第63話 大坂冬の陣
大坂城が、見えた。
冬の空に——天守が、聳えている。
変わらず、聳えている。
関ヶ原の前も。
関ヶ原の後も。
そして今も——
あの城は、そこにあった。
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宗茂は、馬上で——城を見ていた。
十時が、隣で言う。
「……久しぶりですね」
「ああ」
「あの城は——」
「ああ」
「十四年前——殿が、籠城を勧めた城だ」
「……そうだな」
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十四年。
あの夜、輝元に向かって言った言葉が——
耳に残っている。
「岩屋城を——覚えていますか」
「七百で——三万を相手にした」
「勝てない戦でも——意地を見せることが、できる」
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輝元は——折れた。
「これ以上——血を流したくない」
その言葉も——
間違っていなかった。
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「……あの時、籠城していたら」
宗茂は、小声で言う。
「どうなっていたか」
十時が、答えない。
「家康が——攻めてきた」
「はい」
「大坂の町が——戦場になった」
「……はい」
「輝元殿の判断は——正しかったかもしれない」
「……はい」
「しかし——」
一拍。
「今、俺はその城を——攻める側にいる」
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皮肉だった。
輝元が折れて——助かった城が。
十四年後——
別の戦の舞台になっている。
「……城とは、そういうものか」
小さく、言う。
「人の意志とは——関係なく」
「ただ、そこに——立っている」
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陣を、構える。
徳川方の陣。
宗茂は、その中に——いた。
関ヶ原では西軍だった男が。
今は——徳川の旗の下にいる。
「……奇妙な話だ」
鎮幸が、隣で言う。
「何がですか」
「俺が——徳川の陣にいる」
「はい」
「関ヶ原では——敵だったのに」
「はい」
「今は——味方だ」
「……世の中は、変わりますね」
「そうだな」
「殿は——変わりましたか」
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宗茂は、鎮幸を見る。
「変わっていない」
「はい」
「義のために動く——それだけだ」
「はい」
「今の義は——徳川への恩を返すことだ」
「はい」
「棚倉をもらった」
「はい」
「柳川へ帰る道を——開けてもらおうとしている」
「はい」
「ならば——この戦で、義を示す」
「……承知」
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戦が、始まる。
立花の旗が——動く。
宗茂は、先頭に立つ。
五十を過ぎた体で——
まだ、動けた。
「……まだ、動けるな」
十時が、隣で言う。
「当たり前だ」
「安心しました」
「お前は——俺を老人だと思っているのか」
「思っていません」
「顔が——そう言っていた」
「……失礼しました」
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立花の兵が——駆ける。
冬の大坂の野を。
霜が降りた地面を。
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宗茂は——戦いながら、城を見ていた。
あの天守の中に——
豊臣の残党が、いる。
秀頼が、いる。
秀吉の息子が。
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秀吉の顔が——浮かぶ。
「鎮西一」
あの言葉を——言ってくれた男。
柳川十万石を——くれた男。
天下に——立花を認めてくれた男。
「……秀吉公」
小さく、呟く。
「あなたの息子が——あの城にいます」
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矢が、飛んでくる。
宗茂は、身を——かわす。
「殿——!」
十時が、叫ぶ。
「大事ない」
「しかし——」
「大事ない」
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戦が——続く。
立花の旗が——動き続ける。
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夕暮れ。
陣に戻る。
今日の戦果を——確認する。
「立花——よく戦った」
使番が、言う。
秀忠からの——言葉だという。
「……そうか」
宗茂は、答える。
「ありがたい」
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夜。
陣の中。
宗茂は、一人で——大坂城を見ていた。
闇の中に——天守が、浮かんでいる。
松明の光が——城壁を、照らしている。
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「……秀吉公」
小さく、言う。
「俺は今——あなたの城を、攻めています」
「あなたへの義のために——関ヶ原で西軍についた」
「その俺が——今、徳川の旗の下にいる」
一拍。
「矛盾していますか」
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答えは——返らない。
風だけが、吹く。
冬の、冷たい風。
「……矛盾していない、と思っています」
宗茂は、続ける。
「関ヶ原での義は——本物だった」
「今の義も——本物だ」
「時が変われば——義の向かう先も、変わる」
「しかし——義のために動くという芯は——変わらない」
一拍。
「それが——立花です」
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城の松明が——揺れる。
宗茂は、城を——見つめる。
「……鎮西一、と」
小さく、言う。
「あなたは——言ってくれた」
「あの言葉は——今も、胸にあります」
「立花を——天下に認めてくれた言葉として」
「忘れていません」
「忘れられません」
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一拍。
「だから——」
「あなたの息子を——今夜、祈っています」
「生き延びてくれ、と」
「……しかし」
一拍。
「それは——叶わないかもしれない」
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風が、強くなる。
松明が——大きく揺れる。
城が——闇の中で、揺れるように見えた。
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翌日。
冬の陣の——講和が、成立した。
豊臣は——城の堀を、埋める条件で。
戦が、止まった。
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「……終わったか」
鎮幸が、言う。
「今は——な」
「夏も——あるかもしれません」
「ああ」
「堀を埋めれば——」
「城は、裸同然だ」
「はい」
「直茂殿なら——そう考える」
鎮幸が、頷く。
「……家康公も」
「ああ」
「同じことを——考えているだろう」
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宗茂は、大坂城を——最後に見る。
天守が——まだ、立っている。
「……秀吉公の城は」
小さく、言う。
「まだ、立っている」
「はい」
「しかし——」
一拍。
「長くは——ないかもしれない」
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冬の空に——
雲が、流れていた。
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次回、第64話「大坂夏の陣」。




