イチョウの下で会いましょう⑰
宮崎県突入した翔馬達仲よしカルテット、多鶴子の手紙にある住所へと向かうのだが――。
翌朝、目を覚ました俺達は支度を済ませ、多鶴子さんの持つ手紙に書かれた住所を目指してバイクを走らせる。宮崎市内に入り、所々で位置を確認する。
「もう少し、西南の町だな」
「そうだね、あと15分くらい?」
と、スマホのマップを見ながら優愛が言う。そんな風に確認をすませて、またバイクを走らせた。多鶴子さんの目的の住所は町から少し外れた山間にある集落のようで、そこを目指して山道を走る。そして、山道もだいぶ奥まではいりこみ、川の水や森の土の匂いが目立ちはじめ、町に比べてだいぶ涼しいと感じるような場所、そこに突然、その木は現れた――。
それにいち早く気づいたのは優愛だった。俺の服を軽くひっぱり、その木を指差している。
「ねえ、あれ!」
「でか…っ!」
バイクを空き地に止めて、その巨大な木に目を向ける。集落の分校、その脇にひっそりとある神社。そこに、とてつもなく大きな銀杏の木が風に揺れていた。周りの杉やクヌギを見下ろすような形で、堂々と凛々しく佇んでいる。俺はバイクを降りて、多鶴子さんのもとへ歩いていく。多鶴子さんはその木をシワの奥のキラキラとした目で見上げていた。
「多鶴子さん、この木…」
「ええ、きっとそう。…とても大きいのね、私なんて、この木に比べればまだまだ、子供なのかもしれないわね…」
そう言ってその銀杏を眺めた。住所的にはこの木の近くに伊佐治さんの家があるはずだ。当然、都合よく銀杏の下にたっていると言うことはない。まずは、その家を訪ねてみねばなるまい。そこで、近くの畑で作業をしていたおじいさんに俺は声をかける。
「すみません、伊佐治さんて方を探しているんですが?」
「?」
あれ?こっちを向いたがいまいち理解できていないようだ。近くに行き、耳元で訪ね直す。
「すみません、伊佐治さんて方を知りませんか!」
「ん?あぁ~伊佐治さんね?あん人は今、病院に入院しちょっち聞いたがね、たまんもどっちきちょるけんどん、3日はみちょらんわ(※伊佐治さんは今病院に入院してると聞いたけどなあ…たまに戻ってきてるみたいだけど、3日は見てないよ)」
入院?言葉は少しわかりづらいが、入院と言う単語はしっかりとわかった。なので質問を続ける。
「病院の場所はわかりますか?」
「どこやったかねぇ~?総合か杉本か…総合やった気がするがね、部屋まではわからんけよどん、行けばわかるが~はっはっはっ!!(※どこだったっけな?総合か杉本…総合だった気がするな、まあ行けば部屋も分かるよ!はっはっはっ!)」
「ありがとうございました!」
俺は礼をいい、みんなのもとへ戻る。すぐに情報を共有し、病院へ行ってみることにする。病院と聞いて、多鶴子さんが少し不安そうな顔をするが、3日前に一度目撃していることを伝えると少しは安心したようだった。
それから、俺達は病院へ到着する。多鶴子さんが受付で話をしているのを見ていると、優愛が声をかけてくる。
「ねぇ、伊佐治さん大丈夫だよね?」
「3日前は、一度家に戻ってるみたいだけどな」
「何いってんのよ韮崎、無事に決まっているでしょ?じゃないと、多鶴子がかわいそうだわ!」
「…うん、そうだね、変なこと聞いちゃった、ごめんね」
やはり、大きな病院と言うこともあり、不安になる気持ちも分かる。3日前は歩いていても、人間なんて一瞬で変化するものだ。
たった一歩踏み出して転べば、擦りむいて血が出る。やばい、そんな事を考えていたら不安感増してきた…マジで大丈夫だよね?
