ガーツ氏との道行き
天気の好い昼下がり――――。
石畳で舗装された街道を、大角山羊2頭に引かれた4輪の箱車が進んで行く。
手綱を握りながら、ガーツは小さくあくびを漏らした。
箱車に乗っているのは、ガーツ1人だけである。その代わり、箱車の中には、港町であるルージェで仕入れた品が、たっぷりと積み込まれている。
朝早くにルージェを出た箱車は、夕刻には大学都市アガシャに到着する予定である。今回の荷を売り捌ければ、けっこうな儲けになる筈だ。
ガーツは30才。大学都市アガシャに小じんまりとした店を構える商人である。
1人で街から街への移動をしているだけあって、多少は腕に覚えがあった。腰には頑丈な短剣を装備しているし、箱車の中には魔槍を含めていくつかの武器が備えられている。
狼の群れや少人数の盗賊なら、単身で蹴散らしてやるつもりだ。と言っても、大学都市アガシャの周辺は白聖騎士団が目を光らせている為、危険らしい危険はほとんどないのだが。
そんな訳であくびを連発させていたガーツの目に、不思議な光景が飛び込んで来た。
街道のすぐ横を流れている小川で釣りをしている男がいたのだ。
釣り自体は、珍しいものではない。アガシャやルージェに行けば、子どもや老人でもやっている事だ。
しかし、ルージェやアガシャから半日もかかる様な場所まで来て、わざわざ行うような事ではない。
長旅の途中での食料補給という可能性もあったが、それにしては男の着ている物は綺麗過ぎた。
ガーツは大角山羊に停止を命じると、御車台から飛び降りる。
男が盗賊の仲間かもという考えも頭に浮かんだが、それよりも男への興味が強かった。
無造作に男に近づくと、親しげに声をかけてみる。
「やあ。こんな場所で、釣りかい?」
「ああ。全然釣れないけどね」
そう言ってこちらに向けられた顔は、20才ぐらいの柔和なものだった。身長はそこそこあるが、ほっそりとした体型。髪と瞳が黒く、見慣れない風貌をしている。魔力的には、あまり鍛えられていない。
「アガシャの学生か?」
「いや。そうなりに行くところなんだ」
「修学希望者か。どこから来たのか知らないが、旅の途中の割には小綺麗な格好をしてるな」
「そうか? ああっ、もう! 釣れないし、やめたやめた!」
魚を釣り損ねた男は、釣り糸を引き上げると、スルスルと釣り竿を縮めてしまう。なんと、3分の1ぐらいの長さになってしまった。
「お、おい! 今、何をした?」
「長いままだと持ち運べないから、伸び縮みする様にしたんだよ」
笑いながら、男が釣り竿を気軽に手渡してくる。
受け取って見ると、釣り竿は3つのパーツに分かれていて、手元の一番太いパーツに他のパーツが収納される仕組みになっているのが分かった。こんな工夫、ガーツは見た事がない。
「凄いな、これ」
「旅をするのに、長いままだと邪魔になるからね」
「あー、これって、もしかして売ってもらったり出来るか?」
「売る? そうだねえ。もう目的地も目の前だから、手離すのは問題ないけど・・・。え~と、いくらで?」
「そうだなあ。銀貨1枚でどうだ?」
工夫は珍しくても、使っている材料はありきたりな物だけだ。銀貨1枚でも多すぎるぐらいだろう。
「銀貨1枚か・・・。で、これと同じ物を作って、あんたはどれだけ儲けるつもりなんだい?」
しかし、男はガーツの思惑を鋭く突いて来た。
確かに、ガーツは男の釣り竿と同じ物を作れば、旅をする者たちを相手に大いに売れるだろうと踏んだのだ。
「さすがアガシャで学ぼうとする者だな。いいだろう、金貨1枚でどうだ!?」
ガーツという名前の商人に誘われ、オレは馬車――――いや、でかい山羊が引いてるから、山羊車か?――――に乗って、大学都市アガシャに向かう事になった。
正直、目的地を目前にして、無事に街に入れてもらえるのか心配し始めたら、気が重くなってきて、釣りをしながらグズグズしていたのだ。そうしたら、逆にその釣り竿に目を付けられて、ガーツ氏に声をかけられてしまったのである。
