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マリア教の魔法使い  作者: Lis Sucre
マリア教の魔法使いと古城の幽霊
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第五話 二人の魔法使い

 奇妙なことに、扉を開けた先には誰の姿も見当たらなかった。


 確かに誰かの声が聞こえたはずなのに――。


 開いていた小窓から、湖の向こう岸に広がる城下街と白い石造りの美しいカストリア大聖堂が見渡せた。世界随一の高さを誇る二つの主塔には、青白い光を受けた優雅な小尖塔群が天を刺すように聳えている。

 そのとき、王室付き魔法使いの甲高い声が地上から響いてきた。

「探しましたわよ、メグさん! 城の中に戻っていましたのね!」

 魔法の箒に跨ったペルルさんは忙しない様子で飛んでくると、オレの腕をがっしり捕らえて言った。「さあ、これからダンスの練習ですわよ!」

「ダンスの練習?」

「チェシャ王子の戴冠式の前日に舞踏会がありますの。メグさんはきっと薔薇色のドレスがお似合いですわね。あたくしが見立てて差し上げますわ」

「え? ちょっと待っ……ドレス? オレはおと……」

 ペルルさんの箒はオレの腕をつかんだまま物凄い早さで主塔へ向かって飛び立った。「男だ」と宣言する叫び声は、むなしくも晴天のカストリアの空に消え去るのであった。



 優雅な音楽の流れる大広間では、リーブル先生とルリアがダンスの練習をしているところだった。

「ルリア、君もしかしてわざと僕の足を踏んでるとか?」

「先生とは足の長さが違うんだからちょっとはこっちに合わせて踊ってよ!」

 相変わらずああだこうだと言い合いながらも結局楽しそうに踊る二人の姿は、第三者が立ち入ってはいけないような仲むつまじい空気を漂わせていて、今のオレには居心地が悪くてたまらなかった。

 ドレスの裾を翻しながらターンしたルリアと目が合ったが、薔薇園での気まずい思いがオレの視線を咄嗟に壁の方へと向かわせた。あまりにも不自然な行動に、ルリアは一体どう感じたことだろう。

「さあさ、何をボケボケしておりますの? お相手のチェシャ王子が待ちくたびれてますことよ」

 ペルルさんにバルコニーへ連行されると、天使のような笑顔の王子がやって来て、さも嬉しそうにオレの手を取り毒づいた。

「なんで僕が女みたいな男と踊らなきゃならないんだよ」

 王子の呟きは一段と弾みをつけた音楽に掻き消され、オレの耳にしか届かなかったと思う。軽やかにステップを踏む彼の顔は相変わらずにこにことしていたが、口から飛び出す言葉はまるで悪魔のようだった。

「あのオバサン、ヒステリックでうるさいから母上に言ってクビにしてやろうかな。いや、そもそもルリア王女の踊りがへたくそすぎるのが悪いんだ。だからこうしてあなたと踊るはめになったんだ――そういえば、幽霊はいた?」

 急に話題が飛んだので、足がもつれて躓いた。ペルルさんから叱咤の声が飛び、オレは慌てて体勢を立て直す。何事もなかったように再びステップを踏み始めると、王子が言葉を続けた。

「どうせ恐くて中に入れなかったんだろう?」

「は、入ったさ」

「嘘ばっかり」

「嘘じゃない!」

「ふん。――まあいいや。それで、噂の幽霊はいたわけ?」

「……いたような、いないような」

「なんだよそれ」

「塔の中から確かに誰かの話し声が聞こえたんだ。でも、入ってみたら誰もいなかった」

「きっと王室に謀反を起こそうと企てているやつらに違いない」

「そんな人たちがいるの?」

「四方八方敵だらけさ。フェストリアの王子が王の座に就くことを快く思ってないやつらなんかいくらでもいる。僕はこの城に来てから命を狙われて――」

 そのとき、瓦礫の崩れるような音と共に、突如バルコニーの底が抜けた。オレは咄嗟に王子の腕をつかんで、欄干を這っていた蔓草を握り締めた。

「メグ!」

 駆けつけたリーブル先生がすぐさまオレたちを引き上げてくれたので助かったが、まさに危機一髪だった。地上まではかなりの距離があり、そのまま落ちていたら即死だったに違いない。古い城だけに老朽化していたのだろうか。

