第64話 大坂夏の陣
夏が、来た。
冬の陣から——半年。
堀を埋められた大坂城が——
夏の空の下に、立っていた。
天守は——まだ、聳えている。
しかし——
堀のない城は、城ではなかった。
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「……裸になったな」
宗茂は、馬上で言う。
「はい」
十時が、答える。
「冬の陣で——堀を埋めさせた」
「はい」
「家康公の——策だ」
「はい」
「見事な——策だ」
一拍。
「恐ろしい男だ」
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鎮幸が、隣で言う。
「……始まりますね」
「ああ」
「今度こそ——」
「ああ」
「豊臣は——」
「……ああ」
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宗茂は、答えながら——
城を、見ていた。
秀吉が建てた城。
天下人の城。
その城が——今日、最後の戦場になる。
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陣触れが、来る。
立花の旗が——動く。
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戦が、始まった。
夏の大坂の野が——
喊声で、満ちる。
銃声。矢。怒声。
冬の陣よりも——激しかった。
豊臣方が——死に物狂いで、戦っていた。
負けると分かって——
それでも、戦っていた。
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「……岩屋城に——似ているな」
宗茂は、小声で言う。
「何が、ですか」
「勝てないと——分かっていても」
「はい」
「戦い続ける」
「……はい」
「紹運殿と——同じだ」
「……義のために」
「ああ」
「豊臣の義のために——戦っている」
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敵を——尊重する。
これが——宗茂という男だった。
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戦場の中で——
突然、喊声が上がった。
「真田だ——!」
「真田の赤備えが——!」
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宗茂は、その方角を——見る。
赤い旗が——
徳川の本陣へ向かって、突進していた。
真田幸村。
豊臣最後の武将。
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「……あの男か」
宗茂は、見ていた。
赤備えが——徳川の陣を、切り裂く。
一度。
二度。
三度。
家康の本陣が——揺れる。
「……すごい」
十時が、息を飲む。
「ああ」
「あれほどの——」
「ああ」
「一人で——」
「一人ではない」
宗茂が、言う。
「あの男の後ろに——
豊臣の全てが、ついている」
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真田の赤備えが——
しかし、やがて——
止まった。
数で、押し返される。
赤い旗が——倒れる。
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「……散ったか」
宗茂は、小声で言う。
「はい」
十時が、答える。
「見事な——散り方でした」
「ああ」
「あれほどの突撃を——」
「ああ」
「最後まで——」
「ああ」
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宗茂は——
真田の旗が倒れた場所を——
しばらく、見ていた。
「……紹運殿も——こうだったのかもしれない」
小さく、言う。
「岩屋城で——最後まで」
「はい」
「勝てないと分かっていても——」
「はい」
「義のために、散った」
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敵将の死を——
宗茂は、頭の中で、弔う。
碧蹄館の宋象賢に、頭を下げたように。
大津城の高次に、命を助けたように。
この男は——
敵を、尊重する。
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夕暮れが、近づく。
戦場が——静かになっていく。
豊臣方の旗が——
一つ、また一つ、消えていく。
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大坂城の天守に——
火が、上がった。
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「……燃えている」
鎮幸が、言う。
「ああ」
「大坂城が——」
「ああ」
「秀吉公の——城が」
「ああ」
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宗茂は——
燃える天守を、見ていた。
炎が——夕暮れの空を、染める。
朱色の空に——
黒い煙が、上がっていく。
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記憶が——蘇る。
岩屋城が——炎に包まれていた夜。
この物語の——始まりの夜。
あの時も——
空が、朱に染まっていた。
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「……始まりも、炎だったな」
宗茂は、小声で言う。
「何が、ですか」
「俺の——物語が」
「……岩屋城」
「ああ」
「プロローグが——炎の城でした」
「そうだ」
「そして——今も、炎の城だ」
「……はい」
「始まりと——終わりが、同じだ」
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十時が、静かに言う。
「……しかし、殿の物語は」
「なんだ」
「終わっていません」
「……そうだな」
「まだ——柳川が、あります」
「ああ」
「水が——待っています」
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宗茂は——
炎から、目を離す。
前を——向く。
「……そうだな」
「はい」
「俺の物語は——まだ、終わらない」
「はい」
「柳川へ——帰るまでは」
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夜が、来る。
大坂城の炎が——
夜空を、照らしていた。
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陣の中。
宗茂は、一人で——空を見ていた。
炎に照らされた夜空。
その空の向こうに——
秀吉がいる気がした。
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「……秀吉公」
小さく、言う。
「終わりましたよ」
「豊臣が——終わります」
「俺には——止められませんでした」
一拍。
「関ヶ原で——西軍についた」
「しかし——負けた」
「大坂城に——籠城を勧めた」
「しかし——輝元殿が折れた」
「それでも——」
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宗茂は、炎を——見る。
「……あなたの恩は、忘れません」
「鎮西一、と——言ってくれた」
「柳川を——くれた」
「立花を——天下に認めてくれた」
「その恩は——死ぬまで、胸にあります」
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炎が——揺れる。
風が、吹く。
夏の、温かい風。
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「……ありがとうございました」
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宗茂は——
頭を、下げる。
炎に向かって。
秀吉に向かって。
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それが——
この男にできる、最後の義だった。
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次回、第65話「豊臣、滅ぶ」。




