ステルスホーム
胃腸が弱りまくりです。
普通に食事を摂ると、とてもしんどくなります。
この機会に、お腹が引っ込むと嬉しいなぁ。
皆様も、体調に気をつけて下さいね。
オレがウズメさんに提案したのは、立体音響スキルで呪文を詠唱してみる事だった。どれだけ自動化しようとも、口で詠唱するには、その速度に限界がある。が、体内のナノマシーンによる合成音声でなら、詠唱速度を限りなく上げられると考えたのだ。
そしてそれは、期待した通りの成果をもたらした。
ジルベルトが約10秒をかけて呪文を唱える間に、オレは同じ魔法を何発も放つ事が出来たのである。完全な反則行為だ。ジルベルトには、申し訳ない気持ちになる。
でも、ジルベルトが耐火能力のある扇子を持ち出した時点で、五分五分かな?
最終的に、ジルベルトの足元に炎の矢を撃ち込んでやったところで、勝負は着いた。魔法を直撃させずに済んだので、ジルベルトも怪我らしい怪我はしていない筈だ。
決闘円の外に出たジルベルトは、地面に横たわって弱々しく呻いている。それを唖然とした表情で見つめる学生たち。よほど驚いているのか、しわぶき1つ聞こえて来ない。
「しょ、勝負あり! 勝者、浪人タケル・アメノ!!」
審判役の学生の声が、静寂を打ち破る。
その瞬間、歓声が爆発した。
何か訳の分からない事を叫びながら、学生たちが押し寄せて来る。敵意は感じられない。むしろ、賞賛されている様だ。が、興奮した何十人もの学生が雪崩れ込んで来る状況には、身の危険を感じずにはいられない。
オレは立体映像スキルで自分の分身を出現させると、ステルスマントで姿を消し、なんとか学生たちの襲撃をかわしたのだった。
「浪人がいないぞ!」
「どこへ行った!?」
「ジルベルトさん、大丈夫ですか!?」
「探せ! 浪人を他の大学に渡すな!!」
ちょっとした暴動なみの騒ぎを背に、オレはやっと食事にありつく事が出来た。
オレは広場の一角にある露店で肉入りのシチューとパン、果実酒を買い込み、誰もいないテーブルを占領する。
立体映像スキルで外見を一時的にタジルのものに変えている為、ついさっき決闘をしていた人間だとは、誰にも疑われてはいない。
しかしアガシャに着いて早々、いきなり注目を浴びてしまったせいで、行動の自由に制限がかかるかも知れない。ありがたくない話だ。
とか言いながら、意外とここの料理が美味い。たった今生まれたトラブルなど忘れて、オレは料理に舌鼓を打つ。
シチューには、食べ応えある大きさの肉のブロックが入っている上、しっかり煮込まれていて、口の中でホロリと解ける食感だ。味付けも申し分ない。
パンはフワフワはしていないが、途中の村で食べた様な砂混じりのザリザリ感もなく、十分美味しくいただけた。
ウズメさんの料理には及ばないとはいえ、これだけのレベルの物が食べられるなら、それだけでもアガシャに滞在するのが楽しみになってくる。
オレは更に、別の店でパンの上にチーズとベーコンを乗せて焼いたピザっぽい物を買うと、アガシャ初の食事を堪能した。
広場ではまだ決闘の余韻が残っていて、学生たちが騒いでいるが、今日のところはお暇する事にしよう。入学する大学を選ぶ為の情報収集は、明日からに延期だ。
広場から離れたオレは、人目に付かない路地で再びステルス状態になると、歩いて街門を出た。そのまま湖にかかる橋を渡ると、数百メートル先に見える林に向かう。
アガシャのある湖の周りには畑や果樹園が広がっていて、その豊さが窺えた。
農民たちはアガシャの外に住んでいるらしく、粗末な家屋があちこちに点在している様だ。危険な肉食獣は、この辺りにはいないのだろう。
林にたどり着いてみると、農民たちが薪拾いに来たり、山菜を摘んだりする場所なのか、きちんと手入れをされている雰囲気だった。
そんな林の外縁に沿って移動したオレは、どこの家からも見えない位置にステルスホームを設置した。