 騒ぎに駆けつけた従者たちが口々に「マリア様の呪いだ」と騒ぎ始めると、ペルルさんは彼らを睨みつけてヒステリックに喚き立てた。「マリア様は人を呪ったりなんかなさいません! きっと今回も何者かが王子の命を狙ってバルコニーに細工したに違いありませんわ!」

 その言葉にリーブル先生が眉根を寄せる。

「『今回も』ということは、このような危険が王子の身の上に起こったのは初めてではないんですか?」

「先日、王子の杯に毒が塗られていたのです。小間使いが杯を運ぶ際にヘマをして階段で落としてしまい、城を徘徊していた鼠が犠牲となりました。杯に毒を塗るだなんてことは内部の人間にしか出来ないこと。旧派のカストリアーゼがやったに違いありません。パッシェン大主教に従っていた者やフォルスター家の人間など、フェストリア公国が政権を得ることに不満を持つ貴族たちが大勢いるのです」

 王子は自分の身に起こった出来事に対してひどくショックを受けているようで、バルコニーにぽっかりと空いた穴を言葉もなく睨み続けていた。



 その晩、さまざまな出来事や不安が生み出す精神の緊張から、オレはベッドに横になるも夜の闇にうまく溶け込むことが出来ずにいた。眠りはいつになっても訪れず、代わりにやって来たのは尿意だった。

 暗闇の中、手探りで灯した蝋燭と、念のために魔法の杖を手にして部屋を出る。暗い廊下はしんと静まり返っていた。マリア王女の部屋に差し掛かると、壁に映し出された自分の影が蝋燭の炎と共に揺れ動いてびくついた。昨晩、ルリアとここで何者かに遭遇したが、あれは幽霊などではなく確かに生きている人間だった。

 そんなことを思い出しながら部屋の前を通り過ぎようとしたとき、驚くべきことにまたしても中から人の声がした。どうやら女の子の話し声のようだった。しかし、今晩ルリアはリーブル先生の部屋で寝ているはずだ。となると、この声の主は一体――?

 恐怖で足が竦んだ。途切れ途切れで何を言っているのかはわからないが、確かに、何者かが閉ざされた扉の向こう側にいるようだった。確かめなければならないという思いに突き動かされ、オレは勢いよく扉を開けた。

「そこにいるのは誰っ!?」

 蝋燭の炎が部屋の中を照らし出す。驚き飛び上がるようにして振り向いた人物の顔を見て、オレは構えていた魔法の杖を思わず落としそうになってしまった。橙色の光に照らされたその顔は、信じがたいことになんとマリアさんだった。

 どうやら幽霊は本当にいたらしい――。そう思ったのも束の間、落ち着いてよく観察してみると、決定的な違いがあった。マリアさんは黒髪であったのに対し、目の前にいるこの少女は亜麻色っぽい明るい髪色だ。耳の両上あたりで少し掬い取った髪の毛を、リボンで可愛らしく結い上げている。もしかしたら、マリアさんの血縁の王女か何かで、そう、この子はルリアの親戚にあたる子なのではないだろうか――?

「こっち来ないで! それ以上近寄らないで!」

 少女は敵意剥き出しの顔で、オレに向かって威嚇するように魔法の杖を突き返してきた。どうやら魔法使いらしい。

「君は誰? どうしてこんな真夜中に、こんなところにいるの?」

「あなたには関係ないことよ!」

 態度から察するに、なかなか気の強そうな少女だった。初めて会ったのに初めてではないような感じがするのは、きっと見知った顔にあまりにも似すぎているせいだろう。

 そのとき、背後から突然後頭部を力いっぱい叩かれて、オレは絨毯の上に倒れ込んだ。暗闇に紛れて気づかなかったが、どうやら部屋には少女とは別に、もうひとり何者かが潜んでいたようだ。

「ちょっとノア、やりすぎじゃない? まさか殺してないでしょうね?」

 焦る少女と正反対に、ノアと呼ばれた黒髪の少年は落ち着いた様子で床に転がった蝋燭を火が燃え移る前に拾い上げた。彼は肩に背負っていた箒(オレを殴ったときに使ったと思われる)を壁に立てかけ、化粧台の上に置きっぱなしにされていた口紅を使って、淡々とオレの顔にラクガキをし始める。

