決闘
「旅人のタケル殿! 尋常に勝負をお願いする!!」
オレが近づくと、緊張に表情を強ばらせたタジルが大声を上げ、腰の剣を抜き放った。
「・・・昨夜の事は、タジルも承知していたんじゃないのか?」
「もちろん、昨夜の事は村のしきたりだ。俺も承知している! しかし、翌朝、旅人が村を出る前になら、勝負を挑む事が許されているんだ! いざ、尋常に勝負!!」
つくづく自分勝手なルールだな。近親婚を避けるという理由で強制的に女をあてがっておいて、「よくも俺の女を!」ていう復讐は許しているなんて。
『全ては、村人の側に立ったルールなのですよ。尋常な勝負を挑んで来るあたり、まだ公平だと思って下さい』
客観的に見たらそうかも知れないけど、当事者としては納得し切れないよ。
「オレはここでの決闘の仕方を知らない。どうやったら、決着が着く?」
「もちろん、お互いが勝ち負けに納得するまでだ!」
「じゃあ、大怪我をしたり死んでしまう場合もあるんじゃないか?」
「決闘に生命をかけるのは、当然だ! 殺す気でかかって来い!!」
うわぁ、シャレにならんね、これは。
『さあ、お婆さんの言う通り、完膚なきまでに叩きのめして上げて下さい。それが最善の手段です』
恋人を寝取っておいて、更に返り討ちに合わせるって、ホントに気が進まないんだよなぁ。
『それはタケルの優しさかも知れませんが、それでは誰も救われません。自分の優しさを相手に理解してもらおうなどと思ってはいけません。自分が悪者になる覚悟を持つ事こそが、本当の優しさです』
やけにウズメさんが熱弁を振るうけど、まあ、半分ぐらいは賛成しても良いかな。
『自分が浮気などの裏切りをしておいて、恋人には嘘を吐きたくないと言って、正直に罪を告白しようとする者がいますが、そんなものは自己満足に過ぎません! 自分が罪を犯したのであれば、最後まで嘘を全うするべきです! 隠していてバレたとしても、元々自分が悪いだけなのですから、甘んじて罰を受け入れれば良いのです!!』
いや、ウズメさん、何を言ってるの? その理屈に共感出来るかも微妙だけど、今がその話をするべき場面なの?
それにAIの筈なのに、まるで実体験に基づいて怒っている様に聞こえるのは、なぜ?
「分かった。立ち会おう」
ウズメさんの勢いに押され、オレはタジルの決闘の申し入れを受ける答えを返した。
背嚢を地面に置くと、腰の剣をスラリと抜く。剣術スキルがⅡになったせいか、その動作1つが、自分でも驚くぐらいにピタリと極まっている。これなら、タジルに後れをとる心配はないだろう。
ド・ローン之介からの情報では、少なくとも横や背後から不意打ちをかけて来そうな者はいない。ならば、ウズメさんや婆さんの言う通り、タジルを叩きのめす事に専念するだけだ。
腹を据えたオレは、静かにタジルに向かって歩を進めた。
「ふっ――――!」
鋭い呼気とともに、タジルが飛び出す。
思いのほか、速い。
気づいた時にはオレの身体が勝手に動いて、タジルの攻撃を剣で受け流していた。
やばい! 剣術がⅡでなかったら、今ので死んでた!!
つか、Ⅱでもギリギリじゃないか。
『タジルの剣術の実力は、スキルレベルⅡに少し届かないぐらいですね』
おいおい。それで、どうやってタジルを叩きのめせと?
『そこは忍術スキルと剣の性能で押し切りましょう』
調子の良い事を言ってくれるよ、ウズメさんは。
でも、やるしかない!
