VRMMO的な始まり
抜けるように青い空。
点在する綿毛のような白い雲。
朝露に濡れた草原を、心地良い風が渡っていく。
昇ったばかりの太陽の光が、柔らかくオレの身体を温める。
気持ちのいい時間。
そして、気持ちのいい場所だ。
「で、オレがどうしてここにいるのか、説明してもらっていいですかね、ウズメさんとやら」
『私との会話は、貴方の頭蓋骨内の亜空間通信デバイスを介して行われます。音声を発する必要はありません』
「そう言われても、口を開かずに喋るのは慣れてなくて」
『すぐに慣れますよ』
「それより、説明頼むよ~」
まるで見覚えのない景色の中で、なぜか腰から剣を吊ったアナログな格好のオレが、立ち尽くしているのだ。
着ているのは、やけに生地の厚いシャツとズボン。足に履いているのは革のサンダルで、革紐によってがっちりと固定されている。あと、やはり革の褌の様な物が腰の前後に垂れていて、股間が保護されていた。
どう考えても、剣闘士って格好だよね?
おまけに、さっきから頭の中に直接語りかけてくるウズメさんとやらは、どこにいるのか姿が見えやしない。
『この惑星で行動する為の必要最低限の知識は注入済みの筈ですが、もしかして記憶の取り出しが上手くいきませんか?』
「この惑星? 記憶の取り出し? 何か不穏な単語がポロポロ出てくるけど、ここって地球じゃないの?」
『さっきから、色とりどりの複数個の月や、空飛ぶクジラが見えている筈ですが?』
「せっかく気づかない振りをしてたんだから、そこは指摘しないでくれる?」
ウズメさんの言う通り、青空には見えるだけでも5つの月が浮いていた。実際には、もっと数が多いのだろう。
月は大きさも色もバラバラで、最大の物でもオレの知る月より1回りは小さいようだ。
そして、視界のはるか彼方にある白い山脈の上を、クジラにしか見えない巨大な影が悠々と飛んでいる。正確な身体の大きさは知り様がないけど、明らかにキロメートル単位のサイズ感だ。
思いっきりのファンタジーである。
むしろ、ファンタジー過ぎると言いたくなる。
「これって、異世界転生もの?」
『どちらかと言うと、タイムスリップものかも知れませんね』
「え? ここって地球じゃない上に、時代も違うの?」
『西暦に換算すると、現在は5017年に相当します』
「そ、それはまた、ずいぶん未来な・・・」
『ついでに自己紹介しておきますと、私は支援用AIのウズメです。本体は衛星軌道上にありますので、声だけで失礼します』
「そんな所にいるのか。でも、なぜかウズメさんの存在は知ってた」
『注入した記憶の中に最優先事項で入っていましたからね。それより、貴方はご自分のことをどう認識されていますか?』
「どうって言われてもねぇ。
うーんと、名前はアメノ・タケルで、西暦2027年当時で20才。授業をサボりながらも、一応大学生をやってた筈なんだけど・・・」
それがなぜ5017年に、ファンタジー丸出しの格好で、謎の惑星に立っているんだ?
『とても稀なケースですが、貴方――――タケルと呼びましょうか、タケルはオリジナルの記憶を保有しているのですね』
「その言い方だと、オレはアメノ・タケルのクローンか何かなの?」
『正確には、アメノ・タケルの遺伝子内の設計図に基づいて、人工的に生産された人間です』
「うわっ、かなりショッキングなことを知らされたのに、全然動揺しねぇ! オレが本当の意味で人間じゃないからか?」
『人間かどうかと言うなら、生物学的にも倫理的にも人間であると定義されています。肉体を構成する細胞は、間違いなく人間のものですし、生殖も可能ですよ。ただ、骨格は特殊なセラミックに置き換えられており、その内部には亜空間通信やナノ・マシーンの生産等を行う各種デバイスが納められていますが。
なお、この状況でタケルが平静を保っているのは、ナノ・マシーンが脳内物質の分泌を調整しているからです』
「うーん。クローンじゃなくて、サイボーグだったのか」
『そういう訳ですから、タケルがオリジナルの記憶を保有していることは、かなりレアなケースなのです』
「なるほど。でも、レアって言うからには、全くないって訳ではないんだね?」
『いくつか先例は確認されていますが、科学的な解明はされておりません。良ければ、ただちにタケルを回収して、そちらの研究対象になっていただいても?』
脳みそを輪切りにされるイメージが鮮明に湧いてきて、オレは背筋を震わせた。
「ごめん。それは、拒否させてもらいたいかなー」
『残念です。では、本来の任務を遂行していただくことになりますが』
「それそれ。そもそもオレは、どうしてこんなトコにいるのよ?」
『タケルの任務は簡単に言うと、この惑星で好き勝手に生きることです』
「んが? ずいぶん適当な任務だけど・・・?」
『元々予定されていた任務は、後から到着する母船に先駆けてこの惑星の調査を行うこと、そして先住知性体の文明と接触し、人類の移住を受け入れる環境を作り上げることでした』
「おお、SFっぽい話になってきた。でも、それだけの任務、剣1本だけ持った素人が、1人でやるのは無理過ぎるよね?」
『もちろんです。予定では、肉体的にも頭脳的にも優秀な30名の人員が各種兵装を整えた上で行う筈でした』
「その予定が変わった?」
『母船が原因不明のトラブルにより軌道を外れ、この惑星に接近することが、ほぼ不可能となりましたので』
「おいおい。それって、重大事じゃん」
『人類の移住の可能性がなくなった為に、任務内容は、平凡な能力しか持たぬ者が好き勝手に行動することで、原住文明に適応出来るか、どれだけ影響を与えられるかの観察に変更されました』
「その『平凡な能力しか持たぬ者』ってのが、オレですかい?」
『その通りです。私の有する遺伝子バンクの中で、最も条件に合致したサンプルが、タケルでした』
「最も平凡って意味ですか・・・」
『そして、タケルが意欲的に任務に関わってくれる様、タケル好みのシステムを用意しました』
「なんだよぅ。オレ、傷ついちゃったから、なんにもしないよー?」
『いえ。ゲーム好きなタケルであれば、喜んでくれるに違いないシステムです』
「オレ、最初っから引きこもっちゃうよー?」
『タケルには、この惑星でサンプル収集を行ってもらい、そのサンプルの価値に応じたポイントを私が提供します』
「魚釣りと畑仕事だけで、一生を終えちゃうよー?」
『そして、そのポイントと引き換えに、タケルは新たな武器やアイテム、それにスキルを手に入れられます』
「は? それって、まるっきりゲームそのものじゃん?」
『そうです。まさしく、ゲームです。ポイントで得られる武器には、超音波振動剣から戦車や巨大ロボットまでありますよ? それに、スキルにもゲームっぽいものが盛り沢山ありますからね、タケルなら頑張ってくれるでしょう?』
「もしかして、ポイント次第で、超人にだってなれちゃう?」
『可能です。21世紀に流行った言葉を使えば、チートな性能が手に入ってしまいます』
「よし。乗った!」
一瞬前までゴネていたクセに、我ながら現金なものだと思う。
でもゲーム好きな人間としては、仕方ないだろう? オレが知る、どんなVRゲームよりリアルなゲームが始まろうとしてるんだから。
ナノマシーンによって精神誘導がされていると分かっていながら、オレは自分の肉体を使用した大がかりな遊戯の始まりに、ワクワクを隠さずにはいられないのだった。