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グリーンモンスター(2)

−−−−


 緑髪の美少女の手を取り、俺はとりあえず体育倉庫の裏まで逃げてきた。ここなら人目に付かないし、魔王だの何だの中二ワードを口にしても誰かに訝しまれることもないだろう。


「こんな人気のない所に女の子を連れてくるなんて、流石は大魔王様、鬼畜ですわぁ」


 両手を頬に当て、恍惚の表情を浮かべる。小動物のかわいらしい後輩という最初の印象と全然違う。あれだ、口を開かない方がいいタイプの美人。残念系美少女だ。


「頬を染めながら人聞きの悪いことを言うな! で、えーと、君は……」


 ここにきて気づいたが、俺は彼女の名前を知らない。歯切れ悪く逡巡する俺の様子を察した様にぺこりと頭を下げる。


「すみません。感極まって自己紹介がまだでしたわ。私は江原(えはら)すももと申しますの。以後、お見知り置きを」


 緑髪の少女―――江原すももは、ふわりと舞う様に翻り、スカートの端を摘んで会釈する。恐らく改造だろう、プリーツスカートの縁に白のレースがあしらってあり、より一層優雅さを演出していた。テンプレートなお嬢様口調といい、上品な所作といい、実家がお金持ちなのかもしれない。いやそれよりも今は別に話すべきことがある。


「よろしく……それでさっきの話の続きなんだが、江原は何で俺が今朝見た夢の内容を知ってるんだ? 俺は今朝自分が大魔王になる夢を見た。でもその内容は誰にも話しちゃいない。それなのに君は俺のことを大魔王と呼ぶ。何故だ?」


「……私も同じ夢を見ましたの。こことは違う別世界『アルバガルド』の夢を。そして全てを思い出したのです。かつての自分を!」


 オペラ歌手の様に仰々しく語るこいつのことは一先ず置いておいて、またしても俺の夢に出てきたワードを彼女は口にした。『アルバガルド』と。いや、もしかしたら―――。


「『アルバガルド』というのは何かのゲームの舞台なのか? それで、その大魔王のキャラデザが俺に少し似ているとか……?」


 俺は恐る恐る江原に聞いてみる。実は昔やったゲームにそういう地名が出て来て、俺は内容を殆ど覚えていなかったけど、潜在的記憶として残っていてたまたま偶然昨日の夢に出て来たとか。俺なんかが大魔王だったよりは、まだそっちの方がつじつまが合う。


「何をおっしゃいますの。正真正銘、貴方が大魔王ソーマ様ですわ」


「……俺の苗字は相馬だけど、大魔王でも何でもないぞ。只のしがない高校生だ」


「確かに今はそうですわ。ですが前世では貴方は間違いなく『アルバガルド』を震撼させ恐怖のどん底に突き落とした大魔王! 有象無象の目は誤魔化せても、大魔王様の忠実なる下僕であった私の目を欺くことなど出来はしませんわ!」


 その豊か過ぎる胸を更に張って、江原は自信満々得意満面に嘯いた。たまらず頭を抱える。夢の次は前世の記憶ときたもんだ、そりゃ頭も痛くなるって。もう付き合ってられん。地べたに放っていた自分の鞄を肩に掛け、踵を返す。


「あら? どちらに行かれますの大魔王様?」


「帰る。悪かったなこんなところまで連れてきて。あと大魔王様って呼ぶな」


「ちょ、ちょっと! まだ話は終わってません! というか、私の話を全く信用してません!?」


 江原は愚図りながら俺の足にまとわりついてきた。振り払おうと脚に力を入れるがガッチリとホールドされ、ビクともしない。


「ええい、は、な、せ! さっきの話のどこに信用出来る要素があった!? 全部電波少女の妄言で片付くお花畑情報だったじゃねえか!」


「酷いですわぁ……私はこんなにも大魔王様のことをお慕いしておりましたのに、貴方は私のことなど覚えてすら下さらなかったのですねぇ、ずずっ」


 きたねぇ! この女、人のズボンで鼻水拭きやがった! だがしかし、江原の容姿がなまじ良いだけにさほど嫌悪を感じず、なんだか複雑な心境になってしまうのは俺が思春期の男子だからであり、別に特殊な性癖の持ち主を持ち合わせているわけではないと明言しておきたい。話が逸れた。


「覚えてるも何も、俺の夢には君のような女の子は出てこなかったぞ!」


「そんなはずはありません! 大魔王様抜きで私の存在が語られないように、私抜きで大魔王様が語られることなどあるはずがありませんわ!」


 いやいやと首を振りながら、涙目で俺を見上げる江原。いや鼻水擦りつけてんじゃねえよ。ナメクジ這ったみたいになってんじゃん。


 俺は深いため息をついて仕方なくその場に座り込んだ。右のポケットからハンカチを取り出し、涙と鼻水塗れの江原の顔を拭ってやる。


「本当に記憶にないんだって。大魔王だった夢の中の俺の傍にはいかつい魔物しかいなかったよ。ごついサイの半獣人とか、ドロドロのゾンビとかな」


「ぐすっ、ふふ、確かにそうでしたわね……だから私、密かに心配しておりましたのよ? もしかしたら大魔王様は男にしか興味がないんじゃないかって。だから地上進出の尖兵に私が選ばれたんじゃないかって」


「気色の悪いこと言うな。俺はノンケだ」


 ミノタウルスやらワイトやらのクリーチャー共相手にBLなんぞ繰り広げてたまるか。絵面キツすぎんだろ……ん? ちょっと待てよ?


