1 崩壊のプロローグ
今回から二章です。よろしくお願いします。
そろそろ外の世界では、夏休みも終盤に差し掛かっている頃だろう。
SLOがデスゲームとなってしまったあの日から、一ヶ月と少しが過ぎた今日。俺は街の外周を覆う海底の景色を、離れた街の中心部から眺めながら、そんな事を考えた。
朝日が昇る空があり、世界の果ては海底。この奇怪な景色も一ヶ月もすれば見慣れたもので、今じゃもう当たり前になってしまっている。おそらく今ログアウトできたら、世界の果てに海底の景色が映らないことに違和感を覚えるかもしれない。
「……もう一ヶ月か」
二ヶ月先、三ヶ月先にも同じ場所で似た様な事を呟いている気がする。
だって俺達がこの街から出ることは無いから。ログアウトして外の世界に出る事はもちろん、二層に向かうことすら適わないから。
ユカ達は、大幅に安全マージンを取った、はじまりの街周辺でモンスターを狩ってはいるけど、ある程度適正レベルを超えた状態で弱いモンスターを倒した場合、弱いレベルで倒したときより経験地は少ない物となる。そんな調子じゃ……そして十人程度の少人数じゃ、きっと上へは上がれない。
だから俺達は外部の助けを待つ。
ユカの言うバグを突破して、プログラムを修正してくれるのを。
それまでは……きっと俺は始まりの街で、おつかいの様なクエストをこなし続けるはずだ。
でもまあ、俺だって一日中クエストをこなしている訳じゃない。それはヨウスケやチカも同じ事で、クエストを行う以外じゃ、何か自分でやることを見つけて、それに打ち込んでいる。
何かやることをみつけないと、精神的にやられてしまう。これがSLOに囚われた俺達がこの一月で導き出した答えだ。
俺は、召喚の台座付近の海岸に足取りを向ける。
俺がこの世界で平常心を保つために始めたこと……それは釣りだ。
取った魚を食べる事もでき、ごく僅かだが経験値も得られる。さらにショップに売却する事により、所持金も増やすことができる。気を紛らわすにはもってこいだった。
……本当はこんな事をしている場合ではないのだろうけど。
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しばらく歩いてたどり着いた海岸には、既に先客が居た。
俺とは多少面識のある人物。本来俺が立たねばならない場所に立っている人間。
「どうも……ハリスさん」
俺は海面に糸を垂らすハリスさんに声を掛けた。
「珍しいですね、ハリスさんがこの時間帯に此処へ来るなんて」
この一月、俺はほぼこの海岸に通っているのだが、よく経験値稼ぎを終えた後に此処へやってきたハリスさんと鉢合わせる。どうやらハリスさんも釣り好きらしい。
でもまあ、大体いつも午前中はフィールドに出ていて、やって来るのは夕方頃なので、この時間帯に会うのは初めての事だった。
「今日はどうかしたんですか?」
「単に今日は休みを取ろうと思っただけさ。考えてもみなよ、ユウキ君。超が付く程のブラック企業だって、少なからず休みはあるだろ? ソレと同じさ。休みを取らないと、精神的に参るよ」
まあ……その通りだった。
こうして街に残っている俺達だって辛いのに、無謀とも思える攻略を行おうとしているユカやハリスさんが感じる辛さというのは、想像を絶する物なのだろう。
それに……レベルも上がらないし、ストレスも溜まる。
確か一月前のハリスさんのレベルが9。そして一昨日会った時の話の中に出てきたレベルが11。
一か月で上がったレベルはたったの2だ。
正直もう北門の先のフィールドにでも行かないと、レベル上げの効率が悪すぎる……けど、引き上げる直前で、十分に安全マージンの取れていた西門のモンスター相手に部隊が半壊した事を考えると、多少の安全マージンでは、北門先のフィールドへは向かえない。コレがハリスさん達の見解だ。
「そうだ……休みといえば、ユカさんに君から言っておいてくれないか?」
「言うって……何をですか?」
「少しは休めって事だよ。僕なんかはある程度休みを入れているけど、あの子は今まで一度もフィールドに出なかった日は無いんじゃないかな? おかげで昨日レベル抜かれちゃったよ」
苦笑混じりにハリスさんはそう言って続ける。
「何か会ってからじゃ遅い……でも僕から言っても、聞き入れてくれないんだ。でもキミはあの子の親しそうだし、少しは休ませてあげる事が出来るんじゃないかな?」
「そう……ですかね」
ユカの背負っている物の重さは、他のプレイヤーとは比べ物にならない。
俺が何か言った所で……何か変わるのだろうか。
「まあとにかくよろしく頼むよ……っと、掛った掛った」
どうやらハリスさんの竿に魚が掛ったみたいだった。
「……なかなか重いな……ッ」
「大丈夫ですか?」
「まあなんとか……っし、一気に引き上げる!」
そう言ってハリスさんは竿を引き、勢いよく大きな魚が水面から引き上げられ……それが何かの合図だったかのように、正面から轟音が響いた。
「な、なんだ……ッ!」
まるでガラスが砕ける様な……そんな音。SLO内ではもちろん、現実世界でも聞いたことが無い様な音。俺達二人は、その音を発したと思われる地点に視線を向けた。
「……は?」
「いや、ちょっと待て……嘘だろ……オイ」
思わずそんな言葉を漏らしてしまう様な光景がそこにはあった。
百五十メートルも離れているのに……しっかりと肉眼で捉える事の出来るほどの大穴。
そんな物が……海の聖域と海底を隔てる結界に……現れていた。
つまりはどういう事か。
――海底の水が海の聖域の中に入ってくる。
「マズイよユウキ君……」
「ええ……アレ……あのままだったら……」
「何時頃になるかは、しっかり考えないと分からないけど……いずれ、確実に……一層を海水が埋め尽くす……ッ」
つまり……つまりだ。
タイムリミットが出現した。
ただでさえ無謀とも言える攻略に。
さらに無謀と言われている外部からの救出に。
絶望的なタイムリミットが……出現した。
ようやく海が絡んできた……ッ!




