2度目の決闘
浪人がどうのという不躾な問いかけに振り向くと、オレと似たような服装の上から黄色のマントを羽織った、3人の男たちが立っていた。男たちと言っても、年齢もオレと同じぐらいの、まだ大人になり切れていない様な連中だ。
先頭の男は眩しい様な金髪と白い肌の持ち主で、見下した視線でニヤニヤとオレを見ているのが、とても不快。
「何か用か?」
「おいおい! マルチ・プラーニツ大学のジルベルト・ド・スバーバル様が、わざわざ浪人ごときに声をかけてやってるんだぜ? そんな態度はないだろう?」
思わずつっけんどんに返事をしたオレに、金髪の男――――ジルベルトが、芝居じみた口調と仕草で、よけいに腹の立つセリフを返してくれる。
「オレはアンタを知らないし、アンタの大学も知らないので、畏まる必要を認めない。それに、オレは浪人じゃない。この街に来たばかりなだけだ」
「なるほど。僕の名前も知らない田舎者って訳かい? じゃあ、この僕がアガシャでのルールを教えてあげようじゃないか!」
オレがきっぱりと拒絶したにも関わらず、男は余裕綽々の態度を崩さない。むしろ、オレに怒りを感じるとか以前に、周囲の人間の反応の方を気にしている様に見える。
実際、いつの間にか、オレたちは周囲の注目を集めていた。学生らしい連中が、ひそひそと囁き合いながら、オレたちを――――いや、オレを値踏みしているのだ。
『つまり、新人勧誘なのでしょうね』
なるほど。でも、だったらもっと穏便に誘って欲しいな。
オレはジルベルトを追い払う様に、手首から先だけを振った。
「どうせなら、もっと親切そうな人間に教えてもらうよ。アンタは感じが悪いから、遠慮しとく」
「な、なんだと!? このジルベルト様にそんな口を聞いて、ただで済むと思っているのか!?」
やっとジルベルトの気を悪くさせる事に成功したが、公衆の面前でモメるのも得策ではない。出来るなら言い負かしてやりたい気分だけど、ジルベルトの声を無視して立ち去ろうとするオレ。
その腕が、やけに力強い手で掴まれる。
見ると、ジルベルトの後ろにいた大柄な少し年配の男がオレの腕を掴み、鷹の様な目で睨んでいるのだった。
「まだ、何か?」
「ジルベルト様が用があると言っているのだ。無礼は許さん」
友人と言うよりは、付き人とか護衛という感じか。目が本気すぎて、無視するのは無理っぽい。
オレは仕方なくジルベルトに向き直った。付き人も後ろに下がって行く。
「それで?」と、問うオレ。
ジルベルトは嬉しそうな笑いを浮かべると、「決闘だな」と呟く。
「は?」
途端――――。
「決闘だ! マルチ・プラーニツ大学のジルベルト・ド・スバーバル様が決闘をするぞ!!」
鷹の目の付き人が、大音声で叫んだ。
それを受けて、広場中の学生たちの間にどよめきが走る。驚きのどよめきではない。期待通りの事が起こったという、浮かれた様などよめきだ。
そこに、オレの意志はまるで関わっていない。なんだか、巻き込まれるべくして巻き込まれてしまった気がする。
「さあ! お前は、そちらの円を使え!」
ジルベルトに言われて見てみると、広場の真ん中付近に、直径50センチほどの円が2つ描かれていた。円と円の距離は、15メートルぐらいである。
つまり、オレとジルベルトがそれぞれの円の中に入り、15メートルの距離を保ったまま・・・あれ? 決闘だよね?
