大学都市の案内人
大学都市アガシャ、2日目――――。
白ご飯に鮭の切り身と出汁巻き玉子、赤だし、それに味付け海苔という由緒正しい和朝食をいただいたオレは、食後のコーヒーを堪能してからステルスホームを後にした。
もちろんステルスホームは、毎度毎度ウズメさんに送り返している。
そしてオレ自身も、ホームを出る前からステルスマントの機能を使って透明状態だ。
急に人がいっぱいいる場所に来て人見知りを発動したらしく、正直、ずっと姿を消していたい気分だったりする。
透明のままアガシャまで歩き、当然のごとくお金を払わずに街門を突破。通行人にぶつからない様に注意しながら、大通りを進む。
たどり着いたのは、ガーツ氏の店の前だ。
「まずは、軍資金が必要だよねー」
ステルス状態を解いたオレの姿は、鳥面で素顔を隠した、白聖騎士団を殲滅した時のものだった。
朝も早い時間だがすでに開いている店に足を踏み入れると、カウンターの向こうでガーツ氏が凍り付く。
「あ、あんた・・・!」
「約束を果たしに来た」
他に客がいない事を確認すると、オレはカウンターに近寄った。
ガーツ氏の顔の色が、見る見るうちに青くなっていく。オレの事を幽霊だとでも思っているのだろうか?
カウンター越しに向き合ったガーツ氏は小刻みに身体を震わせ、今にも白眼を剥きそうな様子だ。
「何を怖がってる? ヤンパ族の宝石を買ってくれるんだったろう?」
小指の爪ほどの大きさの赤い宝石をカウンターの上に置くと、やっとガーツ氏がまともな反応を示す。
「そ、そうだったな、石を買うんだったな・・・!」
「約束通り、5個で良いのか?」
「あ、ああ、さすがに、それ以上はカネを用意出来ん」
オレは合計5個の宝石を、カウンターの上に並べて見せる。
それを1個1個手に取っては、形や色、傷の有無を調べるガーツ氏。
「よし。1個につき金貨3枚だ。良いか?」
「ああ。今回は、それで良い」
オレが含みのある物言いをすると、ガーツ氏の肩がピクリと跳ね上がった。よもや、あれだけ怖がっておきながら、安く買い叩いてくれたのだろうか? だとしたら、ガーツ氏、なかなかの根性の持ち主だ。
「じゃあ、また来るよ」
金貨15枚を受け取り、オレはあっさりと店を出ようとする。今日は、入学すべき大学や、住む場所やらの選定をしないといけないのだ。のんびりは、していられない。
ガーツ氏からも情報を聞き出したいところだが、万が一にも鳥面の男とタケルという人間の関わりを気づかれてはいけない。情報源としての役割までは、期待しない事にした。
「お、おい、あんた、騎士団の件は大丈夫だったのか?」
そんなオレの背中に、まだガーツ氏が声をかけて来る。どうやら、白聖騎士団が壊滅したという情報は、まだ届いていないらしい。少なくとも犠牲者は出ていないので、騎士団側がうまくごまかしたのかも知れない。
「心配してくれてたのかい? この通り、何事もなかったよ」
「いや。でも、昨日ユーリ様が来られて、あんたの事を探してたぞ」
あ。そう言えば、ガーツ氏の記憶を改ざんした直後に、ユーリ嬢がここまで来てたんだっけ。決闘騒ぎのせいで忘れてたよ。
「まあ、あんたに迷惑はかけないさ」
とりあえず根拠のない事を言っておいて、オレはガーツ氏の店を出た。この店が監視されてる可能性もあるので、長居は無用だ。ド・ローン之介たちが頑張ってくれても、近くの建物の中から監視している者を見つけるのは至難のわざなのだ。
店を出ながら、ステルスマントの機能を入れ、再び透明状態となる。だんだん、姿を消している方がデフォルト状態になりつつあるけど、気にしちゃダメだ。
透明なまま移動を行い、ついでに衣装もチェンジし、適当な物陰でオレは姿を現した。目指すは、昨日決闘したのと同じ様な広場の1つ。街の中には、そういう広場がいくつかあって、住人の憩いの場となっているのである。