「あんたってひどい男ね。悪魔だわ。師匠に言いつけてやろうかしら」

「こんなこと出来る機会はそう無いからね。本当はミーアだってやりたいんでしょ?」

「言っておくけど、絵はあたしの方が上手いのよ」

 口紅を渡された少女は夢中になってオレの顔をキャンバスに絵を描き出す。どうやらカストリアに到着して早々、眠っていたオレにラクガキをした犯人は彼らのようだった。問いただしたかったが、今はそれどころではなく、殴られた衝撃で頭がふらふらし、意識がだんだん朦朧としてくる。

 ノアは立てかけてあった箒を再び手に取ると、窓辺の方へと歩いていった。「そろそろ行こう」

 少女は箒に跨る少年の後ろにちょこんと横乗りする。かすかにペチコートのこすれる音を残しながら、二人の魔法使いはカストリア城から飛び立ち、夜の闇へと消え去った。



「つまり、君はその二人の魔法使いにラクガキされたって言うんだね?」

 笑いをこらえるようにして、リーブル先生がオレの説明を確認した。目が合うと、とうとう我慢が出来なくなったのか、ベッドに仰向けに転がって爆笑している。

「もう、先生! 笑い事じゃないでしょう!」

 しかし、鏡に映ったオレの顔はどう考えてもふざけた冗談にしか見えなかった。あの短時間でこれだけの笑いがとれるラクガキは、褒めたくもないがなかなかたいした物だった。

 オレは床に倒れたまま気を失っていたようで、一夜明けて先生の部屋までやって来ると、目を覚ましたばかりのリーブル先生がぼんやりしているところだった。

「実のところ、僕はてっきりラクガキの犯人――つまりマリアの部屋に忍び込んで幽霊騒ぎを起こしているのはチェシャ王子じゃないかと思ってたんだ。でも、どうやら見当違いだったみたいだ。昨日ペルルさんに確認してみたけど、この城に君やルリアくらいの年齢の子供たちはほかにいないそうだよ」

「え……でも、じゃあオレが昨夜見かけた子供たちは……?」

 先生はしばらく考えてから、鏡の中のオレと目を合わせた。「――ねえメグ、とりあえずこのことはルリアに言わないでおいてくれないか。きっと怖がるだろうから」

「……うん」

 オレの返事はどことなく不自然に響いたように思う。馬鹿みたいだけど、先生がオレのことよりもルリアのことを心配したような気がして、なんとなく居心地の悪い思いがした。自分が先生にとって、もはや必要のない人間のようにすら思えた。そんなはずないと頭ではわかっているのに、暗い影のような被害妄想が心の内に膨れ上がる。

「メグ?」

 オレの様子がおかしいことに気がついて、先生が声をかけてきた。「大丈夫かい?」

「なんでもないよ……。二人の魔法使いが何者なのか考えてただけ。それより、ルリアはどこに行ったの?」

「きっと目が覚めて君の部屋に姿が見あたらなかったから、先に食堂へ行ったと思って飛んでったんだろ」

 そう言ってから、先生はごく自然に尋ねてきた。

「メグ、どうしたんだい? ……ルリアと何かあった?」

 先生が今心配しているのはオレではなくて、ルリアなんじゃないだろうか――?

 この期に及んで、そんなことを考えている自分に嫌気が差した。オレは一体どうしてしまったんだろう? こんな風に考えるべきではないとわかっているはずなのに、嫉妬が一切を無視して襲い掛かってくる。


 星降る丘から出て行かなくては……。

 でも、一体どこへ行けばいいのだろう?

 居場所がない。オレの居場所はどこにもないのだ――。


 将来の展望を持ち合わせていないことが、一層不安に輪をかけた。自分に何が出来るのか、自分が何をしたいのか。何もかもがわからなくて、何もかもが唐突で―――。灰色の朝陽が突き刺すように目に染みて、今にも涙が零れ落ちそうだった。

「ちょっと、散歩してくる」

 先生の呼び止める声に立ち止まることなく、オレはそのまま部屋から出た。

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