ごめんね、ガーツ氏
大学都市アガシャ――――。
白大理石で造り上げられた美しい街で、オレが最初にやったのは、着替えの出来る物陰を探す事だった。
街門の目の前にある、兵士の詰め所らしい建物の裏に回り込む。ステルスマントで姿を消していなければ、いきなり不審者として誰何されていただろう。
ではウズメさん、お願い。
そして一瞬にして、オレの着ている物が、丸々違う物に入れ替わった。
これは、オレがウズメさんに注文を入れて完成させた、瞬間着替えシステムだ。例によって、ネーミングのセンスのなさについては、勘弁していただきたい。
このシステムの為に、ウズメさんは転送装置を組み込んだ、オレと同サイズのマネキンを作ってくれたらしい。そのマネキンに着せられていた服が、下着までを含めて、全てオレの着ていた物と交換された訳だ。
元々着ていたのは、戦闘にも耐えられるような分厚くて頑丈な物だったが、新しい衣装は着心地と見た目を重視した軽装である。
股間まで届く丈の、ダボッとした薄手の白いシャツ。ぴったりした黒いズボンに、脛の半ばまである、焦げ茶色の編み上げブーツ。シャツの上からは革のベルトが巻かれ、左腰には細身の小剣が吊られている。
今までの装備から比べると、妙に心許ない気分になってしまう。
『銃は、どうしますか?』
「麻痺銃は欲しいな」
オレの返事と同時に、ホルスターに入った麻痺銃が送り返されてきた。少し目立つかなと思いつつ、それを腰の後ろに固定しておく。
街の中ではあるし、こんな程度で、身を守るには十分だろう。
なお、キャンプ用具等が入っていた背嚢も、肩掛け式の小型の鞄に変わっている。中には、予備の下着やナイフ、それに拳銃が入っているぐらいだ。
「ちなみに、この服の防御力はどんなもの?」
『刃物は通しませんが、衝撃吸収力はまるで期待出来ないと思って下さい』
まあ、予想通りの答えである。戦闘時には着替え直せという事だな。
かなり洗練された街であるし、剣や麻痺銃が必要な局面がホイホイあるほど、治安が悪いとは思えない。
掏摸ぐらいに気を付けていれば良いだろう。
着替えの終わったオレは、大通りに戻り、人々の流れに混ざり込んだ。
石畳の上を進む人々の表情は皆明るく、活気もあり、自然とオレの足取りも軽くなる。
とりあえず休憩をしつつ情報収集をしたいから、食べ物屋にでも入るか。そう思っていると――――。
背後から騎士の乗ったユニコーンが2騎、箱車や人の波を縫って、近づいて来るのが分かった。
オレは敢えて身を隠さず、他の人々と変わらないペースで歩き続ける。
「すまん! 通してもらうぞ!」
そこを、人々の注意を引きながら、ユニコーンが進んで来る。
そのうちの1騎は、ユーリ嬢だ。ユニコーンの接近に驚いた風を装って振り返ったオレと、瞬間的に視線が交錯する。が、仮面を外した上に服装と持ち物まで変えたオレが、先ほど自分たちが交戦した相手とは分からなかった様だ。あっさりと、追い抜いて行く。
『どうやら、白聖騎士団の目は気にしなくて良さそうですね』
ユーリ嬢があの調子なら、危険なのはアイシス嬢ぐらいだろう。
『だとすれば、積極的に手を打たないといけないのは、ガーツ氏だけになりますが』
ああ、あの人には素顔を知られているものな。名前は教えてなかったっけ? でも、白聖騎士団がガーツ氏にオレの事を聴取しに行くのは、ありがたくないな。
『では、ユーリ嬢より先にガーツ氏の元へ行って、口を塞ぎますか?』
いやいや、簡単に殺すのはやめようよ。
記憶を改変するのは無理かな? 素顔のオレが、中年の強面だったとかいう具合に。
『それぐらいなら、簡単ですね。記憶改変用ナノマシーンと、それをガーツ氏に注入する為の射撃型注射器で、合わせて5000ポイントになります。それと、先ほどの着替え一式は、1000ポイントですので』
らじゃー・・・。
食事をするのも後回しに、ガーツ氏から聞いていた話だけで、なんとかガーツ氏のお店を発見。て言うか、店を探していたド・ローン之介が、箱車の荷物を店に運んでいる最中のガーツ氏本人を発見してくれた。
オレは再びステルスマントで姿を消すと、現場に急行。ガーツ氏を狙う。
『念の為、頭部への狙撃はやめて下さい。肩口辺りが理想です』
