一夜妻
一夜妻=ひとよづま と読んで下さい。
『旅人を神と見立て、村の女を一夜限りの妻として提供する風習は、タケルのいた日本でも、昭和初期まで一部の地域で残っていたという話があります。色々な理由が語られていますが、近親婚の対策として外部の血を入れようとしたのかも知れませんね。こういう外部との交流がほとんどない集落では、近親婚が増える事は避けられませんから。
なお、地球の記録によると、この申し出を断る事は許されていませんでした。申し出を断ると、最悪の場合、その旅人が殺されてしまうケースもありました。そういう訳で、タケル、遠慮する必要はありません!』
3人の美女たちを前に動きを止めたオレの脳内に、なぜかウキウキした雰囲気のウズメさんの説明が流れ込んで来た。
「え? でも、旦那さんとか恋人は大丈夫なの?」
そういう風習なのだとしても、お世話になった村長やタジルの恨みを買いたくはない。逆の立場だったら、とても我慢出来ないだろう。
「タケル様のお情けをいただく事が、私どもの誉れなのです。子が出来れば、村で大切に育てさせていただきます」
村長の奥さんが立ち上がると、オレの手を取り、蚊帳が吊され、何枚もの敷物が重ねられた一画に誘って行く。
「さあ、いらして・・・」
着ていた物をするりと脱ぎ捨て、村長の奥さんが敷物の上に身を横たえる。薄暗い灯明の光の下では、褐色の肌が闇に溶け込んでしまい、ひどくもどかしい。暗視スキルは、何ポイントでもらえるのだろう?
ミルヒともう1人の少女が近づいて来ると、オレの服を脱がせにかかる。麻薬でも服用しているのか、2人からは特殊な香りが漂って来る。目も、やけにトロンとしている様だ。
はっきり言って、とても色っぽい。
オレには彼女たちの誘惑を拒む事は不可能だったし、拒む理由もない。なにせ、健康な20才の男の子なのだ。
オレは心臓をバクバクさせながら、自ら衣服を脱ぎ捨てた。
翌朝。
目を覚ますと、朝食の準備だけを済ませて、3人の美女たちは姿を消していた。
代わりに、すっかり背中が丸くなった老婆が1人、部屋の隅にひっそりと控えている。美女たちとの情事のまま素っ裸で寝ていたオレとしては、とても気まずい思いをすることになった。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。昨夜は、ずいぶん楽しんだようだのぉ」
「か、勘弁して下さい・・・」
まさか、この人、昨日の夜からずっといたんじゃないだろうな。
「さあ、食べるもの食べたら、さっさと出ておいき」
優しい口調で、邪険なセリフを吐く老婆。どうにも、やりにくい。
「もしかして、オレ、あんまり歓迎されてなかったんですか?」
「昨日までは、大歓迎されておったさ。でも、もうお前さんの役回りは終わってしもうた。のんびりしておったら、厄介ごとが増えるだけじゃ」
「厄介ごとって?」
「ちょっと考えれば、分かるじゃろ? さあ、さっさと食っておしまい!」
釈然としない思いで、豆や野草の入ったスープを飲んでいると、ウズメさんが喋り出した。
『スープを飲むときは、すする音を立てては駄目ですよ』
む、確かに。ここは日本じゃないのだ。色々と気を付けなければいけない。
『でも、昨夜は21世紀の日本スタイルを女性たちに強要しなかったことは、感心しました」
をい! 見てたのか!!
『当然です。いたいけな少女たちに過激な真似を仕掛けて、タケルが悪魔扱いされては困りますから』
悪魔扱いって、大げさだろうに。
『そうでも、ありません。地球でも、宗教によって禁忌とされる性戯がありましたが、21世紀の日本ではその多くが当たり前の行為として広まっていました』
え? そんな深刻な事態だったの? つか、日本って、実はとんでもない所だったんだね・・・。
『この世界の常識については、常に気にしていた方が良いですよ』
うーむ。知らないうちに危険人物認定されるのは、避けたいもんなぁ。
『そういう意味で、昨夜タケルがごく控えめな行為しかしなかったのは、実に賢明でした。その慎重さは、賞賛に値します』
だって、村長の奥さんはともかく、ミルヒともう1人の女の子は、緊張でガチガチだったからさ、よけいなことを仕掛けられる雰囲気じゃなかったんだよ。
『異星人を相手にきちんと空気を読めるとは、あなたを被験体に選んで、正解だったようです』
そんなものなの? 空気を読む以外に大切なことって、いっぱいありそうだけど。
『これまでの記録にある被験体たちは、自分の常識や価値観に捕らわれるあまり、現地人との間に無用のトラブルを起こすことが往々にありました。しかしタケルなら、現地の社会に溶け込んで、その生活をありのままに観察することが可能かも知れません』
なるほどねぇ。なんか、ピンと来ないなぁ。
『それより、昨夜の件について、1人あたり5000ポイント、合計15000ポイントを進呈します』
え? そんなに!?
