他人と歌声
ーお前、ほんと何でも出来るよなー
ー顔もいいし、スタイルもいいしー
ーなんか俺らとは違うよなー
いつも、人は他人から評価を受けている。意識的にも、無意識的にも…
俺は、評価されることが嫌いだ。
自分で言うのもなんだが、俺は昔から何でも人より器用にこなせた。
勉強、スポーツ、音楽…あ、美術は苦手。
でも、
俺は普通に生きたかった。
人並みにできるくらいで良かったのに…
白いスーツ。
俺はこれが気に入らなかった。
人の視線が痛い。
もちろん、大半が俺を称えての眼差しだというのはわかる。
それでも
一度でいいから、ああいう目で人を見てみたい。
もっとも、それほど興味のあることがないから、感心すること自体難しいのかもしれないのだが。
長い、長い入学式が終わった。
もう帰りたい。一刻もはやくこの邪魔な服を脱ぎたい。
こんなことを言えば、俺は確実に周りから蔑まれるだろう。
これを着たいがためにどれだけ勉強したと思ってるんだ、と。
くだらない。こんな風習。
次は学部ごとの式かー長いな。
(えっと、医学部棟は…工学部と薬学部の間を抜けて…一番奥か…)
友人はたくさんいる。この大学の新入生にも。
でも、俺がこの服を着ているからか、気づけば一人になっていた。
(まぁ、あんまり人目につきたくもないし…ちょっと遠回りだけどこっちから行くか…)
薬学部棟の前で右に曲がる。みんなは左の大通りを進んでいく。
薬学部棟の裏には、雑誌などでも取り上げられるくらいの大きく、美しい桜の木があった
。
思わず立ち止まる。
下から見上げれば、空が桜で覆い尽くされたかのように見えた。
その時だった。
(……? 歌声……か…?)
近くから、歌声が聞こえてきた。女性の声だ。
(綺麗な声だ…)
気になって声のする方へ足を運ぶ。
(薬学部の人か?…でもこんな入学式の時に、どうして…)
……
その女性は、グレーの細身のスーツを身にまとい、少し抑え目の、けれども透き通った声で歌っていた。
…美しい……
サラサラの栗色の髪、細い足、姿勢もいい。
後ろ姿だけで、これほど惹かれたのは初めてだった。
言われなくてもわかった。
この女性に強く興味を抱いているということ。
(…でも、気づかれたらちょっと気まずいよな…)
時間もあまりない。
龍は気づかれないように、来た道を戻っていった。
その女性が、最後に一瞬だけ龍の方を向いたことに、龍は気づいていなかった。