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イチョウの下で会いましょう~終~

イチョウの下で、一人佇む車椅子のおじいさん。


イチョウの下へゆっくりと歩み寄るおばあさん。


錆び付いた約束は、風に揺られて、ゆっくりと動き出す――。

話を聞いた俺達は、約束のイチョウの木へと歩いて向かう。錆び付いた約束を動かすために。


少し歩くと、すぐに立派なイチョウの木が姿を見せる。一歩一歩、歩みを進める度にイチョウの足下が見えてきて…分校を曲がりきると、その大きな木が少し黄色みのかかった葉を散らしている。そして俺達は、その葉を目でおい、その下に佇むおじいさんを見つける。多鶴子さんは、車椅子に腰かけたまま上を向いているおじいさんを見ると、先ほど止めたばかりの涙を流しながら口を両手で押さえた…。


「ああ…嗚呼…っ!」――。


その姿を見た瞬間、色々なことが多鶴子の頭のなかを駆け巡る。


とても辛く、苦しかった日、その手紙を読んで自分も空を見上げた事。


何でもない日も、家に帰る途中上を向いて、今日も伊佐治さんは、眺めてくれたのかしら?と考えて、心が温かくなった事。


季節がめぐり、時がたつにつれて「会いたい」と言えなくなってしまった事。


約束を先のばしにしていることから罪悪感を感じ、なかなか約束の話ができなくなった事。


それでも、約束を忘れたことなどなかった事。


何度も、何度も、この手紙が多鶴子を救ってくれた事。


――涙をぬぐって、分校のなかに入り、イチョウの下までゆっくりと歩いていく。


足音に反応して、おじいさんが振り返る。おじいさんはおばあさんへ、



「こんにちわ」と挨拶をして微笑む。




おばあさんも「こんにちわ」と言って微笑み、隣に立つ。




約束を追いかけたぶん、刻んだシワの奥の瞳が、濡れて綺麗に光っている。ようやく、二人揃ったイチョウの下、まるでこれまでの手紙のやりとりのような、他愛ない会話から始まる。


「どちらから来られたんですか?」


「ふふ、少しだけ遠い…約束の地から」


「…なんと、それはまた…はは、面白いことをおっしゃる」


「あなたは、ここで何をされているのですか?」


「私ですか?…私は、ちょっと約束事がありまして、なんと言うか、願い事みたいなものなんですが…」


「そうなんですか…それは、もしかして"空を見上げる事"だったりしますか…?」


「ははは、そうなんですよ…え…?」


「初めまして、伊佐治さん。私、薬師丸 多鶴子と申します。」


「はは…なんと…」


名前を聞いたとたん、伊佐治さんは目を丸くして言葉を失う。多鶴子さんはそのまま言葉を繋ぐ。


「伊佐治さん、私、"生きて"約束を果たしに来ましたよ。アナタとの大切な、大切な約束です。アナタの手紙に何度救われたか…何度生かされたか…いくらお礼を伝えても、本当に…っ…たりません…っ…うっ…ありが…うっ」


言葉を繋ぐ多鶴子さんは感情を抑えられずに泣き出してしまう。それを見た伊佐治さんは、何かを悟ったように、易しいもの言いで話始める。


「初めまして、多鶴子さん。私が伊佐治です。こんな姿で、申し訳ない…」


そう聞いた多鶴子さんは首を横にふる。


「ははは、ありがとうございます。でも、前を向いてください。今はまた下を向いてしまっていますよ?約束は、"生きて""笑えるようになったなら"、でしたよね?」


伊佐治さんは多鶴子さんにハンカチを渡して、それで多鶴子さんは涙をふき、伊佐治さんを真っ直ぐ見て微笑む。それを見届けた伊佐治さんは続ける。


「まさか、こんな形で、約束の時が来るとは思いませんでした。それに、思っていた通り、文字と同じで、とても美しい人だ。まっすぐな目をしていらっしゃる。」


「…そ、そんな事は…」


「謙遜しないでください。本当に、美しいですよ。それに、私の方こそお礼を言わなければならない。アナタとの手紙のやりとりは、私の心を支えてくれていました。辛く、苦しい時、嫌なことがある度に、私もアナタとの手紙を読んで支えにしていました。空を見上げていれば、アナタがいると、そう思えていました。だから、お礼を言わせてください。あの時から…





"生きてくれて、ありがとう。"





私なんかとの約束を大切にしてくれて、ありがとう。本当に、感謝しても、しきれませんよ」



そう言って伊佐治さんは微笑む。それを聞いた多鶴子さんは止まらない涙を必死にぬぐう。



「ううっ…うっ…」



――だって、嬉しかった。


自分も、彼の力になれていると聞けたこと。


独りよがりだと思っていた…私ばかりが救われていると思っていた…。でも、そんな事はなかったのだ。


私の手紙も、また彼を支えてくれていた。


それが、本当に、本当に嬉しくて…



「ううっ…いきっ…生きていてっ…良かったです…っ!



―だから、今の気持ちを精一杯"文字"ではなく"声"にする




私とっ…私なんかとっ…!出会ってくれて、ありがとう…うっ…ございます…っ!本当に、ありがとうっ…ございます…!やっと、アナタと会えましたっ…!」


精一杯そう言いきって、まだ止まらない涙を流したまま、多鶴子さんは微笑んだ。


約束通り、笑えるようになったのだと、伝えるために。





――イチョウの木は風に揺れながら二人を見下ろす。


約束から30年あまり、そうしてきたように、これからもそうするように。きっと、もっと続く…イチョウの下の一頁。


そこに今日、ふたりの約束が刻まれた…俺はそんな気がしたんだ。


にしても…


「おまえら、泣きすぎだろ。」


「だ…ううっ…だってぇぇぇ…うううっ!」と優愛がボロボロ泣いている。


「ううっ…うるさいのよ翔馬のアホぉっ!」とリサもボロボロと泣いている。


更にリサは「もう我慢できない」と駆け出す。そして多鶴子さんに飛びついて「良かったね、良かったね」と言って泣きじゃくる。それを多鶴子さんがなだめて、伊佐治さんは驚いている様子だ。


まあ、そりゃいきなり白人が走ってきて、友人に飛び付いたらビビるわ…


優愛が出遅れてもじもじしていたので、背中を押すとやはり走っていき、多鶴子さんに抱きついた。


こちらも号泣しており、もうてんやわんやである。


それを、多鶴子さんは目尻に涙を残し、ニコニコと笑って二人の頭を撫でていた。


それを遠巻きに少し見て、俺も歩き出す。



イチョウの下の一頁へと自らを刻むべく。今しがた、果たされた…約束の地へと、"空を見上げながら"。




【日本一周の旅にでたら、家出少女ひろった!】



















嫌なことがあるときは、空を見上げよう。


きっと、知らない誰かも見上げてて、いつかどこかですれ違うかもしれない。


大丈夫。君は決して、独りではない。



またみてね❗(´・ω・`)✨きゅぴーん



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