戦いの果てに
「うりゃあああ!」
怪物の脇腹を蹴りつけ、キースは跳躍する。
8m後方でアイラが魔方陣を描いているのを
目の端でチラリと確認し、
目前にいる怪物の集団に突っ込んだ。
「どりゃあああ!」
「キース、どいて!」
アイラが叫び、後ろから広大な魔力が降り注ぐ。
空中の碧く光る文字盤から、
大量に白金色のエネルギーの矢が放たれる。
キースは間一髪で地面に伏せ、その矢を避けた。
目の前の怪物の集団が消し飛んでいく。
キースは伏せながら、大地に支配の呪文を唱える。
「我が暗黒の支配に呑まれよ……雷光に屈し、敵を呑み込め!
ブラックサ●ダー!!」
「くぉらあああ!カット、カット」
カチンコを鳴らし、監督が声を上げる。
「商品名はまずいじゃろ!」
「あ、すんません」
キース役の青年がペコリと頭を下げる。
「大体、主人公じゃろ!貫禄が無いのう、貫禄が」
「(監督のお腹ほどには……)」
でっぷりと太った監督の腹部をまじまじと参照する。
「キース、主人公なのに暗黒はないじゃろう」
「でもこれが一番得意なんです……」
キースはドロドロと両手で暗黒物質を操る。
「主人公補正で光らせたらカッコよくなるんじゃないか?」
吹っ飛んだ怪物役の青年が、マスクを取って歩いてきた。
「べつに性格が悪いわけでもなし」
「顔も良いよね☆だからスカウトされたんだし」
アイラ役が寄ってくる。
「制作費がギリギリだからってさあ、
ギャラもこれじゃあ、役者も集まって来ないよねえ」
カラカラと笑うが、監督の怒りに火がついた。
「アイラ、お前こそ!お前の役割は何じゃ?」
「全体攻撃で敵を殲滅するアタッカーです☆」
「ちがう!紅一点の麗しいヒロインじゃ!」
「でもそんな事台本にないじゃない。恋愛とか、お色気とか」
「純粋なのがいいんじゃ!つまらんのう……」
監督以外の皆が顔を見合わせる。
「そんな事を期待してたの!古いなあ」
「でも監督ってそういうところあるよね」
「そうそう、アイドルにコロリと騙されそうな」
「今どき無いよねえ~プークスクス」
「お前ら……本当に痛い目を見たいようだな」
監督の目が輝き、どす黒く身体が変色していく。
「成敗してやるうぅぅぅぅうぅぅぅ!」
異形の怪物の姿をとり、身体が何十倍にも膨れ上がった。
「おお、いいじゃん」
キースが爽やかに言い放つ。
「カメラ回しちゃえよ」
続けて怪物役だったあんちゃんがたたみ掛ける。
「制作費も浮きそうだわ」
アイラが微笑み、いそいそと呪術の用意をする。
わら人形のお腹に監督のカチンコを放り込み、
「あ、手が滑ったわ」と言い、五寸釘を打ち込む。
「ギャアアアァアァアアアァアアアア……」
断末魔のような叫びが響きわたる。
「これで終わりだ!」
キースが台本の決めゼリフを言い、
立派なおもちゃの剣を頭上に高々とかかげる。
「お願い!」
アイラが跪き、祈りの姿勢で天の加護を受けながら、
自分の魔術によって、キースのサポートをする。
「はああああああ!」
キースが監督に派手に斬りかかる。
その時アイラが、聖なる光をキースの大剣に与えた。
怪物役の青年が、カメラを覗きながらガッツポーズをする。
監督は消し飛んだ……
「いやあ!なかなかよく出来てるじゃないか」
「これでバッチリじゃない?さっさと上げちゃおうよ」
3人で大手を振って飲み屋に引き揚げる。
「お前ら……」
飲み屋に入ると、満身創痍の監督がいた。
「殺してやるうぅ!」
切りかかってきたが、以前ほどの力は無い。
「カントク!データは配給会社の方に上げておきました!」
アイラが元気よく応答する。
「これでバッチリだそうです!」
「お疲れさまでした!」
何やかんやで宴会になる。
日付が変わるまで大量のビールを飲み干した。
一月後、監督の元に連絡が入った。
配給会社からだった。
これからは役者もやってみないか、ということだった。
監督は逡巡したが、やってみることにした。
それ以降、彼の映画はより興行収入が増え、
制作費に困ることが無くなった。
彼は思った。人生は映画であると。
世界は偉大なる幻影であり、彼も役者のうちの一人に過ぎない。




