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私はそんなキャラじゃない~どうしたら、いいですか?~  作者: 増田みりん
恋人がドMなんですがどうしたらいいですか?5題
3/7

案の定喜ばれたら、3.甘えてみましょう

VS アシュレイ

 私は自分の部屋のソファに座り、のんびりと本を読んでくつろいでいるフリをして考え事をしていた。

 案件はもちろん、アシュレイと殿下のことだ。

 殿下はまあ、もうそういう生き物だと思うことにしようと思う。私はあの人に勝てないと、殿下と出会って十年目にしてようやく悟ることができた。

 それまではしぶとく諦めないで頑張ったが、もう無理だった。はっきり言って、お手上げだ。

 だからもう、殿下は置いておこうと思う。


 だが、アシュレイはまだ諦めきれない。

 アシュレイは殿下ほど重度な変態ではないと思う。だから、なんとか方向修正できないかと考えている。

 どうしようか。はっきり嫌いと言ってもだめだったし、私が懇切丁寧にドSじゃないことを説明してもわかって貰えなかった。無視もしてみたが、アシュレイのあの瞳に勝てなかった。

 なぜだろうか、私はアシュレイの蜂蜜色の瞳に弱い。


「エドナ様。お茶が入りましたよ」


 にこにことアシュレイがお茶のセットを乗せたお盆を持ってやって来た。

 そこで私はもうお茶の時間だと知る。

 ここでのんびりとし始めたのはお昼を食べてすぐだったから、結構長いこと考え事をしていたことになる。

 しかしどれほど時間をかけてもいい案が浮かんでこないあたり、私の残念さが伺える。


「ありがとう、アシュレイ」


 私がそう言って少し微笑むと、アシュレイはとても嬉しそうに頬を緩ませる。

 私が立ち上がり歩こうとすると、長時間座りっぱなしだったせいか、バランスを崩して転びそうになるのをアシュレイが支えてくれたお陰で免れた。

 私はほっとしながら顔を上げると、すぐ近くにアシュレイの顔があって驚く。

 アシュレイと目が合うとアシュレイの頬がすっと赤くなって、慌てて私を離した。


 ん?


「…早くしないとお茶が覚めちゃいますよ」


 アシュレイは私から視線を外してそう言った。

 アシュレイの様子がおかしい…。

 そう思った私はアシュレイに近づいてアシュレイに触れてみる。

 するとアシュレイは異常に反応してサッと私から離れる。


「……アシュレイ?」

「な、なんですか」

「どうしてわたくしから逃げるの?」

「逃げているわけじゃ…」

「ほんとうに?」


 私が一歩踏み出すたびにアシュレイも一歩下がる。

 そんなアシュレイの様子が面白くて、私は調子に乗った。アシュレイに向かってずんずんと歩く。アシュレイは下がっていく。

 そしてアシュレイの背に壁が当たり、アシュレイは下がることが出来なくなった。しまった、という顔をしたアシュレイに、私は切なそうな表情を作ってみせた。


「アシュレイは…わたくしが嫌いになったの?」

「そんなことは天地がひっくり返ってもあり得ません! 殿下が俺に優しくするくらいあり得ません!」


 …そうか、殿下がアシュレイに優しくするのは天地がひっくり返るのと同じくらいあり得ないのか…。

 いや、それはともかく。


「なら、どうしてわたくしから逃げるの?」

「そ、それは…」


 手が…ともごもごとアシュレイは呟く。

 手が一体どうしたと言うんだ。


「アシュレイ」


 私はぐいっとアシュレイに近づき、アシュレイの顔を見上げる。

 アシュレイは私と目が合うと先程と同じように頬を赤くして視線をおろおろと彷徨わせた。

 そして意を決したようにアシュレイは私を見つめて言った。


「エドナ様、離れてください」

「どうして?」

「どうしても、です!」


 アシュレイの返事は私の質問の答えになっていない。


「…嫌よ」

「エドナ様…!」

「なぜ、わたくしが貴方の言うことを聞かなければならないの? むしろ、貴方がわたくしの言うことを聞かなければならないのに」

「それはそうなんですが…」


 顔を赤くしたまま、アシュレイは困ったように視線を私から外した。

 そんなアシュレイに、私は最終警告のように告げた。


「アシュレイ。わたくしの質問に答えなさい。なぜ、わたくしから逃げるの?」


 私はアシュレイの蜂蜜色の瞳を睨むように見つめた。

 アシュレイはしばらく視線を彷徨わせていたが、私が折れないことを悟ったのか、観念したように私を見て言った。


「…俺の理性が飛びそうだからです…」


 ……理性?


