うららかな午後には夕立が少しだけ似合う
らいとのべるぽい物の習作・れんしゅうに、かいてみたものです。
が、何か違う……ムズカシイね。
一回4000字縛りがお約束。
過去は不意打ち、突然殴りかかってくる。
緊急回避で前転しても避けられるものでもなく、たいがい正面衝突をやりすごせない。
そういう記憶というか、記憶のようなものが今年もやってくる。やってくるなら逃ればいい、思ったことは何度もあるけれど逃げたところで先もない。
袋小路に迷い込み、あっちこっちにぶつかって、もがくだけ――複雑? 複雑だ。感じているのが自分の心のどこか一部だとしても。
きっかけは遠い、最悪だったできごとなのに、探してみればたいしたものでもないだろうか、あやふやで思い出せない。
また記憶を閉じる日が近づいてくる。日常はずっと変わらない、変わっているのかもしれないけれど、自分の中では変わらない。
それがちょっとだけ。
つらい。
→うららかな午後には夕立が少しだけ似合う
高校という生活習慣が一年くらいたったある日、授業をさぼって逃げだした午後。見上げると雲が走り速度はとても早い、きっと雨がやって来る。
そんな変化を肌で感じつつ、雲が行くのをただ眺めていた。空っぽの手に傘はない、このままいけばぬれるのは確実だ。
それでもなぜだろう、このままでいたかった。
「手前!」
かけられた声は聞き覚えがあった。
手前・手前熊男 (説明すると俺のことだ。名前がおかしいのは気にしてはいけない、身長は想像に任せる、顔は整ってはいない、クラスの片隅に存在する目立たない。テンプレート熊など と呼ばれることもあるが、なにが原因だったのかもう覚えていない)
人称というか名前として最悪な呼び方だと思う。けれどその独特な型式からして俺のことに間違いない、だから振り返る。
視線の先、声の主は同じクラスの初月神流。
お
ま
え
か!
「ぅぜーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー初月かよ!」
精神が呼応した。臨戦状態に入り身構える。この女、苦手だ。
「狩猟開始」
俺の発言? など無視して、初月は無慈悲なゲームの開始を宣言した。
説明する間はない、置いていっているわけではない。ゲームだ。ゲームは何かを賭けておこなう。例えば、好みの美少女が勝負に負けて脱ぐ。そんな分かりやすいものであれば、すごくよい。
ここではそういうことにしてみよう。しかし、大きな問題が立ちふさがる初月は決して美少女とはいえない。判定するなら、そのあたりにいる普通の女子だ。現実は厳しい。特典は制服、けれどうちの制服は残念なことにそんなにかわいくない。
といってもこのさい中身のほうがちょっと大事、脱がすにしても勝ったあかつきには――。
「すきあり」
ドゴッ。
急・展・開。
何の勝負かを説明する前に鈍い音が俺の頭上を襲った。お約束を無視するとはいい度胸すぎる。
「いって」
鉄拳制裁? 思いっきりグーで殴りやがった。
「狩猟終了! 山口捜してたよ」
何かをやりとげたあと特有の満足げな顔、それに無性に腹が立つ。
狩猟と終了と安易にかけたわけではないと思うが、初月のセンスの古さにはついていけないときが、多々ある。
どっちにしろ今回もまた俺とあいつのの瀬戸際の勝負が終わった。何を賭けているのかいまだによく分からないが、いまのところ俺は全敗だ。
のほほんとした日常。というのかもしれない。安易な毎日がこうして続いていく、俺たちの時間がありきたりであることを証明していて、平和な世界がここにあるを示している、振り返ってみるとそういう時間こそが、
「またぶつぶつ言ってる? 顔は普通なんだからそういうところ直してみたら、なんていうのかなあ。人と話してるのに自分と会話してる感じ、すごく気持ちわるいよ」
……人の回想を勝手に破んなよ。悪かったな。だが、そういう忠告を素直に聞ける性格でもない。
「大きなお世話だ。でぶ」
「まったくガキだなあ、手前は。お姉さん怒っちゃうぞ、てへ」
「てへじゃねー、擬態語を音声化するなんて、一昔前の流行だろ。時間がたったけど過去は変わらないよとかいうんだったら、何も進化してない!」
「理由はどうでもいいよ。私さ、連れてかえってこいと言われただけだし」
拳を握る初月。唐突にこの女が格闘に特に優れていたことを鮮明に思い出した。
「……」
痛いのはいやなんだ。俺は黙った。
「戻ろう」
こうして俺は教室に連行されることになった。
昼休みのついでに逃げたこともあって校外に俺はいた。だから校舎からは少し離れている。
初月は山口、教科担任に言われて追跡してきたらしい、うちのクラスは妙に面倒見がいいやつらがそろっている気もするが、いやあれを面倒見が良いというのは間違いの気もするけど……。
それはいいとして、この状況を説明してほしい。 なぜ、俺はこの女と腕を組んでいる。男の本能として、状況が嫌というわけではない。だが恐怖が勝っているほうが、かなり大きいのも事実だ。
どうせ言葉で言っても通じないのは経験から分かっていたけれど、一応言う。
「離れろよ」
「離したら、逃げるよね」
「逃げる!」
「じゃだめ」
初月は三歳児を扱うような態度だ。
ここで無理に押し通しても殴られるのがおち、力の差は歴然だ。
「くっつくな」
「そんなに嫌がらなくてもいいのに。私じゃ、いやかな」
後ろでまとめた長い髪がふわりとなびく。稽古の時に邪魔だから、初月はそう言っていたのをふと思い出す。瞬間、組んだ腕に違和感、この女、胸だけは大きい。
この現象の意味が何なのか確認するため、頭一つ下、肩のあたりに視点を移すして初月と眼で話す。初月は上目使いでほほ笑み、体を俺に預けてきた。
重心が寄った分、より違和感はました。鼓動が高鳴った。嫌かどうかが問題ではない。生理現象には逆らえない……まて、まてまてまてよ。これは罠だ!