剣を受け流されてそのまま行き過ぎたタジルが、怒りの形相で振り返る。ずいぶん直情的な性格だった様だ。完全に頭に血が上っているのが丸分かりである。だったら、付け込める点は多い筈。
オレは敢えて構えを取らず、剣をだらりと垂らしたまま、タジルに笑みを見せつけて挑発する。
「さあ、遠慮なく来いよ」
その途端、タジルの頭から、ぷちっという音が聞こえた気がした。
「ぐぉらっ!!」
獣の様な怒号を上げて、突進して来るタジル。さっきよりも更に速い。速いが、しかし悲しいぐらいに真っ直ぐな動きだ。
忍術スキルに入っていた歩法を使い、スルリとかわしてやると、タジルが自分の振った剣の勢いに引っ張られ、激しく地面を転がって行く。
「く、くそっ!」
喚きながらタジルが起き上がった時には、もうオレはその目前まで迫っていた。
ためらう事なく、剣を横薙ぎに一閃。
右手の剣は、微かな衝撃を感じながらも、最後まで振り抜かれる。
その時、周囲の建物の中から、鋭い悲鳴がいくつか聞こえた。住人たちが、窓から決闘の行方を盗み見ていたのだろう。そして、オレの剣がタジルの首を断ったと見えたのかも知れない。
が、オレの剣が断ったのは、タジルの持つ剣だった。
剣術スキルⅡと特殊なコーティングが施された剣の性能のおかげで、タジルの剣を半ばから断つ事に成功したのだ。
長さが半分以下になった剣を手にしたまま、硬直するタジル。信じられないという表情で、短くなってしまった剣を見つめている。
「これで決着という事で良いか?」
2~3歩退いて距離を取り、油断を見せずにタジルに問いかける。
「え? あ、あぁ・・・」
そう返事するタジルの表情は、ただ戸惑っている感じだ。
ウズメさんや婆さんのリクエストに完全に応えられた様ではないけど、この隙にさっさと退散すべきだろう。
オレは投げ出していた背嚢を拾うと、背中に負い直した。
そのまま村から出ようとしたところで、森の向こうの異変に気づいてしまう。木々の間から、一筋の赤い煙が立ち上っているのを見つけてしまったのだ。
「タジル、あの煙は?」
「うぁ・・・あれは、神殿の・・・。
村長! 神殿が襲われてる!!」
魂が抜けた様になっていたタジルが、赤い煙を目にした途端、一瞬にして緊張感を取り戻し、村長の家に向かって走り出した。
「なんだと!?」
タジルの声を聞いた男たちが、叫びながら一斉に飛び出して来る。
その手には、すでに槍や剣が握られていた。
「俺たちは先に行く! お前たちは村長の指示に従え!!」
若手のリーダー格らしい男が、数人の手勢を連れて村を走り出て行く。残りの男たちは、タジルの様に村長の元へ向かう様だ。
完全に存在を忘れられてしまったオレは、先行した男たちの後を追う事にした。このまま消える選択肢もあるが、すぐ近くで襲撃が行われている様では、単独で森を抜けるのが正直怖い。せめて、襲撃の顛末を確かめておきたかったのだ。
とは言うものの、オレが村を出た時には、先行した男たちは見えなくなってしまっていた。
上空のド・ローン之介が確認する限り、神殿に向かっているのは間違いないが、その移動速度がとてつもなく速い。とりあえず後を追うが、まるで追いつけそうにはない。一体、何のスキルを取れば、そんな速度が出せるようになるのだろう?
『忍術がⅡ以上は必要かも知れませんね』
うぉい! 忍術がⅠしかなくて、よく勝てたよね!?
『タジルが冷静な性格だったら、危ないところでした』
51世紀の分析能力って、当てにならないんですね!
『魔力というものさえ検知出来れば、正確な分析も可能なのですが』
つまり、この惑星の住人は、魔力のせいで見かけより強いという訳か。
『おそらくは、魔力により身体能力の成長に補正がかかっていると思われます』
他の魔力のある惑星のデータは、転用出来ないのかな?
『残念ながら、惑星ごとに魔力が物体に及ぼす影響には大きな隔たりがあって、参考にはなりません。あくまで、この惑星のみのデータ解析を行うしかないのです』
あらあら、面倒な話だねー。
と、そんな事を言ってるうちに神殿に着いちゃったか。
先行した男たちが固まって、何かを注視しているのが見えた。そこには、タジルも混ざっている。
「付いて来たのか、あんた」
「ああ。何があった?」
「見てみろ」
男たち越しに、オレは神殿に視線を向ける。
その目に飛び込んで来たのは、神殿を囲む無数の巨大蟹の群れだった。