「江原、今、地上進出の尖兵って言ったか……?」


「え、ええ。それが何か?」


 俺の質問の意図が分からなかったらしく、江原は可愛らしく小首を傾げる。大魔王ソーマの忠実なる下僕にして地上侵略の尖兵となった者、突如地上に現れ人類に宣戦布告をした魔物の王を俺は確かに夢で見た。俺の予想が正しければ江原は……いやそんなわけはない俺の思い違いに違いないむしろそうであってほしい―――。


「大魔王直轄地上侵略軍軍団長魔王バラスモ。それが前世の私ですわ」


「嘘だあああああああああああああああああああああ!」


「きゃあっ!?」


 突然立ち上がり絶叫する俺に驚いた江原が愛らしく、あくまで可愛らしく悲鳴をあげる。


「だって俺が知ってるバラスモは趣味の悪い緑色の袈裟着た二足歩行の鳥の化物みたいな奴だぞ!? 何をどう配合したらこんな美少女に生まれ変わるんだよ! モンスター爺さんもびっくりだよ!」


「前世の姿は散々な言われようですけれど……美少女だなんて、面映ゆいですわぁ」


 恥ずかしげに嬉しげにくねくねと科を作る彼女を見下ろしながら、俺は最早何度目か分からないため息をついた。


「からかうのもいい加減にしてくれ……俺が大魔王で君が魔王? 尚更信じられねえよ。じゃあな、俺は帰る」


 今度こそ帰路に着こうと、江原に背を向けて歩きだす。ひしゃげた玄関の扉もそのままにしてあるし、急いで帰らなければならない。戸締り、大事です。


「そんなぁ、待って下さい~大魔王様~」


 慌てた声を出しながらとたたっと、並走してくる彼女から逃げる様に速度を上げる。


「だから俺は大魔王じゃないって。妄想ごっこは一人でやってくれ。こう見えて俺は忙しいんだ」


 頭の中で大魔王がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。歩幅を広げ更に速度を上げるが、彼女も小走りでついてくる。


「大魔王様がどんなに否定しようと、大魔王様は大魔王様ですわ。忙しいって、これから部活動ですの?」


「部活には入ってない」


「では委員会活動ですか?」


「……委員会にも所属してない」


「そうですか……あ! お仕事ですわね? 知っていますわ、『あるばいと』というのでしょ?」


「だぁもうしつこいなぁ! バイトもしてないけど俺は忙しいの! 特に何もない張りのない寂しい毎日を過ごしてるけど凄い忙しいんだよ!」


 高校二年にもなって部活もせずバイトもせず、彼女も出来ずに、いや作らずに、毎日毎日学校と自宅のサイクル。平日は学校からまっすぐ帰ってとりあえず宿題してテレビ見てネットして寝る。休日は基本家でダラダラして、たまに掃除したり、古本屋に立ち読みに行ったり、DVDを借りてきて一人で見たり……花の十代をこんな風に浪費していいのかと、日夜葛藤している俺の心に塩を塗りたくりやがって。良いんだよ、こんな起伏のない毎日こそ俺が望む幸せなんだから。悲しくなんかないんだからね?


「は、はあ……どうして涙目なんですの?」


「ほっとけ、とにかく俺は忙しいんだ……あ、そうだ。DVD返しにゲオ―――」


 突然、閃光と爆炎が迸り、眼前の花壇が弾けた。爆散する土から咄嗟に江原を庇うようにして立つ。幸いまだ何も植えられていない花壇だったので被害はない。だが、またしても身の周りで起きた爆発に俺は動揺を隠せない。周り―――運動場と校舎の間にあるガーデニング広場を見渡してみるが、誰かがいる気配は無い。江原も突然の爆発に驚いたようで目を見開き食い入るように花壇を見つめていた。


「大丈夫か、江原?」


「………」


 返事はなく、小刻みに身体が震えている。無理もない、目の前でいきなり花壇が爆発したのだ。かなり怖かったんだろう。肩に付いた土を軽く払い落としてやりながら優しく声をかける。


「どこか怪我はないか? 保健室で診てもらうか?」


「す……」


「す?」


「凄い! 凄い凄い凄いですわぁ~!」


「うぐぇ!」


 突如バッタの如く飛び跳ね出す江原。おかげで俺は顎を頭突きで打ち抜かれ、目の前に再度火花が散った。追い打ちをかける様にボディにタックルされ、堪えきれずに倒れこむ。すり鉢状の爆心地に尻がすっぽりとハマり、酷く情けない状態になってしまった。


「い、たた……いきなりなんだよ?」


「流石は大魔王様ですわ! 前世の記憶のみならず魔力も引き継いでらっしゃるなんて~!」


 気色満面で俺の腹に抱きついてくる江原。両腿の付け根に感じる柔らかな二つの感触を意識してしまい慌てて彼女を振りほどき、しどろもどろになりながら聞き返した。


「ま、魔力? 何の話だ?」


「先程の爆発ですわぁ。あれは紛れもなく爆発系の初級呪文『ゲオ』でした。精霊の力も借りられないこの世界で魔力を解き放つなんて、貴方様が大魔王である何よりの証拠です」


「あれが呪文……ほ、本当に俺が大魔王……?」


「だから言ったでしょう? 正真正銘、貴方が大魔王ソーマ様ですわ」


 そう言って魔王バラスモの生まれ変わりを自称する少女―――江原すももは、まだ幼さの残るあどけない笑顔を俺に咲かせた。



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