表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雷に打たれた軍神に拾われた少年、やがて西国無双になる ―立花宗茂戦記― 【完結済/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第四章「義の人」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/69

第58話 喪失

三日が、過ぎた。

誾千代の報せが届いてから——三日。

宗茂は、毎朝——起きていた。

食べていた。

十時や鎮幸と——言葉を交わしていた。

傍目には——変わらなかった。

しかし。

夜になると——

眠れなかった。

床に就く。

目を閉じる。

誾千代の顔が——浮かぶ。

眠れない。

四日目の夜。

宗茂は、床を出た。

文机に向かう。

誾千代の最後の文を——取り出す。

「水は、待っています」

几帳面な文字。

いつもと変わらない、几帳面な文字。

「……几帳面な女だった」

小さく、言う。

誰にも——聞こえない声で。

「文字まで——几帳面だった」

最初に会った時のことを——思い出す。

立花山城。

道雪の娘。

凛とした目。

乱れない姿勢。

「女城主」と呼ばれていた、その姿。

宗茂は、その時——正直に思った。

怖い女だ、と。

近寄りがたい女だ、と。

しかし——

道雪が言った。

「誾千代は——強い子だ」

「強いが——孤独だ」

「お前が——そばにいてやれ」

そばにいた。

ずっと——そばにいようとした。

朝鮮へ渡っている間も。

関ヶ原で離れている間も。

浪人になってからも。

しかし——

誾千代は、肥後で死んだ。

宗茂のそばではなく。

柳川でもなく。

肥後で。

一人で。

「……すまなかった」

小さく、言う。

「そばにいられなかった」

一拍。

「最後まで——そばにいると、言ったのに」

雨が、降り始める。

窓を——雨が叩く。

京の冬の雨。

宗茂は、文を——胸に当てる。

目を閉じる。

誾千代の声が——聞こえる気がした。

「花宗川が——待っていました」

柳川に帰った時の、あの声。

「帰ってきてください」

出陣の朝の、かすかに震えた声。

「水は——なくなりません」

開城の夜の、静かな声。

全部——覚えていた。

一言も——忘れていなかった。

「……声まで」

目を開く。

「几帳面に——覚えている」

その時。

襖の外から——気配がした。

「殿——」

十時の声。

「起きていますよ」

宗茂が答える。

「……失礼します」

襖が、開く。

十時と鎮幸が——入ってくる。

二人とも、起きていた。

「眠れなかったか」

宗茂が聞く。

「……殿が眠れていないのに」

鎮幸が言う。

「俺たちが眠れるわけがありません」

「お前たちまで——」

「当然です」

三人は——

並んで、座った。

文机の前。

誾千代の文が——一枚、置いてある。

「水は、待っています」

十時が、静かに言う。

「……奥方は」

「ああ」

「最後まで——柳川を、想っていたのですね」

「ああ」

「殿のことも——」

「ああ」

「……羨ましい」

十時が、小さく言う。

「そこまで——想われる殿が」

宗茂は、答えない。

文を——見ていた。

「十時」

「はい」

「誾千代は——怖い女だった」

十時が、目を細める。

「……そうですか」

「最初に会った時——近寄りがたかった」

「しかし——」

「しかし——」

一拍。

「誰よりも——正直だった」

「はい」

「勝敗に拘らず、と——一言で書いた」

「はい」

「水は、待っています、と——一言で書いた」

「はい」

「余計なことを——一切、書かなかった」

宗茂は、文を折り直す。

懐に、仕舞う。

「……俺には、もったいない女だった」

静かに、言う。

鎮幸が——

低く、言う。

「殿」

「なんだ」

「奥方は——」

「ああ」

「もったいないとは——思っていなかったと思いますよ」

「……そうか」

「はい」

「根拠は」

「ありません」

一拍。

「しかし——そういう女でしたから」

宗茂は——

鎮幸を、見る。

この男は、いつも——核心を突く。

「……そうだな」

小さく、笑う。

初めて——三日ぶりに、笑った。

雨が、続く。

三人は——

しばらく、黙っていた。

その沈黙が——不思議と、温かかった。

やがて。

宗茂が、口を開く。

「十時」

「はい」

「鎮幸」

「はい」

「一つ——聞く」

「なんですか」

「柳川へ——帰りたいか」

二人は——

顔を見合わせる。

やがて。

十時が、言う。

「……帰りたいです」

「そうか」

「花宗川を——もう一度、見たいです」

「ああ」

鎮幸が、続ける。

「俺も——帰りたいです」

「そうか」

「あの城で——もう一度、戦いたいです」

「……そうか」

宗茂は、立ち上がる。

窓を——開ける。

冷たい雨が、顔に当たる。

京の夜の空が——暗い。

しかし——

その向こうに。

九州がある。

柳川がある。

花宗川が——流れている。

「誾千代」

小さく、呟く。

「水は——待っていると、書いたな」

雨が、降る。

「……俺も、待っている」

「柳川へ——帰る日を」

「お前が待っている——あの水のほとりへ」

「必ず——帰る」

窓を、閉じる。

振り返る。

十時と鎮幸が——見ていた。

「行くぞ」

「どこへ、ですか」

「江戸へ」

「……家康公に」

「ああ」

「頭を——下げるのですか」

「下げる」

一拍。

「柳川へ帰るためなら——何でもする」

鎮幸が、立ち上がる。

「……承知」

十時が、立ち上がる。

「承知」

雨が——

少し、強くなっていた。

しかし——

宗茂の目は、晴れていた。

誾千代が——

待っている。

水が——

待っている。

立花は——

まだ、終わっていない。

次回、第59話「立花は、まだ終わらん」。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【2日で500PV突破!】西国無双・立花宗茂、その圧倒的武勇と義理を貫いた生涯を描く本格戦記。雷神・道雪に拾われた少年が、乱世を駆け抜ける!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