時間帯も、ちょうど学生たちの朝食タイムなのか、軽食を購っている露店は大盛況だ。広場に並べられたテーブルもほぼ埋まっており、学生らしい者たちが顔を突き合わせ、饅頭やピザっぽい物を食べながら、しきりと意見を交換し合っている。
話の通じ易そうな人間を捕まえたいところだが、さて、どうしたものか。
オレが足を止めて思案していると、遠慮がちに服の裾を引っ張られた。
振り向くと、そこに立っていたのは、日本で言う小学校の高学年ぐらいの子どもだ。柔らかそうな麦藁色の短髪、象牙色の肌に空色の瞳。痩せておとなしい印象だが、病弱な感じではない。
「ん? どうした?」
「兄ちゃん、昨日決闘してた人だろ?」
「だったら?」
「この街に来たばかりなら、案内が必要かなーって・・・」
なるほど。小遣い稼ぎに案内を申し出てくれているらしい。タイミング的には、ばっちりだ。正に、渡りに船。
このタイミングで声をかけて来たのはさすがに偶然だろうが、オレは申し出を受ける事にした。声をかけて来た様子が、あまり厚かましくなかったのも好印象である。
「とりあえず大学の情報と住む場所の情報が欲しいんだけど、大丈夫か?」
「ああ! そういう話なら大得意だよ!」
目を輝かせて、頷きまくる少年A。
どういう生活を送っているのかは分からないが、決して楽な毎日ではないのだろう。
「じゃあ、まずは落ち着いて話の出来る場所に連れてってくれ」
「分かった! こっちだよ!」
「あ。その前に――――」
「え?」
「名前は?」
「・・・シュウ!」
少年A――――シュウは、照れくさそうに笑った。
シュウに連れられて入ったのは、店らしい構えをしていない、普通の民家にしか見えない場所だった。21世紀の日本で言えば、軽い食事も出来る隠れ家的バーという感じか。
店内は狭く、薄暗い。
渋いおじさんが、1人で切り盛りしている。
午前も早いせいか、客はほとんどいない。立派な白い髭を生やした爺さんが1人、ちびちびと酒を舐めているだけだ。
2人がけのテーブル席に陣取ると、オレとシュウは果実酒を注文した。果実酒というのは、ほぼジュースの様な扱いらしい。
満足げに果実酒を味わうシュウ。
なんだ、こいつ? 可愛いな。可愛い仔リスを連想してしまう。昼と夜も食べさせてやるとしよう。
「で、まず大学だけど、入学はいつでも自由に出来るのか?」
「うん。大学によっては募集をかけていない所もあるけど、大概は面接さえ通れば、入れてもらえるらしいよ」
「面接かあ。そういうのは苦手なんだよなー」
「何言ってるんだよ。昨日の決闘の話をしたら、トライブだってクロイスだって、絶対入れてもらえるよ!」
「それは、いわゆる名門大学なのか?」
「アガシャの2大派閥だよ。この2つのうちのどちらかに入れたら、アガシャじゃ怖いものなしさ」
「うーん、でも、そういう目的で大学に入りたいんじゃないんだよなー」
「え? まさか、真面目に勉強しようとか?」
「大学って、そういうもんじゃないのか?」
「何言ってるんだよ! 大学に入るのは、出世して権力を握るのが目的なんだろ? だったら、トライブかクロイスに入れば、それだけで出世が約束されるんだぜ。手っ取り早いだろ?」
「お、お前、ガキのくせに、なんちゅう割り切った考え方してんだよ・・・」
オレは、目の前の少年Aが、見かけ通りのガキじゃない事を思い知らされて、頭がクラクラしそうになった。
やっぱり、21世紀の日本て、温い所だったんだなー。
「オレは出世なんて興味ないんだ。ここでしか知る事の出来ない事を学びに来たんだよ!」
あまりに青臭いセリフを力説してしまい、顔から火が出そうになるオレ。
そんなオレを、心底驚いた表情で見つめるシュウ。
うわー、恥ずかしい。
とりあえず、大学の話は後回しにしようかな。
が、うろたえるオレの肩を、いきなり強い力で掴んだ手があった。
「おぬし、そんなに勉強がしたいのか!?」
オレたちが店に入る前から1人で飲んでいた白髭の爺さんが、血走った目で、ツバを飛ばしまくりながら、オレにそう言ったのだった。