残念、拒絶されたら、4.どうして欲しいのか聞いてみましょう
VS イーノス
「…甘えて欲しい?」
唐突に言われた殿下の言葉に、私は思わず目を見開く。
殿下はとても上機嫌そうに私を見つめ、しっかりと頷いた。
「普通の令嬢は婚約者におねだりをするものだと聞く。だけど、エドナは私におねだりをしたことがないだろう? 物でもなんでもいい。たまには私に甘えて欲しいんだ」
そう言って私を見つめる殿下の顔を、私はまじまじと見つめる。
なんでもいい、と殿下は言った。ならば、あの願いを言うしかない…!
私はキリッとした表情をして、殿下と改めて向き合った。
「本当に、甘えさせてもよろしいですか?」
「もちろん。君に甘えられるのなら本望だ」
「…では、わたくしの願いは一つだけ。わたくしにアレやコレを要求するのを今後一切やめてください」
言った。私は言ったぞ…!
殿下と出会って早十年。最近は色々と諦めかけてきたけれど、こんな風にチャンスが回って来るとは…!
ああ、神様は私を見放してはおられなかったのね…!
「―――それは出来ないな」
「なぜですの!?」
間髪いれずに返された答えに、私は思わず身を乗り出して問い詰めた。
殿下はアルカイックスマイルを浮かべたまま、私を見た。
「君にアレやこコレを要求することならやめられないし、やめたいとも思わないから却下だ。私は君に冷たくされるのが堪らなく好きなのだから」
「そ、そうですか…」
「そうだとも。私がどれくらい君の事が好きか、何時間でも語りたいくらいだよ」
このド変態! と何度思ったかわからない感想を懲りずに抱く。
私は憮然とした表情を浮かべ、「甘えるのがだめとおっしゃるなら、殿下はわたくしにどうして欲しいのですか?」と尋ねると、殿下は笑みを深めて答えた。
「それはもちろん、私を罵って…」
「却下ですわ!」
私も負けじと間髪入れずに返した。どうだ、この私の完璧な返し!
しかし殿下は私のこの返しが不満だったようで、眉間に皺を寄せて、心なしか口もへの字に曲げている。
「…エドナも要望も私の要望も却下。なかなかまとまらないな」
「殿下は折れる気がありませんの?」
「ないな。そういうエドナは?」
「もちろん、ありませんわ」
そう互いに答えた私たちは笑顔だ。しかし、この笑顔は武装なのだ。お互いの主張を譲らないための。
「…そろそろ諦めようとは思わないのか、君は?」
「そういう殿下こそ、わたくしが殿下の望むようなことをする趣味はないと、何度言えばわかって頂けますの?」
「エドナは自分の言動をきちんと振り返るべきだな」
「どういう意味ですの、それは」
「もちろん、そのままの意味さ」
私も殿下も互いに譲る気はない。
しかし、心外だ。自分の言動を振り返れとは。まるで私が日頃からドSな行動をしているようではないか。そんなことないのに。
私はいたって普通のノーマルです。勘違い、ダメ絶対!
そもそもドSというのは、お母様やお兄さまのことを指すのであって、私がたまにやってしまうアレはまだまだ可愛い部類だと思う。
「…そうだな。それでは、君がそういう趣味がないと、証明して貰おうか」
「証明? どうやって?」
「私の質問に答えるだけでいい」
「…そんなことでよろしいんですの?」
「ああ」
「わかりましたわ、受けて立ちます!」
私が高々に宣言すると、殿下は「そうこなくては」満足そうに呟いた。
そこで私は気付くべきだった。これは罠だと。
「では、最初の質問。エドナ、これは?」
「…鞭、ですわね」
「これは何をするための道具?」
「馬を操るための道具でしょう?」
「では、これは?」
「ロープです」
「これは何をする時に使う?」
「何かを縛る時…でしょうか」
「具体的には?」
「ぐ、具体的…? そうね…いきも…いえ、洗濯物を干す時にロープを木に縛って、そのロープに洗濯物を干すのではなかったかしら」
「ふーん…洗濯物ね…」
い、今のは危なかった…!
危うく生き物を縛り付けると言ってしまうところだった…!
「では、最後」
殿下の最後という台詞に私は目を輝かせた。
これを乗り切れば私の誤解が解ける…。私の念願が叶う。
よぉし、気合いをいれて答えましょう!
「私と言えば?」
「わたくしの狗… あっ」
私は慌てて自分の口を塞ぐが時すでに遅し。殿下はにっこりと微笑んでいた。
ついポロっと零れてしまった自分の台詞に愕然とする。ほんの数秒前までは「わたくしの婚約者」とか「優秀な王太子殿下」という模範解答を頭に思い描いていたというのに、なぜ口に出たのがこの言葉なのか。癖なのだろうか。だとしたら、癖とはなんと恐ろしいものなのだろうか…。
「…これで、わかっただろう。君は、そういう趣味の持ち主なんだよ」
「いいえ! わたくしは絶対に認めませんわ」
意地でも認めません。
「強情だな。そういう君も、嫌いじゃない」
そう言ってフッと殿下は笑った。
「別に君が認めなくてもいい。君が私を罵ってさえくれれば、それで」
「……殿下の思い通りになんて、なりませんわ」
「君が私の思い通りになったことなんて、一度もないよ」
だからこそ、そんな君が好きなんだ。
そう囁いた殿下に私は顔を赤くする。
そして殿下の望み通りに罵ってしまったのは、きっと動揺していたからに違いない。
今回、少し短めになりました。
いや、本来これくらいの短さで書く予定だったのですが…。
次でエドナ視点のお題は終了です。その次からはアシュレイと殿下視点でのお題となります~気長にお待ちください!