1人で街に入ろうとするよりは、勝手を知った人と一緒の方が安心であろう。多分。
「へえ~。遠い島国から来たのか。じゃあ、他にも珍しい物を持ってたりするのか?」
釣り竿に金貨1枚もの高値を付けてくれたガーツ氏は、どうやらオレを金のなる木としてロックオンした様である。オレとしてもこの国の貨幣は持っておきたいので、渡りに船だ。
ちなみに、ウズメさんによると金貨1枚は、21世紀の日本の10万円ぐらいの価値らしい。で、銀貨1枚が1万円、銀粒が1千円、銅貨が1百円ぐらいになるそうだ。
「故郷から持って来た物じゃないけど、途中の村でもらった宝石なんかは、どう?」
背嚢から小さな革袋を取り出し、中に入っていた小指の爪ほどの大きさの宝石を見せると、ガーツ氏は鋭く息を呑んだ。
「そ、それを、どこで!?」
「向こうに見えている山脈を抜ける時に、知り合った連中がくれたんだ」
「ヤ、ヤンパ族か! てか、あの山を越えて来ただと!?」
あれ? 軽々しく言っちゃ、まずかったかな? 山脈だって、バカ正直に登った訳じゃなくて、ドローンを駆使して抜け道を探したから、そんなに過酷な道行きではなかったんだけどなあ。さすがに、あんなヒマラヤ級の山脈を踏破した訳じゃないぞ。
「越えたんじゃなくて、抜けて来たんだよ。それより、その宝石は売れるのか?」
「お、おう・・・。その大きさなら、1個につき金貨3枚以上だな」
「そんなになるの? ざっと、20個はあるんだけど」
「ま、待て待て! アガシャに戻らないと、そんな金額は・・・いや、アガシャに戻っても、そんなに一度には無理だ。まず5個ぐらいだけ買わせてもらって良いか?」
「分かった。じゃあ、アガシャに着いたら頼むよ」
「いや、こちらこそ頼む」
ガーツ氏が、やけに真剣な表情になってしまった。普通ではないと思われてしまっただろうか? ちょっと失敗だったかも知れない。
オレは雰囲気を変える為に、振り向いた場所にあった仮面を手に取った。顔の鼻から上を隠す、鳥を模した木製の仮面だ。
「なんだ、気に入ったのか? ルージェの見習い木工職人が作った物だ。良かったら、やるよ」
「ホントに?」
どこかの博物館で見た、木彫のガルーダ像に似たカッコ良さがあったので、ちょっと嬉しい。仮面に付いていた紐で固定してみせると、ガーツ氏がニヤリと笑ってくれた。
「よく似合うじゃないか。お前さんみたいに気に入ってくれる客がいるんなら、もっと作ってもらってもいいかもな」
「オレは気に入ったけど、責任は持てないよ?」
「いいんだ。1人でも確実に気に入る者がいるんなら、同じ様な奴が5人や10人いるものさ」
「そういうものか・・・」
「ああ。そういう考えじゃないと、俺みたいな駆け出しはやっていけないからな」
なんとかガーツ氏との会話が滑らかになってきた頃、街道の行く手を武装した一団が遮っているのが見えてきた。
先行させているド・ローン之介も、すでに察知していた一団だ。アガシャ側から移動して来ながら、すれ違う商人や旅人たちと友好的に挨拶をかわしていたので、危険視はしていなかったのだが。
「おや? 白聖騎士団じゃないか」
ガーツ氏にとっても馴染みのある一団らしい。
「そこの箱車、止まれぇ~い!」
停止を命じた声は、若い女のものだ。
それどころか、騎士団の面々は、全て女性の様である。真っ白な金属鎧を身にまとった女性騎士団とは、なんて古典的なファンタジーの光景であろうか。
しかし、あまり古典的ではない物も見えている。
脚が8本ある蜘蛛型の戦車が数台いる上、正面のリーダーらしき者は、本来の1.5倍ぐらいの大きさの金属鎧から、美しい顔を覗かせていた。
『一種のパワードスーツの様ですね。動力源は、魔力と推察されます』
なんとまあ、意外な物が出て来たぞ。