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デルスース大学

「儂は、ヘプラトン・デルスース。デルスース大学の導師じゃ」

突然オレに話しかけて来た爺さんは、自分の事をそう説明した。

導師とは、大学で講義を行う講師、または大学の責任者の事を指すらしい。

つまり、真面目に勉強がしたいというオレの言葉を、たまたま耳にした爺さん――――ヘプラトン導師が、感激してスカウトをかけて来た訳だ。


「もう察しておるじゃろうが、儂の所は学生の数が片手に満たない様な弱小大学じゃ。でも、権力闘争になぞ力を割いておらん分、知の探求にかけては、他の大学には劣らんと自負しておる。

どうじゃ、儂の所に来ぬか? おぬしの様な熱心な学徒なら、大歓迎じゃぞい」

昨日の決闘の件を知っているのかは分からないが、びっくりするぐらいに力を入れて勧誘して来るヘプラトン導師。


「いやいや、ちょっと待ってよ! あんたなら、どんな大学でも入れるって言っただろ! こんな名前も聞いた事のない弱小大学なんか、放っておけばいいよ!」

せっかくの仕事を取られると思ったのか、慌ててシュウが割り込んで来る。いじらしい。

「まあ、そう言うなよ。せっかくだから、話ぐらい聞いてみたいよ」


「おお、そうか、そうか。良かったら、このまま儂の所を覗いてみんか? 毎日、昼から講義をしておるのじゃ」

ヘプラトン導師が満面の笑みを浮かべながら、オレの手を握る。どうにも憎めない人だ。権力闘争が苦手で、不器用に学問に打ち込んでいる、そんなイメージが浮かんでくる。

「分かりました。講義を見せて下さい」

そう言って、オレは頭を下げた。





ヘプラトン導師に案内されたのは、何の変哲もない3階建てのアパートだ。導師はそこの1階と2階を大学として使い、3階に住んでいるという。大学と言いながらも、規模は寺子屋に近い。

1階のあまり広くない部屋では、3人の学生がヘプラトン導師を待っていた。

3人とも小綺麗な服を着た、10代半ばから後半の若者だ。女子が1人おり、切れ長の怜悧な瞳でオレを()め付けて来る。


「その方は?」

「新入りじゃ」

「いえ。見学です」

間違いを訂正してから、オレとシュウは壁際に置かれていた予備の椅子に腰かけた。

学生の3人ともが、こちらを胡散臭そうに見ている。とても、歓迎されている雰囲気ではない。楽しい学生生活は難しそう。


学生たちの醸し出す空気を気にかける素振りもなく、ヘプラトン導師が講義を開始する。内容は、「魔法円の文字及び記号の読解」だそうだ。

魔法を使う時に出現する魔法円を構成する文字や記号には、ちゃんと意味があって、それを読み解く事によって、より魔法を深く理解しようという内容らしい。

ちょっと、面白そうじゃないか。





講義は、ぶっ続けで2~3時間も行われた。

この惑星では時計が普及していないので、正確な時間は分からない。ただ講義中に一度だけ、街中に鐘の音が鳴り響いた。人々は、1日に何度か鳴らされる鐘の音を目安に、大まかな時間を把握している様だ。

講義も、鳴らされた鐘の音を聞いて、切り上げにかかったかに見える。


「どうじゃ? 見学の方は満足出来たかいの?」

「はい。とても面白かったです。話が途中からでしたので、理解出来ない部分が多かったのが残念でしたが」

最初は心の中でヘプラトン導師を爺さん呼ばわりしていたオレだが、講義を聞いた後では、自然と口調が丁寧なものになっていた。ここで、ヘプラトン導師の講義を受けても良いという気分になりかけている。それだけの内容だった。