無事だよね?すると、多鶴子さんが話を終えて、こちらへと戻ってきた。
「病室はどこなの!伊佐治は無事なんでしょ?」
戻る多鶴子さんにいきなり、リサがくいつく。
「いや、落ち着けよリサ。多鶴子さん…」
俺が質問するより前に多鶴子さんが答える。
「今日は、"帰宅届け"を出して一時間前くらいにここを出たみたい。」
それを聞いた俺達は、3人揃って
「「はぁ~…」」
と溜め息をはいた。そして口々に「無事そうで良かった」と言って、今度は4人で少しだけ笑った。
それから、また一度イチョウの町へ戻る。バイクを住所の家の近くに止めて、今度こそ家を訪ねてみる。その家は、古民家だが小綺麗にされており、少しだけオシャレなカフェのようになっている。インターフォンを押そうとする多鶴子さんは、少し緊張しているようで、なかなか指が進まない。きっといろんな考えが巡り、先に進めないのだろう。
そこで、俺は多鶴子さんの手を握る。それに続くように優愛、リサも多鶴子さんと俺の手のうえに手を重ねる。そして「せーの」で皆でインターフォンを押した。多鶴子さんはクスクスと笑う。
『ピンポーン』
と呼び出し音の後、少しして
{はい、どちら様ですか?}
と、男の人の声が聞こえる。俺達は多鶴子さんの背中を軽く叩く。
「あ、…あの、私、薬師丸 多鶴子と申しまして…そ、そちらは高橋 伊佐治さんのお宅で間違いないでしょうか…?」
{・・・。}
多鶴子さんの声はとても緊張しているのがわかるくらい震えていて、まるでこれから叱られる子供のように不安そうな顔をしている。多鶴子さんが聞いた後少し沈黙がながれ
{…多鶴子さん…?}
と声が帰ってきた。
「はい…あの、伊佐…治さん?」
今度は返事は帰ってこず、かわりに家の玄関が開いて、なかから中年くらいの男性が出てきた。そして、思ったよりも大所帯だったからか、俺たちをみて「おおっ」軽く驚く。それから多鶴子さんが
「伊佐治さん…?」
と訪ねると、「え?ちが!違います!、伊佐治は私の叔父ですよ」と困ったように笑って答える。
「それにしても…あなたが多鶴子さん…」
と男性は多鶴子さんをみて感慨深そうに言う。多鶴子さんは少し恥ずかしそうにしながら、軽く頭を下げる。
「ちょっと、あまりladyをじろじろ見るものじゃないわよ」
と急にリサが言い出す。「まあまあ」と俺と優愛がなだめ、多鶴子さんが男性に伊佐治さんの事を訪ねる。
話によると、伊佐治さんは数ヵ月前に自宅で倒れ、それを見つけた佑介さん(中年男性)が、救急搬送を行った。結果は軽い脳梗塞だと言うことで、意識は戻ったが、右半身に麻痺が残った。特に腕は酷く、ゆびさきも動かせないほどだったらしい。だから、手紙の返事がかけなかったと言うことなのだ。
今はリハビリを行い、少しずつ歩行の練習や左手で文字を書く練習をしているそうだ。話を一通り聞いた後、多鶴子さんは
「そんなことが…」
と言って口をつぐんだ。そう言えば、一時帰宅をしているのなら、家に本人がいるのではないか?そう考えた俺は佑介さんに聞いてみる。
「あの、伊佐治さんは家にいるんですか?」
「あ、いや。今はあそこにいます。イチョウの下に…家に帰るといつも、あそこに行って、イチョウと…"空"を眺めるのが叔父の決まり事でして…なんでも、数十年もの約束とかで、律儀に毎回。今は車椅子だからと言うんですが、後から迎えに来てくれればいいと、聞かないんですよ。ははは」
その話を聞いて、ふと多鶴子さんを見ると…頬を伝い涙がポロリ、またポロリと流れている。それを見た佑介さんは驚いて…
「ど、どうしたんですか!?」と慌てる。
多鶴子さんはきっと、あの手紙を思い出しているのだろう。
――『空はずっと、繋がっている』
――『私は、毎日空を見上げます。』
生きて、笑えるようになったなら、いつかの手紙に書いた
イチョウの下で会いましょう――。
ようやく、果たせるかもしれない大切な約束を。
【日本一周の旅にでたら、家出少女ひろった!】
【次回】
『イチョウの下で会いましょう~終~』
またみてね❗(´・ω・`)✨きゅぴーん




