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魔法

毎年恒例、夏になると体調を崩すというパターンを、今年も踏襲してしまいました。

いやあ、上から下から大変でした。

皆さん、お身体は大切に。

魔法は使えない。

麻痺銃も使っちゃダメ。

あれ? じゃあ、どうしよう?

「どうやら、時間の無駄だった様だね」

自分から勝手に絡んで来て来ておきながら、勝手に失望してみせるジルベルト。本当に腹が立つ男だ。

「さっさと、終わりにしよう」

これ見よがしに、魔法の詠唱を始める。さっきより複雑で、長そうな呪文だ。オレが攻撃できないと見て、大きな魔法を使おうとしているのだろう。


はい、ピーンチ!

やっぱり、麻痺銃で撃ってやろうか。

『タケル、実験として、先ほどの魔法の呪文をダウンロードしました。それで魔法が使えるか、試してもらえますか?』

お? 呪文さえ正しく唱えられれば、魔法が使えるかも知れないという事か?

オレの口が勝手に動いて、全く意味の分からない言葉を紡ぎ始める。その声が聞こえたのか、呪文を詠唱している最中のジルベルトの表情に、怪訝な色が浮かんだ。


しかしジルベルトは、そのまま詠唱を完成させる。

真っ赤な、そして先ほどより大きく複雑な魔法円が浮かび上がり、そこから炎の塊が撃ち出された。

百聖騎士団が魔槍で放った炎よりは小さいが、命中すればただでは済まない威力が見てとれる。

一拍遅れて、オレの詠唱も完了。目の前に、真っ赤な魔法円が出現。

おおっ、成功した!? 魔法が使えた? 感動すぎる!

行っけえええぇぇ~~~っ!!


眼前の魔法円から放たれた炎の矢が、ジルベルトの撃ち出した炎の塊と、空中で交錯。ぱあっと巨大な炎の華が咲いて、互いの魔法が打ち消された。物質的な熱波が叩きつけられ、オレの肌を灼く。

「な! ・・・お前、魔法が使えるんじゃないか!! いや、そんな事を言っている場合ではない」

驚愕に我を忘れかけたジルベルトだったが、すぐに冷静さを取り戻し、再び魔法の詠唱を開始する。詠唱時間の短い、炎の矢の方だ。

まずい。詠唱に入るのが遅れてしまった。追いかけて魔法の詠唱をしても、ジルベルトの炎の矢がオレに命中するのが先になってしまう。


『お任せを。詠唱速度を1.5倍にします』

ウズメさんがそう言った時には、オレの口が炎の矢の魔法詠唱を始めていた。超早口だ。舌がもつれそう・・・!

でも、そのおかげで、ジルベルトの後から詠唱を開始したのにも関わらず、魔法が発動したのは、ほぼ同時だった。

再び、オレとジルベルトの中間で魔法同士がぶつかり合って、爆発が生じる。


今度は迷いも見せず、またジルベルトが炎の矢の詠唱を開始。もちろん、オレの口も同じ詠唱を紡ぎ始める。

詠唱時間が短くて、それなりに威力のある魔法を撃ち合って、相手のミスを待つというのが、学生たちの決闘の定石の1つなのだろう。詠唱の成功率が低い者や、精神的に脆弱な者が、自然と負けを喫する事になる訳だ。

しかし、オレの詠唱は完全自動なので、失敗する事はあり得ない。加えて、詠唱速度は1.5倍である。


いち早く詠唱を終えたオレの炎の矢が、ジルベルトに襲いかかる。遅れてジルベルトが詠唱を完成させても、もう攻撃をかわすのは不可能なタイミング。

しかし、炎の矢がジルベルトの胸に命中したかと思ったその時、炎の矢は叩き落とされていた。

「なっ!?」

いつの間に手にしたのか、ジルベルトの持つ紫色の扇子が、それを成したのだ。


『特殊な素材で作られた扇子の様ですね。ずいぶん耐火能力の高い――――』

なぜかウズメさんがウキウキと解説を始めるが、オレはジルベルトが詠唱を止めていない事に気づいていた。

今からオレが1.5倍速の詠唱を始めても、圧倒的にジルベルトの炎の矢がオレを焼く方が早いだろう。

『では、5倍速で・・・』

オレの舌に、そこまでの回転力はないわっ! それより、もっと良い方法が――――。






ジルベルトは、肝を冷やしていた。

どうやら、今戦っている田舎出の浪人野郎は、只者ではなかった様だ。

最初、奴が魔法を使えない振りをしていた事は、まだ良い。それに騙されて、わざと炎の矢を外したり、調子に乗って詠唱時間の長い魔法を使ってしまったのは致命的な失策だったが、浪人野郎にはその好機を生かす知能がなかった。


しかしその後、確実に倒そうと放った炎の矢が、遅れて詠唱を始めた浪人野郎の炎の矢に打ち消されてしまう。

――――どういう事だ? 奴の詠唱速度の方が、私より速かったという事か?

