第61話 棚倉
報せが、来たのは——冬の朝だった。
「立花宗茂——陸奥棚倉一万石、拝領」
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十時が、その文を——
宗茂の前に、置く。
「殿——」
「ああ」
「読みましたか」
「ああ」
「……一万石です」
「ああ」
「大名に——戻りました」
「ああ」
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宗茂は、文を——
もう一度、読む。
「立花宗茂——陸奥棚倉一万石、拝領」
十数文字。
その十数文字の中に——
十年が、詰まっていた。
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十年。
柳川を出てから——十年。
熊本で清正の世話になった日々。
京の四畳半で眠れなかった夜。
荷を運んだ鎮幸の背中。
誾千代の文字。
「水は、待っています」
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「……十年か」
小さく、呟く。
「はい」
十時が、答える。
「長かったですね」
「そうだな」
「しかし——」
「ああ」
「終わりました」
「……終わった」
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その時。
廊下から——
鎮幸の声が、響いた。
「殿!!」
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勢いよく——襖が開く。
鎮幸が、飛び込んでくる。
息を切らしていた。
走ってきたのか——顔が、赤かった。
「聞きました!!」
「ああ」
「棚倉——一万石!!」
「ああ」
「大名に——!!」
「ああ」
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鎮幸は——
その場に、膝をつく。
「……よかった」
声が、震えていた。
「本当に——よかった」
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宗茂は、鎮幸を見る。
五十を過ぎた男が——
膝をついて、震えている。
戦場で笑える男が。
死を恐れない男が。
「……鎮幸」
「はい」
「泣くな」
「泣いていません」
「目が——赤い」
「……風が、強くて」
「今日は——風がない」
「……」
鎮幸は、目を拭う。
「承知しました」
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十時が、静かに言う。
「……私も」
「何が」
「風が——強くて」
「十時まで——」
「申し訳ありません」
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三人は——
しばらく、黙っていた。
その沈黙が——温かかった。
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やがて。
百二十名が——集まってくる。
報せが、広まったのか。
皆の顔が——
一様に、明るかった。
「殿——!」
「おめでとうございます!」
「大名に——!」
声が、飛び交う。
宗茂は、その顔を——一人ずつ、見る。
十年間——
離れなかった顔。
扶持もなく。
城もなく。
それでも——ついてきた顔。
「……皆」
宗茂が、声をかける。
「よく——ここまで来た」
「はい」
「十年——ありがとう」
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誰かが——声を上げる。
「御意!」
百二十の声が——
一斉に、響く。
「御意!!」
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棚倉へ、向かう。
陸奥の道。
九州とは——違う景色。
山が、高い。
空が、広い。
雪が——残っていた。
「……寒いな」
宗茂が、馬上で言う。
「九州より——ずっと、寒いですね」
十時が、答える。
「柳川は——暖かかった」
「はい」
「水路の水が——温んでいた」
「はい」
「こことは——全然、違う」
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鎮幸が、隣で言う。
「……ここは、ここです」
「そうだな」
「柳川ではない」
「ああ」
「しかし——」
鎮幸は、道を見る。
「殿の城です」
「……そうだな」
「殿が——治める土地です」
「ああ」
「ならば——」
「ならば」
「ここの民が——殿の民です」
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宗茂は、道の両側を——見る。
田が、広がっている。
雪の下に——土がある。
春になれば——芽が出る土が。
その土の上に——
民が、暮らしている。
「……そうだな」
静かに、言う。
「ここの民を——守る」
「はい」
「それが——今の俺の義だ」
「はい」
「柳川へ帰るまでの——俺の義だ」
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棚倉の城が、見えてきた。
小さな城。
柳川城とは——比べものにならない。
しかし——
城だった。
宗茂の——城だった。
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城門の前で——
馬を止める。
城を、見上げる。
「……城だ」
小さく、言う。
「はい」
「久しぶりに——城がある」
「はい」
「十年ぶりに——」
「はい」
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宗茂は、城を——
しばらく、見ていた。
小さな城。
しかし——
確かに、そこにある城。
「……道雪殿」
小さく、呟く。
「紹運殿」
一拍。
「誾千代」
一拍。
「見ていますか」
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答えは——返らない。
風だけが、吹く。
陸奥の、冷たい風。
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しかし——
その風の中に。
「宗茂よ。強さとは、守ることだ」
道雪の声が——聞こえた気がした。
「お前は、生きよ」
紹運の声が——聞こえた気がした。
「水は、待っています」
誾千代の声が——聞こえた気がした。
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宗茂は——
目を閉じる。
一拍。
目を、開く。
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「入るぞ」
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城門を——くぐる。
立花の旗が——翻る。
棚倉の空に——
立花の旗が、初めて、立つ。
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夜。
城の一室。
宗茂は、一人で——地図を広げていた。
棚倉の地図。
水路。田。山。
しかし——
その目は、地図を見ていなかった。
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懐から——
文を、取り出す。
誾千代の最後の文。
「水は、待っています」
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「……待っていろ」
小さく、言う。
「棚倉を——しっかり治める」
「民を——守る」
「そして——」
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一拍。
「必ず、柳川へ帰る」
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棚倉の夜が——
静かだった。
雪が——また、降り始めていた。
白く。
静かに。
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しかし——
宗茂の目は、晴れていた。
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次回、第62話「御伽」。




