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雷に打たれた軍神に拾われた少年、やがて西国無双になる ―立花宗茂戦記― 【完結済/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第五章「雷、還る」

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第60話 江戸へ


江戸は、新しい町だった。

京とは——違う。

大坂とも——違う。

まだ、できあがっていない町。

あちこちで——槌の音がしていた。

材木が、運ばれている。

石が、積まれている。

「……作っているな」

宗茂は、馬上で言う。

「はい」

十時が、隣で答える。

「家康公が——天下を、作り直している」

「ああ」

「徳川の——江戸を」

「ああ」

京の古い町並みとは——

何もかもが、違った。

秩序がある。

計算がある。

この町の一本一本の道に——

家康の意志が、通っていた。

「……恐ろしい男だ」

小さく、呟く。

「家康公が——ですか」

「ああ」

「関ヶ原から——もう、次を見ている」

「はい」

「戦が終わる前から——もう、次の百年を作っていた」

十時が、静かに言う。

「……だから、勝ったのですね」

「ああ」

「殿とは——違う」

「そうだな」

「殿は——目の前の義のために動く」

「ああ」

「家康公は——百年先のために動く」

宗茂は、答えない。

江戸の町を——見ていた。

「……どちらが正しいとは——言えない」

やがて、言う。

「ただ——俺には、家康殿のようには生きられない」

「はい」

「それだけだ」

徳川の屋敷。

通される。

広間。

家臣たちが、両側に並んでいる。

その視線が——宗茂に、集まる。

西軍の将。

関ヶ原の敗将。

浪人。

そういう目が——いくつか、あった。

しかし——

宗茂は、その視線を——真っ直ぐ、受けた。

上座に——

徳川家康が、いた。

六十を過ぎた男。

肥えた体。

しかし——その目は、鋭かった。

天下を取った男の目。

百年先を——見ている目。

「立花宗茂——参上」

宗茂が、頭を下げる。

畳に——額をつける。

この瞬間を——宗茂は、何度も想像した。

屈辱か。

あるいは——

いや。

屈辱では、なかった。

「柳川へ帰るために——雷も、頭を下げる」

そう決めた時から——

この頭を下げることは、義の一つだった。

「……面を上げよ」

家康の声が、響く。

低く。

しかし——重い声。

宗茂は、顔を上げる。

家康と——目が、合う。

家康は、宗茂を——

じっと、見ていた。

値踏みする目ではなかった。

測る目、でもなかった。

ただ——見ていた。

この男が、何者かを——確かめるように。

しばらく——

広間が、静まり返る。

「立花」

「はい」

「関ヶ原で——西軍についたな」

「はい」

「勝ち目がないと——分かっていたはずだ」

「はい」

「それでも——ついた」

「はい」

「なぜだ」

宗茂は、答える。

「義のために」

短く。

しかし——重く。

広間が——また、静まり返る。

家康の目が——

少し、動く。

「義」

「はい」

「秀吉への——義か」

「はい」

「秀吉は——死んでいたぞ」

「知っています」

「死んだ者への——義か」

「はい」

家康は——

しばらく、宗茂を見ていた。

その目が——

何かを、考えていた。

「……大津城を——落としたな」

「はい」

「高次を——助けたな」

「はい」

「なぜだ」

「約束したからです」

「約束」

「矢文で——一命を助けると」

「敵将に——約束を守ったか」

「はい」

「……島津義弘を——助けたな」

「はい」

「実父の仇だろう」

「はい」

「それでも——」

「敗軍を討つは、武家の誉れにあらず」

家康は——

目を閉じる。

長い間。

広間の家臣たちが——

静かに、宗茂を見ていた。

やがて。

家康が、目を開く。

側近に——何かを、耳打ちする。

側近が、頷く。

「立花」

「はい」

「お前は——恐ろしい男だな」

宗茂は、答えない。

家康が、続ける。

「勝ち目がなくても——動く」

「はい」

「敵将を——助ける」

「はい」

「父の仇を——助ける」

「はい」

「全部——損だ」

「はい」

「損と分かって——やる」

「はい」

「なぜ——そういう男が、できる」

宗茂は——

少し間を置く。

「二人の父に——育てられたからです」

「二人の父」

「立花道雪と——高橋紹運」

家康が、目を細める。

「雷神と——岩屋城の」

「はい」

「あの二人の——息子か」

「はい」

家康は——

しばらく、宗茂を見ていた。

その目が——

初めて、柔らかくなった。

「……そうか」

小さく、言う。

「あの二人なら——そういう息子を作るかもしれん」

「はい」

「道雪は——落雷で足を失っても、戦場を離れなかった」

「はい」

「紹運は——七百で三万を相手にして、笑って死んだ」

「はい」

「その二人の義が——お前の中に、ある」

宗茂は、答えない。

家康が、続ける。

「立花」

「はい」

「お前の義は——本物だ」

「……」

「関ヶ原で西軍についたことも」

「はい」

「高次を助けたことも」

「はい」

「義弘を助けたことも」

「はい」

「全部——本物の義だ」

一拍。

「だから——恐ろしい」

宗茂は——

家康を、見る。

この男も——

義を、知っている。

天下を取るために、義を曲げてきた男が。

だからこそ——

本物の義が、分かる。

「……家康殿」

「なんだ」

「一つ——お願いがあります」

「言え」

「柳川へ——帰りたい」

広間が——

また、静まり返る。

家康は——

宗茂を、見る。

長い間。

その目が——

何かを、決めようとしていた。

「……今は——まだ、早い」

やがて、言う。

「しかし——」

「はい」

「いつか——考えよう」

「……はい」

「お前の義は——覚えておく」

宗茂は、頭を下げる。

「ありがとうございます」

広間を、出る。

廊下で——十時と鎮幸が、待っていた。

「……どうでしたか」

十時が、聞く。

「いつか——考えると」

「いつか」

「ああ」

「……今すぐ、では」

「ない」

十時が、目を伏せる。

「そうですか」

鎮幸が、腕を組む。

「しかし——」

「ああ」

「可能性は——あります」

「ある」

「ゼロでは——ない」

「ゼロでは、ない」

宗茂は、江戸の空を——見上げる。

晴れていた。

京を出た朝と——同じ、冬の青い空。

「……待つぞ」

小さく、言う。

「水のように——待つ」

「はい」

「誾千代に——教わった」

「はい」

「待つことは——負けではない」

鎮幸が、低く言う。

「……承知」

十時が、頷く。

「承知」

江戸の空に——

冬風が、吹いていた。

立花は——

待つ。

雷は——

消えていない。

次回、第61話「棚倉」。

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