「B級ラブコメぽい台詞を迫真の演技で演じようとするのやめろよな。いたいけな男子を手玉にとって何が楽しいんだよ。あとでさらす気だろ。このハンター!」
「ちぇ、つまんないなあ。嫌じゃないくせに」
「それとはこれはべつだろ、俺だってどうせなら」
「どうせなら――何?」
緊急回避のアラートが鳴り響いた。続ける言葉を選ばなければならない、理由を理解できないとしても。
突然あふれるでる汗、日差しのせいなのか、緊張のせいなのか分からない。定まらない視線を通る青空に視線を移すと雲がこちらをゆっくり見返した。
どうすればいい、ずっとこのままでいられるわけでもない。沈黙は遠くても二人の距離は近い――。
「なんでもない」
しぼり出せたのはそっけない返事だった。すると突然腕がほどかれる。内心の動揺を隠し、俺は空を見ていた。
お互い無言のまま、初月はがさごさと自分のかばんの中を探しているようだった。
しばらくして、
「手前さ、これ好きだったよね」
差し出された紙パックに描かれている牛のイラストがちょっとにじんでいる。
それは甘さだけが長所のコーヒーだった。コーヒーというよりもコーヒー牛乳。安っぽい包装、子供しか飲まないような甘さだ。けれど、俺は昔から大好きだった。
憶えていたんだ――。
「お、おう」
懐かしさに思わず受け取っていた
ぱちり。伸ばしたストローで吸い込む、記憶の中にある思い出を味わうかように、その様子を初月がじっとみつめていた。
「子供みたい。雨、降るかな。私さ、濡れるの少し好きなんだ」
初月の疑問を合図にしたのだろうか? 冷たい空気が降りてくる。ゆっくりとだが静かに立ち昇る水の匂いは土煙を巻き込み、のどを通るほのかな苦さに追いついた。胸のわだかまりを呼吸と一緒に吐き出したあと『ありがとう』その五文字をいつ切り出すか、俺はずっと迷っていた。
いまさら自分から言い出すのは、気恥ずかしかった……初月が気にしないとしても、だが俺の気持ちをよそに忍び寄る。
「雨だ」
灰色の雲の下、なぜか嬉しそうな初月が言った。
刃向かう気はもうなかった。そうだ、コーヒーを飲んだせいだ。そのせいだ。自分にそう言い聞かせ、土砂降りになる前に戻ることにする。
その時、俺はコーヒーパックをどうしようかを考えていた。悩んだあげく紙パックを手に初月と顔を見合わせるが、答えはすぐにでた。
「いっけぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
初月かせ大きく振りかぶり空に向かって投げた紙パックは、弧を描いて不恰好な回転を繰り返す。これが晴れなら絵になった気もするけれど、あいにくの曇り、それでも楽しそうな初月は
少し変わっているような気もした。しばらく宙を飛んでいたパックを見計らったように雨脚が強まる。転がって地面に落ちたパックをどうするか考えていた俺の手を初月が取った。
温もりに戸惑う俺をよそに。
「帰ろうよ」
初月は混じりけも何もない、本当にただの笑顔を向けた。
思わず、そのままうなずきそうになった。けれど初月に言っていない言葉が脳裏に浮んで素直になれない、たいしたことではないのに自分が嫌な奴のような気がした。それなのに言えない自分もいる。
何度も、何度も言おうとしたのに、やっぱり言えないその言葉は。
ありがとう。
思い切って口にする寸前、本格的にやってきた来た夕立が全てを消し去ってしまい、雨音の行進を背に俺は軽い後悔を抱えながら駆け出した。