「じゃあ、入学で構わんか?」

「半分ぐらいそういう気になっているんですが、まだここしか見学出来ていませんので、いくつか他の所も見てからではダメですか?」

「慎重じゃのぉ。まあ、良い。本当に学問がしたいんなら、ここに戻って来る事になるじゃろう。気持ちが決まったら、いつでも顔を出すが良い」

「ありがとうございます」


導師の鷹揚な言葉にきっちり頭を下げると、オレは部屋から出た。パタパタという足音とともに、シュウが追いかけて来る。

しかし、追いかけて来たのは、シュウだけではなかった。ヘプラトン導師の講義を受けていた3人までが、付いて来たのである。

「待ってくれ。君は、昨日マルチ・プラーニツのジルベルトと決闘した人だろう?」

ちょっと気取った感じの男が、自己紹介もなしに質問をぶつけて来る。


「そうだけど?」

「なんでも、ずいぶん詠唱が速いそうじゃないか。何か裏技があるのかい?」

「あったとしても、教える気はないよ」

「いや、それはいいさ。ジルベルト程度より速くったって、大きな顔をしない方が良いって忠告してやりたかっただけだからね」

なかなかにムカつく男だ。


「ご親切に、どうも!」

蹴りの1つも入れてやりたいのを我慢し、オレは(きびす)を返した。

「だから、待ってくれよ。まだ用事は済んでいないんだ」

「何かな?」

本当に殴ってやろうかな、この男。

オレは不機嫌さを隠そうともせずに、また振り向いた。


「君ごときがデルスース大学の末席を汚す事など不可能だと、ここで見せつけておこうかと思うんだ」

「それはそれは、重ね重ねご親切な事で! じゃあ、決闘の相手をすれば良いんですかね!?」

「決闘だなんて野蛮な真似は必要ないよ。合図とともに、どちらが先に魔法円を出せるかを競えば良いだけの話だからね」


なるほど。魔法を撃つ手前――――魔法円を出すところまでの時間を競う訳か。それなら怪我をする心配もないし、合理的な手段だ。空手で言う寸止めルールと思えば、間違いない。

しかし、なんだか気に食わないのも事実。

正面から殴り合おうとしたジルベルトの方が、よほど好意が持てるよ。

「分かった。炎の矢を使うけど、良いよな?」

「ああ。こちらも、同じ呪文でお相手しよう」


まだ名前も知らない男と、5メートルほどの距離で対峙する。

男の背後には、男女1人ずつの学生。

オレの後ろには、なぜかワクワクした様子のシュウ。

「僕が合図を出す」

もう1人の男子学生が出て来て、オレを見やった。突っかかって来ている男に比べると、小柄で年齢も低そうだ。

女子学生は、やはり無言のままでオレを睨んでいる。


「いいかい? 実力の差を思い知ったら、二度とここに顔を出すんじゃないよ」

「では、いくよ? ・・・双方、始め!!」

合図と同時に男が唱え出した呪文は、ジルベルトが唱えていたものと少し違う様に聞こえた。あくまで印象だが、ジルベルトの呪文はもっとブツ切りに聞こえた気がする。それに比べ、男の呪文はすごく滑らかに耳に入って来たのだ。


と、呑気に分析してる場合 じゃないな。

ジルベルトよりも速く呪文を完成させられると言うのなら、あまり猶予はない筈だ。

例によって、立体音響スキルによって超早回しの呪文詠唱を行うと、オレは炎の矢の魔法円を男の眼前に出現させてやった。

「う・・・!」

男の詠唱の声がピタリと止まる。


「オレの勝ちで文句ないよな? そう言えば、あんたが負けた時にどうするかを決めてなかったな」

「な、・・・なんだ、と?」

魔法円を維持したまま、オレは意地の悪い笑みを浮かべてみせた。

「オレが負けたら、ここに来るなって話だったけど、負けたのはあんただったんだから、あんたがここに来ないって事で良いのかな?」


「そ、そんな、そんな事が出来る訳が、ないだろう!」

目の前の魔法円を凝視し、汗をダラダラと流しながらも、男はオレの話を断固拒否してみせる。自分がペナルティーを課されるのを想像していなかったのは甘々だけど、ここで学問をやりたいという気持ちは本物なのだろう。

あまり責め立てても後の人間関係に響くだけなので、相手の面子も潰さない形で、話を着地させたいところだ。


が、横手から走った銀線が、オレの思考を打ち砕く。

いつの間にかオレの死角に回り込んでいた女子学生が、おそらくは魔力のこもった短剣で、オレの維持していた魔法円を切り裂いたのだ。ジルベルトの持っていた、魔法攻撃を防ぐ扇と似た類の物なのだろう。真っ二つになった魔法円は、効力を失い、宙に溶け消えた。

しかし、女子学生の動きはそこで止まらず、短剣をオレの喉元へ突き立てようとする。いや、オレを傷つける気はないのであろう。あくまでオレを牽制しようという狙いか。


「エウリージャ、よくやった!」

魔法円による威嚇から逃れられた男が、やはりオレに掴みかかろうとする。最終的には肉弾戦なのかよ。悪いが、魔法の詠唱に比べると、その動きは素人丸出しだ。

オレは再び立体音響スキルを使うと、一瞬にして3つの魔法円を作り出した。学生3人のそれぞれの眼前にだ。


「ひぅっ――――!」

息を呑む悲鳴を発したのは、誰だったのか。

とりあえず、3人とも見事に金縛り状態になってくれた。

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