「悪いっ。意味が分からない。円の中に入って、どうするんだ?」
「お前、決闘のルールも知らないのか?」
「この街に来たばかりだと言ったろう?」
「ちっ! ダイデム、奴に決闘のルールを教えてやれ!」
ジルベルトの言葉に従い、もう1人の付き人がオレに近づいて来た。こちらは、閉じた様に細い目をしており、全体的にゴツい体格をしている。
「世話をかけるな」
「構わん。まずは、その円に入れ」
ダイデムの武骨な物言いに従い、オレが円の中に入る。
「後は、合図を待って、魔法を撃ち合うだけだ。円から出たり、魔法を撃てなくなったりした方が、負けとなる」
「使うのは、魔法じゃないとダメなのか? 例えば、弓矢とか・・・」
「円を出なければ、何を使おうと自由だ。前もってそこらの椅子をかき集めておいて、投げても問題ない。剣で魔法を防ぐ者もいる。だが、ここは大学都市だ。決闘に魔法を使わないような奴を入れてくれる学校は、まずないだろう」
「うん? つまり、決闘は自分を有力な学校に売り込む場だと?」
「そういう事だ。せいぜい、気張ってみせるんだな」
「でも、ジルベルト様とやらは、もう大学に入っているんだろ? 決闘をする意味はあるのかい?」
「決闘で良いところを見せれば、大学内での序列が上がる。もっと上位の大学から声がかかる場合もある」
「なるほど。上昇志向のある奴なんだね。でも、だったら素人を狙ってる場合じゃないと思うけど」
オレの言葉に、ダイデムはフゥッと小さく溜め息を吐いた。
「他に質問は?」
そして、無理やり話題を変える。苦労してるんだね、ダイデム。
「じゃあ、こんなとこで魔法を撃ち合って、罰せられないのか?」
「決闘において起こった事は、全て法律の埒外にある。建物を壊そうと、人を傷つけようと、罰せられる事はない」
「周りの建物は、いい迷惑だな」
「それは、いらん心配だ。見てみろ」
ダイデムに言われて周囲を見回すと、オレたちを囲んだ学生たちが、皆で調子を合わせて、長く複雑な呪文を合唱しているところだった。
「あれは?」
「魔法障壁を集団詠唱しているところだ。集団で1つの呪文を詠唱すると、皆が一定以上の強度の障壁を張れる事になる。とっさには間に合わんが、準備に時間が取れる局面では、非常に有効な手段だ」
1分近くも詠唱が続いたかと思うと、学生たち1人1人の前に、真っ白な魔法円が出現した。それが、流れ弾を防ぐ魔法障壁という訳だろう。
「さあ、舞台は整ったぞ。腹を決めろ」
そう言って、ダイデムはオレのそばを離れ、学生たちの背後に姿を隠した。鷹の目の付き人も、ジルベルトのそばから離れた様だ。
「両者とも、準備はいいか!? 審判は、ドラーグ・ベスタスダ大学のクムーク・メル・ド・サントゥールが行う! そちらの浪人、名前を伺いたい!!」
浅黒い肌の学生が1人前に出て、審判役を買って出る。魔法障壁を張っているとはいえ、命がけの役回りだ。が、相変わらずの浪人呼ばわりは、腹が立つ。
「タケル・アメノだ!」
「変わった名前だな。・・・良かろう。では、ただ今より、マルチ・プラーニツ大学のジルベルト・ド・スバーバルと浪人タケル・アメノの決闘を行う! これは正式な決闘である事を、ドラーグ・ベスタスダ大学のクムーク・メル・ド・サントゥールが宣言する!!
では、始め!!」
開始の声とともに、ジルベルトが魔法の詠唱を開始する。
1発目は、威力は弱くとも、詠唱時間の短い魔法を撃って来るのだろうか? 魔法をかわすのも難しいこの決闘方法では、先に1発当てた側が、圧倒的に有利になる筈だ。
ジルベルトの詠唱が終わる前にと、オレは腰の後ろの麻痺銃に手を伸ばす。弓矢を使っていいのなら、銃だって問題ないだろう。もちろん、学生たちに銃という概念はないだろうが。
『ここで麻痺銃を使えば、早々に百聖騎士団にタケルの正体がバレる可能性が大きくなる事を、忠告します』
んが!? 言われてみれば・・・!!
オレの身体が硬直したと同時に、ジルベルトの呪文詠唱が完成。突き出した右手の指先の前方に、真っ赤な魔法円が出現。そこから1本の炎の矢が飛び出した。
ゴウッ――――!!
熱い塊が、唸りを上げて耳元を通過。背後へと抜けて行く。
オレに出来たのは、必死に頭を傾ける事だけだ。
まともに食らっていたら、顔面に大火傷を負う羽目になっていただろう。
「おいおい、もしかして魔法が使えないのかい? 今、わざと狙いを外さなければ、君の人生、終わっていたところだよ? なんなら、降参するかい?」
ニヤニヤと笑うジルベルト。
くそっ! あの男にバカにされたまま終われるものか!!