カナブンらしき
窓を少しだけ開け、闇に煙を吹きかけた。カラオケで歌い過ぎたのか、タバコのせいか、のどの奥がヒリヒリする。助手席のミキは、相変わらずスマホに夢中だ。EXILEのベストも一回りし、さすがにもう聴き飽きた。
わざわざこんな真っ暗なとこまで来なくてもいいのに。人目を気にしたり、流行りとか? 笑い声がし、暗闇の中のワゴン車から誰かが出てきた。私は、窓外にマルメンを弾き飛ばした。
奈央の顔は肉の塊になっていた。前髪はハゲたようにごっそりと抜け、裸の身体は間違った方向に折れ曲がり、全身が濡れていた。
「ブサにし過ぎたな。こっち汚ねえからお前ら持てよ」
ユウジとマサトはタツヤにそう言われ、後部座席から奈央を運び出した。
「っていうか、奈央、丸くない? 笑えんだけど」
確かにミキの言うとおり、奈央の身体が丸い玉のように見えた。転がり、崖の下までよく落ちそうだった。
ガードレールの白と、奈央の丸く白い身体が重なった瞬間、闇の中に奈央は消えた。転がり落ちて行くその音と、マサトが手を払う音が重なった。
タツヤのいびきの横で、ウーロン茶を開けて飲んだ。テレビショッピングは、いつものダイエットだった。タツヤが眠ってしまうと退屈で、家では観ないテレビも、ラブホだとよく観る。はみ出た肉、というので、奈央の顔を思い出し笑えた。
スマホが鳴った。「3Pマジヤバイ! ユイも来ない?」とミキ。「丸くされちゃうから」と私は返した。裏切ったら、タツヤは間違いなく私を丸くするだろう。四角くするかも知れない。タツヤはそういう男だ。奈央のことを頼んだときの、あのニヤけ面は何度も見てきた。タツヤの、Yesのサインだ。
目覚めたら、タツヤが下半身を舐めていた。いつもと逆だった。タツヤが納得するまでしなきゃいけない。何でもする、何でも従うのが私の役目だった。
「声だせよ」
起きた私に気づいたタツヤはそういうと、激しく私の両足を持ち上げた。
ラブホを出て、タツヤと駐車場を歩いた。先に待ってたミキたちが、車の横で騒いでいた。
「タツヤさん。コレってカナブンですよね?」手のひらを見せ、マサトは虫をつまんだ。
「ああ、カナブン。でけぇのはみんなカナブンってんだよ」
「な、カナブンだろ」
昨夜行った山はきっと、こんな虫がうじゃうじゃいるんだろう。ユウジが虫をマサトから取り上げ、「カー、ナー、ブーン!」と思いっきり上に投げた。虫は、落ちて来なかった。
夏休みに入りしばらくして、女性の全裸遺体が見つかったことを知った。腐って、一部白骨化しているらしい。奈央と同じ山だから奈央かも知れないけど、白骨化? と私は疑問に思った。十日やそこらで人って骨になるの? 動物に食べられたり? 奈央は肉団子みたく丸かったし、白かった。白……。白骨化? みたいなね。
まあ、そんなことはどうでもいい。今日はタツヤたちと海に行くから。そう思い直して支度を始めたときだった。
「今、ヤベえ。サツが外に来てる」
タツヤのメッセージだった。私は「どうして?」と打ち返した。返事は返って来なかった。
何を世間は騒いでいるのだろう。大したことでもないのに。ムカついたから、マワして棄てただけでしょ? お金がなきゃ、持ってる奴をボコって獲るでしょ? 要らなきゃ、そこらに赤ちゃん棄てるでしょ? 大したことじゃないじゃない。この国って昔、さらし首とかしてたんでしょ? 刀で首斬り落として。ナイフで刺すぐらい何だっていうの? そんな国が、何年経ったからってカッコつけんじゃねえよ。
マンションの屋上は久しぶりだった。海で浴びるはずだった日射し。景色はいいけど、こんな場所じゃ暑いだけだ。私は、マルメンを取り出し火を点けた。
そういえば、はじめてタバコを吸ったのがここだった。あの頃は、奈央とも仲良しだったのにね。バカみたい。
手すりの下に、干からびた虫が転がっていた。ラブホで見たのよりは小さい感じだけど、よく似ている。虫の、縮まった脚の先をつまみ持ち上げた。かー、なー、ぶーん。かー、なー、ぶーん……。つぶやいたら、近かったセミの鳴き声が、少しばかし遠く感じた。
部屋に戻ると、大袈裟な人数でケーサツが待っていた。死体遺棄容疑。あそこに奈央の服やら持ち物をぽいぽい捨てたし、身元が判明すればね。タツヤのとこにも来たみたいだし、じきにこっちにも来るだろうと。
「コレって、カナブンですか?」
握った手を開き、カナブンらしき虫を見せた。私の突然の質問に、ケーサツのおじさんは戸惑った顔をした。 (完)