称です』
「アー? いい加減なような深い意味があるような、不思議な名前だね。なら、オレもアーを使わせてもらうよ」
『分かりました』
という訳で、惑星アーでの3日目。
オレは森の中へと踏み入っていた。
森の木々は地球のものとは大差なく、異星にいるのを忘れてしまいそうな光景が続いている。
視界の隅をちょろちょろする虫は、さすがに地球のものとは似ても似つかない姿形をしていたが、サンプル収集は後回しにして、真っ直ぐに人工的な建物を目指して行く。
予定では、正午前にはたどり着けそうな距離だったのだ。
が、やがてオレは自分が何者かたちに囲まれている事に気がついた。レーダースキルの範囲外を、人間らしい者たちが尾行して来ていたのである。
ド・ローン之介がいなければ、気づかなかったところだ。
「せっかくの第一村人ととの遭遇が、不穏な雰囲気なのはイヤだなー」
『第一村人ですか?』
「いやいや。オレの時代の老舗番組のネタだから、気にしないで」
小声で無駄口を叩きながらも、遠距離武器での攻撃を警戒するオレ。あ、魔法もあるんだっけ? 魔法攻撃って、レーダーに反応しないんだよな。むむむ。駄目じゃん。
『レーダー等、機械的に感知出来ないのは、魔力の段階です。魔力が炎なり水なりの物理現象に変換されれば、当然レーダーでも感知される筈です』
「じゃあ、レーダーを当てにしていいんだね?」
『大丈夫です』
オレはホッとすると、歩を進め続ける。
でも、相手は人間なんだよなぁ。
仮に敵対行動を取られたとしても、クマを倒せるような銃で撃っちゃうのは、さすがに抵抗がある。激しい光と音だけで周囲の人間を行動不能に出来るスタン・グレネードの様なものがあれば、そのうち手に入れるとしよう。
そして、警戒を続けながら歩くこと数時間。
オレの目の前に、苔むした石造りの建物が現れる。
「ピラミッドっぽいな」
それは、階段状の高さ数十メートルの、正にピラミッドとしか言い様のない外観をしていた。
エジプトのピラミッドとは違って、正面には門が口を開いており、その奥には漆黒の闇が見えるのみだ。
オレがピラミッドに近づこうとすると、行く手に数人の男が立ちはだかった。どう見ても地球人との差違が分からない、褐色の肌をした黒髪の男たちである。上半身は裸で、下半身は膝丈の革のズボン。足には革のサンダルを履いていた。ただし、肌には幾何学的な青や白の入れ墨が刻まれている。
「そこで止まれ。これ以上進む事は許さん」
リーダーらしい男の声に、オレは素直に足を止める。
「やあ。はじめまして。この先は通行禁止かい?」
明らかに日本語と違う言葉なのに、スムーズに意志の疎通が出来る事に驚きながらも、オレはフレンドリーさをアピールした挨拶を返した。
「そうだ。余所者を通す訳にはいかない」
男たちは身長ほどの長さの槍を持っているが、今のところ穂先をこちらに向けたりはしていない。目には理知的な光が窺え、口調も穏やかだ。話が通じない手合いではなさそうなのは、ありがたい。
ピラミッドの探索は、後でド・ローン之介に任せるとして、オレはさっさと退散する事にした。おそらくは宗教的な施設なのだろう。下手に突っつくと、思った以上の敵意を呼び起こしてしまいかねない場所だ。
「分かった。ここには近づかないよ。それで、あんたたちの住んでる所に行くのは可能かい?」
「我らの村に来て、どうしようというのだ?」
「あー、ほら、見ての通り旅の途中だからさ、食糧とかを手に入れられないかと思ってね」
自分で言っていて、詐欺をしかけている様な気分になって来る。別にダマすつもりはないけど、食糧を仕入れる必要もないんだよなぁ。
でも、せっかく出会った第一村人だ。出来るだけ情報収集しておくべきだろう。ポイントを稼げるような物も転がってるかも知れないし。
「何か取り引き出来るような物を持っているのか? 我らには貨幣なぞ必要ないぞ?」
貨幣は存在するし、その事は知っているけど、彼らは貨幣を使わない様子だ。よく分からないポリシーがあるのか、貨幣の流通もないド田舎に住んでいるのか・・・。まあ、ド田舎の方だろう。
物々交換は良いとして、何か適当な物がなかったかな? カモシカの剣みたいな角は、どうだろう? 154ポイント以内でバックしてもらえるかな?
『分かりました。150ポイントで1体分、2本を送り返しましょう』
頭の中に響いたウズメさんの声にビクッとしかけたけど、やはりその声はオレにしか聞こえない様だ。
「じゃあさ、こんなのでどう?」
オレは背嚢を下ろすと、その中に右手を突っ込み、カモシカの剣角2本を実体化させた。そして、最初からそこに入っていた振りをしながら、取り出してみせる。
「ほお、シャモーの剣か。お前が倒したのか?」
「ああ、そうだ。上手い具合に群れからはぐれていたのに出会ったんだ」
「だろうな。群れでいたら、俺たちでも手こずる連中だ。赤ん坊ほどの魔力しか持たないお前が勝てる筈がない」
ん? 今、シレッと悪口言われた? つか、こいつら、他人の魔力が見えるのか? で、オレには赤ん坊ほどの魔力しかないと?
『文字通り、タケルは生後3日目の赤ん坊です。20年、30年とこの惑星で暮らしてきた者たちに比べれば、保有魔力量は赤ん坊並みなのでしょう』
なるほどね。悔しいけど、仕方のない話だ。
オレは虚勢を張って、菩薩の笑みを男に返してやった。
「それで、肉と毛皮はどうした?」
「あー、肉は食べた。毛皮は荷物になるから、置いてきた・・・」
「置いてきただと? ずいぶん馬鹿な真似をしたもんだ。シャモーの毛皮なら、塩1掴みと交換してやっても良かったのだがな」
アーでの塩の価値がどの程度か分からないが、男の口ぶりからすると、毛皮は高値が付く様だ。
次の集落に入る時は、角と毛皮とセットで取り引き材料にするとしよう。ウズメさん、角と毛皮、何体分かは置いといてね。
『了解しました』
オレが送った物をウズメさんがどう活用しているかは不明だけど、カモシカは30体もいたんだから、5~6体分ぐらいバックしてもらっても平気であろう。
ただ、その分のポイントはしっかり削られる訳だけど。
「で、角だけじゃ駄目なのか?」
「いや。角だけでも十分だ。それ程の角ならば、良い剣が作れるだろう。我らの村に案内してやる」
オレの前に立ちはだかった連中のうち、3人が案内役らしい。先になって歩き始めた。残りの連中は、そこに残る者と陰からオレを監視する者に分かれた様だ。
ド・ローン之介をピラミッド探索に差し向けたいところだが、陰にいる者たちへの監視を怠る訳にはいかない。ウズメさんが提案するように、ドローンも何機かあった方がいいね。
ピラミッドから、歩く事30分。
その一画だけ森が切り開かれた場所に、忽然と集落が現れた。
木造のものばかりだが、高床式の建物は一定の基準によって統一されているようで、ある種の美しさが感じられる。
簡素な木の柵に囲まれた敷地の中には、確かに文化的な雰囲気が存在していた。
『タケル、期待してますよ』
AIである筈のウズメさんの声も、気のせいか、ちょっと弾んでいる様だ。
オレは息を呑むと、ゆっくりと集落の中へ足を踏み入れた。