アガシャに到着するまでの旅の間に貯めた、20万ものポイントと交換して手に入れた最大の買い物。それが、ステルスホームである。
外観は、ガラス面の多い未来的デザインの小さな一軒家。ただ普通の家と違うのは、4本の脚が付いている事。この脚のおかげで、どんな地形でもステルスホームは水平を保てるのだ。
なお、普段はウズメさんに保管してもらっていて、必要な時に転送してもらうのだが、そのサイズのせいで、転送する毎に1000ポイントを取られてしまう。
オレがホームの中に入ると、4本の脚が静かに伸展し、ホームを3メートルを超える高さにまで押し上げた。ホームは立体映像によりカムフラージュされている為、視認される事はないが、触れられてしまえば、さすがにバレてしまう。そんな事態を避ける意味で、偶然に接触される心配のない高さにホームを置いておくのだ。
中は2LDK。4畳半の寝室と8畳のリビング。風呂とトイレは別々。オール電化。電力は、屋根や外壁と一体になった太陽光発電システムによって賄われている。造りは洋風。和風にすれば良かったと思い至ったのは、何度かこのホームを利用してからだ。
そろそろ、夕刻。林の中は、すでに暗くなりかけている。ホームの壁の一方はガラス面になっているが、オレは天井の発光パネルをオンにすると、ガラスを不透過状態にした。
キッチンに備えつけられた冷蔵庫から缶コーヒーを取り出すと、ソファーに腰を下ろす。このホーム内にある物はいくら消費しても、ポイントは必要ない。しかも、ウズメさんに預かってもらっている間に、消費した分は全て補充されるのだ。と言っても、缶入り飲料やシャンプーやトイレットペーパー、それに水ぐらいなのだが。
『このホームに引きこもるのだけは、やめて下さいね』
「それは心配ないよ。ここに居たって、テレビもゲームもないんだから、引きこもりたくても引きこもれないし」
『リアルタイムのテレビ放送は無理ですが、私のライブラリーの中にあるテレビ番組や映画を観るのは可能ですよ? ゲームも同様です』
「え? 21世紀以降のものが観れるの!?」
『当然です。宇宙船の中でもテレビ放送はありましたし、映画も作られていましたから』
「うへーっ、それは興味あるなー。でも、そんなの観てたら、一生かけても時間が足らないよね!」
泣く泣くテレビとのポイント交換をあきらめると、オレは風呂に向かった。
風呂も洋風だが、湯船はオレが手足を十分に伸ばせる大きさ。そして壁の一面は、やはりガラス面になっている。のんびりお湯に浸かりながら、外の景色が眺められる訳だ。
もちろんホームの周囲に立体映像を張り巡らしているせいで、オレのヌードが他人の目に晒される心配はない。
立体映像の内側からの光は完全に遮断されるのに、外側からの光は抵抗なく通すという理屈はよく分からないが、おかげで最高のバスタイムが過ごせるのである。
燃える様な夕陽が、湖とそこに浮かぶアガシャを紅く染めながら、ゆっくりと沈んでいく。
オレが酒好きだったら、この光景を肴に一杯やっているところだろう。酒の味も、少しずつ覚えたいものだ。
風呂から上がると、冷えた缶ビールを飲みながら、ウズメさんお手製の親子丼をいただく。まだ、ビールが美味いと感じるのは最初の一口だけだが、出来るだけ飲むようにしているのだ。日本でもそうだったが、この惑星でも、酒は実に効果的なコミュニケーションツールなのである。
風呂に入り、お腹もいっぱいになったところで、オレは早々にベッドに潜り込んだ。外は暗くなったばかりだが、起きていても、やる事がないのである。それに、白聖騎士団とドンパチやった後に、魔法を使った決闘までこなした1日だったのだ。疲れていない訳がない。
白聖騎士団のアイシス嬢の美しさや、初めて魔法が使えた興奮を思い返しているうちに、オレは穏やかな眠りに落ちていった。
明日は、何が起こるかな・・・。