思わずむせてしまった僕に、老婆が水の入った器を差し出す。
「ぶふっ。あ、ありがとう」
「気にせんでいい」
相変わらず、優しいのか冷たいのか分かりにくい老婆だ。
ところで、この村でのポイントは、もう入らないんじゃなかったっけ?
『現地人との生殖行為は、最重要事項です。どんな場合でも、1人につき5000ポイント差し上げます』
なんとっ。これまで、地道に木の根を掘り返してきた意味が!
『簡単に女性を落とせるのなら、それのみでポイントを稼いで下さっても構いませんよ?』
あ。いえ。これからも、木の根を掘り返させていただきます。
『それで、今のうちに何か戦闘用スキルを取っておきませんか? 剣術Ⅱなど、お勧めしますが』
ん? そっか。レベルⅡのスキルが取れるのか。でも、慌てなくていいんじゃない? この後の様子を見てからでも。
『突発的な危険には、新しいスキルをダウンロードする余裕がないかも知れませんよ?』
それは分かるけど、どうせなら、じっくり考えてから新しいスキルを取りたいじゃない?
『分かりました。でも新しいスキルが必要なときには、迷わないで下さいね』
了解しました、ウズメさん。
朝食が済むのに合わせて、オレはウズメさんとの会話を終えた。
そこに、老婆がすかさず荷物を渡してくる。一刻も早くオレを追い出したい様だ。感じが悪い。
「じゃあ婆さん、お達者で」
「大きなお世話だよ」
カモシカの剣角2本は、昨日のうちに食糧に交換済みである。内訳は朝食にも出た豆がほとんどで、残りは乾燥させた果実と酒だ。村を出たら、一部はウズメさんに送ることになるだろう。
オレが泊まっていた建物から出た途端、離れた建物から人影が1つ飛び出して、広場の真ん中に立ちはだかった。
タジルだ。
お見送り? いや。あの怖い表情は、そうじゃないだろうな。
「ああ、やっぱり遅かったようじゃな。もっと早く起きておれば、無事に出られたであろうに」
「どうかな。あの赤い眼は、一晩中起きてたんじゃないかな。
でも、そういう習わしだって言うから、ミルヒたちの相手をしたんだぜ? タジルがイヤがってるんなら、手を出さなかったのに」
「そうもいくまいよ。お前さんが手を出さなんだったら、村でのミルヒの立場がなくなってたところだわ」
「えー。じゃあ、オレはどうしたら良かったんだよ? ・・・仕方ない。タジルに殴られてくるか」
「それも違うぞ。お前さんがやらねばならんのは、タジルを完膚なきまでに叩きのめすことじゃ」
「なんでだよ? そんなことしたら、オレは完全に悪者じゃないか」
「お前さんは、そうせねばならんのじゃ。タジルごときに負けるような男に抱かれたとあっちゃ、ミルヒたちが哀れ過ぎるわ。それに、子どもができたとしても、きちんと育ててもらえるかどうか・・・」
「なんだ、それ。人のことを勝手に種馬扱いしときながら」
ウズメさん、剣術Ⅱと忍術をよろしく。
○アメノ・タケル
◇所持ポイント:4154
◇スキル:【剣術】Ⅱ(new) 【格闘術】Ⅰ 【射撃】Ⅰ 【忍術】Ⅰ(new) 【サバイバル】Ⅰ 【再生】Ⅰ 【マップ】Ⅰ 【レーダー】Ⅰ 【ガイリーン地方公用語】Ⅰ
◇アイテム:【偵察用ドローン】×1 【ハンドガン】×1