「その…先程、エドナ様を支えた時に手に当たって…その感触が離れないと言いますか…」


 もごもごと言うアシュレイに、私の思考がフリーズした。


 手に当たった。

 私を支えた時に手に当たった。

 アシュレイは確かにそう言った。

 では、私を支えた時のアシュレイの手はどこにあったか。

 そこまで考えて、私は頬が熱くなるのを感じた。

 アシュレイの手があった位置は私のお腹の辺りだった。私は転びそうになっていて、屈むような体勢だった。咄嗟のことだったし当たってしまったのだろう。

 ―――私の、胸に。


 私は、生娘である。

 そういうことに関する免疫がないわけで。

 いやああああ!! と叫びそうになるのを必死に堪えた。

 落ち着け、落ち着くんだ私。


「…忘れなさい」


 至極冷静な声で私は言った。

 頭の中は大変なことになっているけど、きっと表情には出ていないはずだ。

 アシュレイは私のその言葉に真面目に頷く。


「しばらくは無理そうですが、努力はします」

「今すぐ忘れなさい」

「それはちょっと無理ですね…エドナ様の柔らかい」

「それ以上言わないで!」


 顔を赤くして言う私にすみません、とアシュレイも顔を赤くして謝る。

 そして私たちの間に落ちる、気まずい沈黙。

 あれは事故だ。だからアシュレイは悪くない。

 悪くないけど、一刻も早く忘れて貰いたい。そのためにはどうしたらいいのか。

 答えは簡単。これ以上のインパクトのあることをすればいい。

 アシュレイに強烈な印象を残せて、私が恥ずかしくない、そんなインパクトのあること…。

 ……そんなこと、あるんだろうか?

 残念な私の頭にはそんな都合のいいことは思い浮かばない。

 ただ、さっきの事故よりは恥ずかしくないことなら思い浮かぶ。

 仕方ない。こっちの方が数倍マシなはずだ。


「…わたくしの言うことが聞けないなんて、従者失格よ」

「すみません、エドナ様…」

「だから、貴方にはお仕置きをしなくてはならないわ」


 え、とアシュレイが間抜けな顔をすると同時に私はアシュレイの足を踏みつけた。

 ヒールの部分で、グリグリと。これは絶対痛いだろう。アシュレイの顔が痛みに歪む。

 そしてアシュレイの顔に手を当て、「なんて良い顔なの」とうっとりとした顔をしてみせる。

 あくまでこれは演技だ。決して私がしたくてしているわけではない。

 アシュレイに先ほどの手の感触を忘れて貰うための手段なのだ。

 ドSな行為をして、アシュレイを悦ばせて、先ほどのことを忘れさせる。

 これが私の残念な頭で考えた作戦だ。実行するにあたって、母の行動を真似してみた。

 今日この時だけは母に感謝だ。ありがとう、お母様。


「もっとその顔をわたくしに見せて頂戴?」

「エドナ様…だめです」


 悦ぶと思っていたのに、アシュレイは予想に反して困った顔をした。

 なぜ?


「まあ、どうして?」

「エドナ様…俺、男なんですよ?」


 うん、知っているけど?


「エドナ様に好意を寄せている、男なんです。そんな男にこんなに顔を近づけたら…」


 ―――襲っちゃいますよ?


 え。と私が固まると、アシュレイはするりと自分の位置と私の位置を入れ替えた。私の背には壁で、アシュレイは私が逃げられないように片手を掴んで、もう片方の手は壁に当てている。

 これってなんて言うんだっけ。

 ああ、そうそう。いわゆる、壁ドンってやつですね。

 え? 壁ドン…?


「わかってくれました? 俺がれっきとした男だって。男はいつでも狼になれるんですよ? いつだって、羊を食べようと狙っているんです」


 そう言ってアシュレイは私に顔を近づける。

「今からあなたを食べちゃいますよ」と囁きながら。

 私はそんなアシュレイを真っ直ぐと見つめた。


「―――いいわよ」

「…え?」

「貴方はわたくしを食べることなんてできないもの。だから、やれるものならやってみなさい」


 そう言った私に今度はアシュレイが戸惑った顔をする。

 いつもいつも私が動揺すると思うな。伊達にアシュレイといつも一緒にいるわけではないのだ。


「…わかりませんよ? 俺はやる時はやる男です」

「でも今はその時ではないわ。貴方はわたくしが本当に嫌がることはやらないもの。だから、貴方が今わたくしを食べることはしない。それに、貴方、食べるのよりも食べられる方が好きなのではなくって?」


 私がそう言って挑発的に微笑むと、アシュレイはへなへなと座り込んで頭を抱えた。

 そんなアシュレイの様子に私は戸惑う。


「…ずるいです、そんな言い方…」

「そう?」

「そうです! ああもう…」


 ブツブツと呟くアシュレイを私は変なの、と思いながら見つめる。

 しかしいつまでたっても立ち上がらないアシュレイに、私は少し心配になって、屈んでアシュレイに「大丈夫?」と声を掛けると、アシュレイはやっと顔を上げた。

 その顔は、少し赤い。


「…申し訳ありません、エドナ様。俺、調子に乗っていたみたいです」

「…そうね。反省しなさい」

「はい。お詫びに俺が出来ることならなんでも致します」


 そう言ってアシュレイはにっこりと笑う。

 私は何をアシュレイにしてもらおうかと考える。


「そうねぇ…それでは、お茶を淹れ直してほしいわ。もう冷めてしまっているでしょうし、なにより、貴方の淹れたお茶が飲みたい気分だわ」


 私がそう言うと、アシュレイはとても嬉しそうに「畏まりました」と言った。

 そんなアシュレイの表情に、私はなんだか負けた気分になった。


 ―――私は、やっぱりアシュレイに弱い。


 これは、悪役令嬢たる私の宿命なのだろうか、と思いながら、楽しそうに私の世話をするアシュレイに私はついつい甘えてしまうのだった。






甘えている…のかどうか若干不安なのですが…。

エドナは結局、アシュレイにも殿下にも勝てない、という話です。

だけど、アシュレイもエドナに勝てない。殿下は勝ちそうですが(笑)

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お題お借りしております
確かに恋だった

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