とっておきキャンバス⑲
いよいよ始まった地区対抗運動会。孝輔は躍動し、世良は必死に駆け抜ける。
そう言い残した孝輔は、指定の場所へと移動する。
残った世良は「そういえば」とリサに屋根修理の時どこにいたのか聞いてみる。
「おい、牛。アンタ屋根の修理の時何処に行ってたんだよ」
「なによチビロリうっさいわね、厨房よ。くるみの手伝いをしていたの。まあ、話も聞きたかったしね…何も言わなかったのは悪かったわね」
「いや、別に怒ってねえよ。どうせあたしと翔馬は荷物持ちみたいなもんだったしな。孝輔がほとんど一人でやっちまった。ところで、話ってなんだったんだ?」
「そうね、まあだいたい察してるとは思うけど、くるみの恋愛関係よ」
「ああ、あのイケメンの兄ちゃんとのか」
「まあそうね。」
「それで、どうだったんだ?」
内心、少し心配しながら世良はリサに尋ねた。するとリサは
「フフフ、それが予想以上ね。あの人の"ヘタレ好き"は!」
そう言って笑うリサを見て、少しホッとする世良は、話を促しリサが続きを話す。
「私は、くるみに聞いたのよ。彪牙が貴女に言い寄ってるのをみたと人に聞いたのだけど、実際はどうなの?ってね。そしたらあの子、少し困った顔をしたけど、すぐに笑って
"私は、彼じゃない人を待っているので"
って、もうこれを聞いただけで彼女の気持ちが動かないのは分かったし、あぁ、ああ。はいはい、ごちそうさまって感じ。まあ、だからこそあのヘタレへの怒りも同時に再発してこみあげてきたんだけど…、こんな一途な女を待たせて!!ってね。なんにせよ、あのヘタレの背中を押すのは必要そうね。」
その話を聞いて、世良は少し考え込むようなしぐさをする。と、リサが孝輔の番だと世良に伝えそっちに視線をむける。
――パンっ!
と空砲が響き、五人くらい並んだ人が一斉に走り出す。その中に孝輔の姿があり
『期待してくれてかまわない。』
宣言通りと言わんばかりに、グングンと前に出る孝輔。そのまま走りきり見事にゴールテープをきる。それを見ていた周りの人も「あの兄ちゃんはやっ」とか「いや、てかデカっ」とか言っている。そんなことを言う人々の中に、貴幸さんをみつけて、そこに行き話しかける。
「よぉ、メソポタミア。アンタは最後の借り物競争だっけ?」
急に呼ばれ振り替える貴幸さん。
「あ、こ、こんにちわ。そうだよ…ホントに来たんだね」
「当たり前だろ。あたしは出来るだけ約束は守るんだ。」
「そうなんだ。」
「ああ、だからちゃんと見とけよ、あたしが"不可能を可能"に変える瞬間をなっ!!」
そう言ってにっと笑う世良に、貴幸さんは
「ははは、期待しとくよ」
と、期待のない言葉で返す。嫌みや、そういった意味ではなく、ただ単純に"無理だと思っている"から、ただそれだけである。
彼は、沢山の絵を描いて、いろんな賞に応募して、学んだことがあるのだ。それは――
"努力は大概報われない"
と言うことである。過去何度も賞に応募して、実際彼が得た賞は
何個あるだろうか?片手で数えるほどだ。しかも一番ではなく、良くても入賞くらいである。それでも"素敵な絵"だといってくれた人がいたから、それだけは辞めなかった。
ずっと、続けてきた。だからこそ、世良の目の前に立ちはだかるであろうプロの存在を知る彼は、無理だと思うのだ。そう思わざる得ないのである。
さあ、それからいくつかの競技が進み、得点は
北地区【155】 南地区【152】
と、僅差で負けてしまっている状況となっていた。そして更には、空から小雨が降りだし、乾き始めていたグラウンドが再び水を吸収し、少しぬかるむ。そんな中、世良の出番がやって来た。
〔『400m走に参加する方は、指定の場所へお集まりください』〕
400m走に出るのは総勢10人。そのすべての人が一斉に走りだし、1位を決める。各地区事に5人ずつ代表を選出、しかもこの1位の旗は20pである。しかし、ここ数年は陸上選手がいるため、みんな出たがらず、適当に決めることが多かった。だが、あえて世良はそれを選んだのだ。
口々に世良に同じ地区の人が声をかける。「がんばれよ」、「2位狙っていけ!2位!」、また、驚きを口にする人もいる「え?あの子が出るの?小学生?」、「なんかの記念かしら?がんばってね」、その言葉のどれにも期待などない。それでも彼女はポケットからハチマキを取り出して頭に巻く。
【神●風】
自慢の金髪を高い位置でポニーテールにくくり、ジャージと靴を脱ぎ捨て、列に並ぶ。すると、たまたま隣にいた、例の陸上選手が声をかけてくる。
「なめられたもんだね、南地区は君みたいな子供を出してくるのか」
そう言われた世良はこうかえす。
「天狗の鼻ってなんで長いか知ってるか…?へし折りやすいからだ」
「僕は手加減はしないよ、期待してくれている人にも悪いし、なにより毎年いる君みたいな"勝つ気"でいる人にも、申し訳ないからね」
世良はにっと笑って
「上等。」
と、スタートの合図をする人が声をかける。
『いちについて…よーい…』
――タンッ!!
