ドローンと巨獣
本日、4作目となっております。
休憩後、新しい植物を求めてウロウロしていたオレは、幸運なことに小さな池に行き当たった。
覗き込むと、粒の細かな砂が敷きつめられた池の底が、くっきりと見える。砂地からは明るい緑色の藻が生え、メダカっぽい魚やザリガニのような動物が、のんびりと泳いだり、歩いたりしていた。
まるで巨大なアクアリウムを思わせる光景だ。
オレは、小さな天国を乱すことを申し訳なく思いながら、ウズメさんに送ってもらった透明な瓶に、魚や藻を詰めていく。
そんな時に聞こえた、カサリという葉が擦れる音。
ハッとして見れば、体長30センチぐらいのカニと目が合った。
色は、黄色地に黒のまだら模様。分厚いハサミには、ノコギリを思わせるギザギザが並んでいる。
そしてその凶悪そうなカニは、わざわざ池から上がって来て、明らかにオレに襲いかかろうとしていたのだ。
「うわああっ!!」
気づいた時には、オレは剣を抜き放ち、カニに向かって振り下ろしていた。
まるで、石を斬りつけたかのような手応えに、痺れるオレの右手。が、剣は見事に、カニの身体を半ばまで断ち割っていた。
「おおっ、これが剣術スキルの威力・・・」
自分が物語の中の剣客のような腕前であることに驚き、そのことに思わずほくそ笑むオレ。客観的に見ると、気持ち悪い表情だったことだろう。
『そのカニを送ってもらえれば30ポイント進呈します。そして、10ポイントとの交換で、カニ料理を作りますよ?』
「え? そういうサービスもあるの?」
『あくまでポイントとの交換になりますが、ご希望によりラーメンやカレーだってお作りします』
「うはー。それは嬉しいな。つか、助かるよ。元々インドア人間なんで、屋外での食事はどうしたらいいか分からなかったんだ」
『サバイバル術もインストール済みですので、最低限の調理知識は頭にある筈なんですけどね』
記憶の中を探ってみると、確かに動物の捌き方や簡単な調理法があった。食事の度に10ポイントずつ使うのも馬鹿にならないし、余裕のあるときは自分で調理すべきだろう。背嚢の中には、フライパンや調味料も用意されていたのだし。
しかし、この惑星の生き物って、地球の生き物と同じように食べても大丈夫なんだろうか? 毒とか細菌とかって問題ないんだろうか? 地球の魚の中にも、人間に消化出来ない脂を持っているのがいたよね?
『心配ありません。即死でない限りは、体内のナノマシーンが有害物質の分解、肉体の修復を行いますから』
そうなったらそうなったで、新たな毒や細菌のデータが手に入る訳だ。そういうパターンでも、ポイントはもらえるのかな?
『その分は、治療に必要なポイントと相殺という事で』
「わぁ、シビア」
『心配しなくても、今のカニみたいなのを相手にしていれば、すぐにポイントは貯まりますよ』
「あいあい。頑張ります」
その日は、夕方近くまでかかって、なんとか1000ポイント稼ぐ事が出来た。
カニと同じように倒したのは、ヘビとカメとダンゴムシが1匹ずつだけ。ヘビは、長さ1メートルほど。カメとダンゴムシは、30センチほどの大きさだ。ポイントは、どれも30ずつ。残りは全て、植物や鉱物の採集で間に合わせた。
生きて行くのは、まことに大変なのである。
つか、せっかくのファンタジー世界なのに、どれだけ地味な事をやってるんだか。
なんにせよ、早速ドローンのお取り寄せだ。
『では、1000ポイントをドローンと交換します。転送先は、タケルの右手のひらの前方になります』
言われるままに右手を開いて下方に向けると、何の予兆もなく、ふいにドローンが地面の上に出現した。
「おおっ!」
現れたドローンの大きさは、直径40センチぐらい。色は、地味なグレー1色。4つの回転翼が並んでいて、その中央には、上方を見る為の小さなカメラ・ドームが置かれている。
下部に付けられたユニットは、カメラを始めとした数種類のセンサーと6本のアーム兼用の脚を持ち、ローター部と分離して動くことも出来るらしい。
『このドローンは、機体の表面全体が太陽電池になっており、計算上は最大50日間連続で飛び続けることが可能です。また、駆動音はないに等しく、周囲の色に合わせて機体の色を変化させますので、隠密性にも優れております』
「至れり尽くせりだね。これで1000ポイントって安いんじゃない?」
『初期ボーナスと思って下されば』
「微妙にゲーム要素が入るよね」
『では、ドローンとタケルを同調させます。これより、タケルの思考によってドローンを操れるようになります。また、いつでもカメラの映像を見ることも出来ますし、【マップ】のスキルを取れば、ドローンが観測した地点の地図が自動的に記録されるようになります』
「ふぅむ。【マップ】も早めに取らなきゃね。で、オレがドローンを操れる範囲は、どれぐらい?」
『この惑星上なら、全域です』
「まさか、この惑星の1周が2~3キロだなんてオチじやないだろうな?」
『正確な数値は伏せますが、この惑星は地球よりも大きいですね』
思った以上に、ドローンは高性能の様だ。そりゃ、51世紀の科学力で作られてるんだものな。もっとポイントの大きなドローンになったら、超音速で飛んだり、レーザー砲を搭載してたりするのかも知れない。
その辺は、先の楽しみってことだ。
オレは、当面の相棒であるド・ローン之介を空に飛び立たせた。
『それが、21世紀のネーミングセンスですか?』
「いや、あくまで個人的なセンス」
『そうですか・・・』
「AIのクセに、ずいぶん含みのある・・・を使うんだな」
『何せ、51世紀のAIですから』
「くっ。なんか、悔しい」
とか言っているうちにも、ド・ローン之介は全く音を立てずにグングン上昇して行き、地表から100メートル地点でピタリと静止した。
「さて、何か見えるかなー?」
視界をド・ローン之介のメインカメラの映像に切り替える。
途端に目に飛び込んで来たのは、一面の鮮やかな緑色。
やたらとだだっ広い草原。その向こうの、やたらと深そうな森。ぱっと見、人工的な建物などどこにも見えなかった。
「ゲームの出発地点は、街の中かすぐ近くってのが普通だろうに」
『51世紀では、こういうのがスタンダードでしたので』
「なんでも、51世紀のせいにすればいいと思ってるな」
『・・・』
「おい。・・・を使うの、気に入ってんじゃないぞ。
とりあえずド・ローン之介くんは、日が暮れるまでは周辺を大雑把に探索。暗くなったらオレの所に戻って来て、監視業務をよろしく」
オレがそう言うと、細かい指示は出していないのに、ド・ローン之介は勝手にどこかに飛んで行ってしまった。けっこう自律的な行動が出来るらしい。
では、明るいうちにキャンプの準備だ。
平坦な場所を見つけると、ワンタッチでテントを展開。
背嚢の中にインスタントコーヒーがあったので、お湯を沸かすことにした。
水袋の水をフライパンに満たし、蓋をしてガスバーナーの上に乗せる。水は池で汲んだものだけど、水袋に浄水機能が付いているので、腹を壊す心配はない筈だ、多分。
と、ド・ローン之介のカメラが、空を行く大きな影を捉えた。
「また、クジラか?」
そう独り言ちながら、オレはカメラをズームアップさせる。
そして、見た。
背中にいくつもの建物を乗せた、超巨大なエイに似た生き物を。