グリーンモンスター (1)
気づいたら放課後だった。ふ、時間を吹き飛ばしてしまったぜ。空の雲は、ちぎれ飛んだ事に気づかず!……消えた炎は、消えた瞬間を炎自身さえも認識しない! 『結果』だけだ! この世には『結果』だけ残る! なんちゃって。そんなことはどうでもいいんだよ!
あの後、俺は担任に適当な理由をつけて遅刻する旨を伝え、とりあえず玄関の修理にあたったが、数分で挫折した。あんな鉄の板、人間の力で戻せるかよ。
幸い、周囲には気づかれてなかったようで(玄関の向かいには立体駐車場、隣は空き部屋という好条件が重なったからと思われる)、とりあえず扉は玄関に立て掛けといた。空き巣と大家さんに気づかれない事を祈るばかりだ。
それから、一限目の途中から授業に参加したものの、今の今まで上の空状態だったという訳だ。意味ねぇ、休めば良かった。
帰りのホームルームも終わり、俺は窓際最後尾の自分の机に突っ伏していた。なんかすげぇ疲れた。
だが幾分思考回路が回復したようで、今朝方の現象について整理することが出来た。
まず、あの爆発を引き起こした原因は外には無かった。扉は内側からの衝撃によってひしゃげていたし、外側の扉には何の痕跡も残っていなかった。何者かが遠距離武器か何かで俺の部屋の窓の外から玄関をぶち壊した可能性もあるが、射線上には窓ガラスは勿論、俺だって存在していた。ピンポイントで玄関だけ狙うのは不可能だろう。
となると扉を破壊した要因は家の中にあるということになる。しかし、俺の部屋に爆発に結び付くような代物は存在しない。強いて挙げるとするなら、千五○○Wまで上がる電子レンジと、初期生産のPS3くらいだ。もうね、いつタイマーが作動するか不安で不安で……閑話休題。
これらの物が数メートル離れた扉を粉砕するのは現実的に考え難い。一応、レンジとPS3に特に異変がなかったのも確認している。
こうなると必然、扉爆発の原因になりそうな要因は一つに搾られる。そう、俺だ。
俺がしゃがんで靴を履いている最中、確かに俺の眼前で発光し爆発した。つまり俺が何らかの行動をした結果、爆発が起きたと考えるのが一番しっくり来る。漫画の主人公よろしく、突然未知の能力が発現した可能性が微粒子レベルで存在している。
ではあの時俺は何をしていた? 靴を履いていた。靴がスイッチ? いや、学校で上履きに履き替えた時には何も起こらなかった。大体、靴を履く事で爆発を起こす能力とか不便だし格好悪過ぎる。
他には? 変な夢を見た。魔王になる夢。でも目覚めた直後は特に何もなかった。
パンを食った。ない。牛乳飲んだ。ない。靴を履いた。ない。独り言を言った。な……いや、あるか?
「そうだ、いつもの癖で一人でぶつぶつ呟いてた。確かDVDの返却期限が今日までだから、ゲ−−」
「相馬ー」
「おわっ!?」
不意に肩を揺すられ、思案から呼び戻される。思わずびくんと身体が痙攣してしまう。目を開き上体を起こすと、世界がじわりと暗闇に侵食してきた。
「急に話しかけてんじゃねぇよ。心臓止まったらどうする」
話しかけてきた級友、田所に軽口で苦言を呈す。
「とりあえず埋める。んな事より、一年の江原って子がお前呼んでるぞ」
「江原?……知らんな、どんな奴?」
スピリチュアルな人? 最近見ないな。
「めちゃくちゃ可愛い女子だ。俺にも紹介してくれよ」
田所が思春期特有の顔で、下世話な相伴を申し入れてきた。高校生という生き物はとかく色恋沙汰に過敏だ。カワイイ女子、カッコイイ男子、そんな見てくれの価値観で突き動かされている。浅はかだなぁと一つ上の高みからほくそ笑んでやった。
「ありえねぇから。あったとしても罰ゲームかなんかだろ」
そもそも俺が下級生の目に止まる事などありえないのだ。
成績は常に平均点よりちょい上程度、運動神経も並の並、容姿だって特筆する事もない中肉中背、超凡庸。ザ・一般人。RPGでいうと村人Bくらい。
そんな万年モブな俺に、入学して一月も経たない新入生、しかもカワイイ女子から告白されるイベントが発生する確率など零に等しい。上手い話には裏があるもんだ。
鼻息荒い田所を適当にあしらい、教室後ろの入口へと向かう。
「あ、あのっ」
廊下に出るとすぐ声をかけられた。振り向くと、成る程、掛け値なしの美少女が立っていた。
軽くウェーブのかかった薄い黄緑色の二つ結びの髪が不安げに揺れている。小柄ながらもめり張りのある肢体は、女の子らしさがギュッと凝縮されている。てか胸大きいな、その辺のグラドルより巨乳。短いスカートからすらりと伸びる白のニーソックスが眩しい。ベリーナイス。
「あ、その……」「うぇっ!? いや、その何か俺に用かな!」
俺の下衆な視線に感づいたのか、緑髪の少女は恥ずかしそうに身じろぎする。慌てた俺は誤魔化すように用件を聞いた。誤魔化せたかどうかは甚だ疑問だが。
すると少女は怖ず怖ずと上目遣いで俺を見上げる。一つ一つの動作からまるで小動物のような愛らしさを感じる。あざといわーでも嫌いじゃないむしろ好き。
「相馬、あすら先輩ですか……?」
「そう、だけど」
「ああ、やはり……!」
「やはりって……ちょ!? うぼぁ!」
肯定するや否や、宝石のような碧眼を輝かせ、緑髪の少女が抱き着いてくる。
「お会いしとうございました! 大魔王様!」
「はぁ!? 大魔王!? いやそれよりっ! は、離れてくれ! 頼むから!」
「大魔王様〜! ソーマ様〜!」
聞いちゃいねぇ! 喜色満面の表情で俺の胸にほお擦りしてくる。
少女の突然の奇行に、周りの生徒の視線が集まり出した。いや、そんなことより腹部に伝わる柔らかな胸の感触が、我が儘ボディが!
「うぉああ! だからっ!」
「あんっ」
「あんっじゃねぇよ! エロい声を出すな! ちょっと来てくれ!」
へばり付く少女の肩を掴んで無理矢理引きはがす。とりあえず少女の手を取ってその場を離れることにした。途中、教室から田所の怨嗟の声が聞こえたが聞こえないふりをして廊下を突き進む。嗚呼、俺の平穏な学校生活が……。