一斉にスタートを切る。始めに飛び出したのは案の定、陸上選手の彼だ。どんどん伸びていき、あっという間に一人で前を独走しようとする。が、すぐ後ろに歯を食い縛り、必死に食らいつく少女が一人。
自慢の金髪とハチマキを靡かせ、必死に食い下がる。
それをみた人々が口々にこんなことを言い出す。
「え?あの子すごくない?」、「え、ヤバいヤバイ!あの子超早い!!」、「おお!すげえ!がんばれ!」、「がんばれ嬢ちゃん!!」、「行けッ!行けッ!!」
無かった期待は、みるみる膨らむ。あの子ならやれるんじゃないか?あの子なら追い付けるんじゃないか?あの子なら――
そんな中、ひとり、世良を見つめる青年。
努力は報われない。期待はしても裏切られる。自信など、持つだけ傷つく。
そう、思っている青年に見せつけるように、必死にグラウンドを走り抜ける世良。
ただ、無理じゃないと、諦めるなと――
『不可能を可能に』
ただ、それだけを伝える為だけに、少女は荒く息をはき、歯を食い縛る。
距離も残りわずかとなってきたころ、後ろにピッタリとくっついていた世良が少しづつはなされ始める、途端会場は諦めモードが漂う…しかし、少女の目はまだ諦めていない。
青年の背中を押す為に、前を向いて走り抜ける――
すると、陸上選手が泥濘に足をとられ、少しバランスを崩し、よろける…世良はそこを見逃さなかった…!
一気に追い付き、陸上選手に並ぶ…!
「バカな」と慌てるプロ、すでにプロなど見ていない世良の視線は、ゴールテープへと向けられている…! 一気に並んだ世良を見て、人々は再び声をあげる!
「すげぇ!」、「行けッ!嬢ちゃんっ!!」、「やべぇ!がんばれ!」そんな中から、彼の声が聞こえた。
「行けええええええええッ!!」
そして、デッドヒートを繰り広げる中、世良はゴール直前、おもいっきり前へと跳ねる…!
「薩摩隼人…なめんなああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
そして、ゴールテープをきるのではなく、伸ばした手で掴み取ったのである。
その勢いのままごろごろと2~3回転がる。白いタンクトップと下のジャージは泥まみれで、顔に擦り傷ができる。だが、すぐに状態を起こし、世良は「はぁ、はぁ、」と荒く息を吐きながら、掴んだゴールテープを掲げて、こう言う。
「あたしが一番だああああッ!!」
そう言うと、世良はその場にぺちゃん、と大の字でたおれこんだ。
途端、会場は「「うおおおおおっ!」」と歓声に包まれたのだった。――
――そして俺は、たおれこんだ世良のもとに駆け寄る、するとすぐにリサと孝輔もやってきて、腕を引いてたたせる。
「おまえ、半端ないなマジで! なんであんな速いんだよ!」
「ちょっと、凄いじゃない!チビロリ!私感動したわ!!」
「ああ、君は今、間違いなくヒーローだ」
そんな話をしていると、貴幸さんがやってきて世良に言う
「まるで君は魔法使いだね。本当にやってのけるなんて」
そう言われた世良は、荒く息をととのえて、答える
「はぁ、はぁ…ふぅ…。約束、したからな。」
「そうだね、君のお陰で、すごく勇気をもらった気がするよ」
俺は思う、この世の中の努力は、大抵が報われない…確かに、その通りかもしれない。だが、その努力をしている人間を見た人はどうだろうか?
何かを感じ、何かを考え、行動をする。
そうやって連鎖した努力は、いつか成功者を産み、またその人に憧れた人が努力をする。
そう言った意味では、報われない無駄な努力など存在しないのではないだろうか?
なんて、この出来事が、綺麗事だと言われたって、運が良かっただけだと言われてもかまわない。ただ、今はこの、ぶっきらぼうな少女の頑張りを素直に讃えよう。そう思うのだ。
【日本一周の旅にでたら、家出少女ひろった!!】
次回『とっておきキャンバス』最終回。
またみてね❗(´・ω・`)✨きゅぴーん