魔法の詠唱とは、とても繊細なものだ。日常の言語には含まれない特殊な発音、全体を通しての複雑な抑揚、単語と単語の間の空白の長さにまで気を配らないと、魔法は発動しない。単純に早口になれば、魔法が速く撃てるという訳ではないのである。


そんな中、子どもの頃より家庭教師に鍛えられて来たジルベルトの詠唱速度は、大学都市アガシャにおいても最速の部類の筈だった。

炎の矢を相殺されたのが信じられないジルベルトは、それでもすぐさま次の炎の矢の詠唱を開始する。浪人野郎も、同時に詠唱に入った。

――――今度こそ、私の方が先に詠唱を完成させてみせる!

が、その思いは、あっさりと打ち砕かれてしまう。ジルベルトがまだ詠唱の途中だというのに、浪人野郎から炎の矢が放たれたのだ。


信じられない現実を目の当たりにしながら、とっさにジルベルトが紫狂蝶の扇子で炎の矢を打ち落とした手並みは、褒められても良いだろう。

紫狂蝶の扇子とは、中位程度の魔法で生み出した炎では、焦げ痕さえ付けられないほど耐火能力の高い蝶の翅で作られた扇子である。金貨100枚は下らないという、この貴重な扇子を、ジルベルトはマルチ・プラーニツ大学への所属が決まったお祝いに、父親から譲り受けたのだ。


そして、扇子で炎の矢を打ち落とした事以上に褒められるべきは、ジルベルトが炎の矢の詠唱を止めなかった事だった。

魔法攻撃を防がれた直後に、飛んで来た反撃の炎の矢を、浪人野郎は絶対にかわす事が出来ない。

必勝の一撃だ。

実のところ、わざと先に撃たせた魔法を紫狂蝶の扇子で打ち落としておいて、無防備な相手に炎の矢を撃ち込むのは、ジルベルトの得意とする戦術なのである。炎の攻撃を完全に阻止出来るジルベルトにのみ、可能な戦い方と言えよう。

浪人野郎の詠唱速度がそこまで速かったのは計算外であったが、結果的にジルベルトの必勝の図式に持ち込めた訳だ。


しかし。

ジルベルトの放った炎の矢は、浪人野郎に届く事はなかった。両者の中間で、浪人野郎の撃った炎の矢に相殺されたのだ。

――――馬鹿なっ!!

内心で悲鳴を上げながらも、ジルベルトは遅滞なく次の呪文の詠唱を開始する。今、ジルベルトに出来るのは、それしかないのだ。炎の矢さえ撃ち続けていれば、紫狂蝶の扇子を持つジルベルトに負けはない筈だった。


が、事態はジルベルトの常識を大きく逸脱して行く。

詠唱を開始したばかりのジルベルトは、浪人野郎の前に真っ赤な魔法円が出現するのを目にしてしまった。

――――いくら何でも、速すぎる!

胸元目掛けて飛んで来た炎の矢を、ジルベルトは懸命に扇子で弾き飛ばす。

もちろん、詠唱は続けたままだ。次は、ジルベルトが攻撃を行う番だ。そう思った時には、次の炎の矢がジルベルトの足元に着弾していた。足元から炎が噴き上がるとともに、熱波が全身に叩きつけられる。


――――馬鹿な! 奴は、一体どうやって、そんな速度で魔法を撃てたというのだ!?

ジルベルトは、混乱する。

――――もし、あんなに切れ目なくポンポンと魔法が撃てるというのなら、それは魔法を使う者に大革命をもたらすだろう。もしかして、私はその始まりに立ち会ったというのか!?


気づいた時には、ジルベルトの身体は力なく決闘円の外に横たわっていた。

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