「分かった」
弾丸が1発しか入らないピストル型の注射器を、ガーツ氏に向ける。
距離は、5メートルばかり。
ただ1人で荷物を下ろしている、無防備な背中を狙い、発射する。ガス圧で射出された弾丸は、ガーツ氏の右肩甲骨付近に命中。瞬間的に大量のナノマシーンをガーツ氏の体内に浸透させるや、弾丸は粉々に砕け散った。
「痛っ!」
右肩を押さえながら、うずくまるガーツ氏。人体を傷つけない設計の筈だが、痛いものは痛いのだろう。ガーツ氏、ごめんなさい。
やがて、うずくまったままのガーツ氏の身体から力が抜け、ゴトンと地面に頭を落とした。
ナノマシーンは、記憶改変用の物だけでなく、一時的に意識を失わせる物も混ざっていたのだ。失神している間に、記憶を書き換えてしまう訳である。
ステルスマントの機能を切って姿を顕すと、オレはガーツ氏に歩み寄った。
ぐったりしている身体に手をかけると、予想外に筋肉質な感触が返って来る。オレなんかより、よっぽど戦えそうなガタイだ。商人というのも命がけな稼業らしい。
「大丈夫ですか?」
白々しく声をかけていると、唸りながらガーツ氏が目を覚ます。
「お、おう。・・・オレ、どうなってた?」
「荷物を運んでた時に、急に倒れたんですよ。頭を打ったように見えたけど、平気ですか?」
「あー、確かにおでこがヒリヒリするが・・・」
ヨロヨロと立ち上がるガーツ氏。
「ああ、大丈夫そうだ。ちょっと、立ちくらみをしたのかも知れん」
「いけますか? オレ、急ぐんで、荷物運びも手伝えないけど」
「おお、ありがとうよ。荷物運びもほとんど終わってるから、気にしないでくれていい」
荷物運びの手伝いぐらいしようと思っていたのだけど、ユーリ嬢たちが接近しつつあったので、さっさとオレはガーツ氏に別れを告げた。
ユーリ嬢たちは怪しい人物を見つけられず、ガーツ氏に話を聴く事にしたのだろう。
オレの顔を見ても、ガーツ氏は何の反応も示さなかった。記憶の改変はうまくいったみたいだから、この件は任務完了だ。オレはユーリ嬢に出くわす前に、またステルスマントを使って姿を消す。
でも、ガーツ氏に植え込まれた記憶では、街に戻って来る最中に拾ったオレの風体は、どんなものになっているのだろう?
『ベースは、タケルが最初に立ち寄った村の村長――――カイにしました。後は肌の色を変え、入れ墨を消し、顔立ちも若干修正しました』
オレの視界に、証明写真みたいな構図で、1人の男の顔が浮かび上がった。オレとは似ても似つかないが、カイ村長とも違う顔だ。なるほどこれなら、万が一カイ村長とガーツ氏が出会う事があっても、誤解はされないに違いない。安心して良さそうである。
当面の心配事が解消出来たところで、今度こそ休憩と食事に向かう。
ド・ローン之介からの映像によると、広場の周りを色んな店が取り囲んでいる場所が、何ヶ所もある様だ。広場には椅子とテーブルがたくさん置かれていて、店で買った物を自由に食べられるらしい。
「悪くないね」
オレは、そういった広場の一番近い所に足を踏み入れた。
昼下がりの、21世紀の日本ならちょっとのんびりしていそうな時間帯だが、思ったより賑やかな雰囲気だ。
『大学都市だけあって、若い人が多いですね』
ウズメさんが言う通り、そこにいるのは、大半が10代20代の人間だ。
気になるのは、そのほとんどの者が、赤や緑の目立つマントやジャケットを着けている事である。大学ごとの制服の様な物だろうか?
『つまり、制服を着ていないタケルは、一目で浪人と分かる訳ですね』
いや、浪人じゃなくて、未就学生だから!
「おい! お前、浪人か!?」
ウズメさんに口答えしていると、素晴らしいタイミングで無神経なセリフが投げかけられて来た。
な、殴ってやりたい・・・!
○アメノ・タケル
◇所持ポイント:60436
◇スキル:【剣術】Ⅱ 【格闘術】Ⅰ 【射撃】Ⅱ 【忍術】Ⅱ 【サバイバル】Ⅰ 【再生】Ⅰ 【マップ】Ⅰ 【レーダー】Ⅰ 【立体映像】Ⅰ 【立体音響】Ⅰ 【ガイリーン地方公用語】Ⅰ
◇アイテム:【偵察用ドローン】×2 【護衛用ドローン】×1 【転送用ドローン】×1 【シャモーの剣】×1 【ハンドガン】×1 【麻痺銃】×1【対物ライフル】×1 【ステルスマント】×1