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【なろう日間24〜28位ランクイン!】雷に打たれた軍神に拾われた少年、やがて西国無双になる ―立花宗茂戦記― 【完結済/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第四章「義の人」

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第57話 報せ

朝から——雨だった。

京の冬の雨。

冷たく、細く、止まない雨。

宗茂は、文机に向かっていた。

誾千代への返文を——書いていた。

「体の具合が優れないとのこと——無理をするな」

先月、そう書いた。

返事が——まだ、来ない。

いつもは、一月以内に届く。

今月は——まだ、来ない。

「……遅いな」

小さく、呟く。

十時が、部屋に入ってくる。

その顔を——見た瞬間。

宗茂は、筆を置いた。

十時の顔が——いつもと、違った。

「……なんだ」

「殿——」

「なんだ」

十時が、口を開く。

閉じる。

また、開く。

「肥後から——使者が」

「……ああ」

「誾千代様が——」

十時が、言い切れない。

宗茂は——

十時を、見ていた。

言葉の続きを——待っていた。

しかし。

待たなくても——

分かっていた。

「……いつだ」

宗茂が、聞く。

「先月——慶長十七年、十月のことです」

「そうか」

「……申し訳——」

「お前のせいではない」

「しかし——」

「十時」

宗茂が、静かに言う。

「少し——一人にしてくれ」

十時が、頭を下げる。

部屋を、出る。

襖が、閉まる。

静寂。

雨の音だけが——残った。

宗茂は——

しばらく、動かなかった。

文机の前に、座ったまま。

筆が——まだ、手の中にあった。

誾千代への返文を——書きかけたまま。

「……誾千代」

小さく、呟く。

答えは——返らない。

雨の音だけが、続く。

目が——乾いていた。

涙は、出なかった。

出ないのではなく——

出る場所が、見つからなかった。

この喪失は——

泣いて終わるものでは、なかった。

誾千代の顔が——浮かぶ。

花宗川のほとりで——並んで立っていた顔。

「花宗川が——待っていました」

あの声。

あの目。

泣かない目。

いつも——揺れない目。

「……お前も、泣かなかったな」

小さく、言う。

「岩屋城の時も。出兵の時も。開城の時も」

一拍。

「俺が——泣けないのは」

「お前に——似たのかもしれない」

雨が、窓を叩く。

宗茂は、窓の外を——見る。

灰色の空。

冷たい雨。

京の冬。

その時。

使者が——もう一つ、文を持ってきた。

「誾千代様より——以前に、預かっていたものです」

「……以前に」

「はい。旅立たれる前に——宗茂様へ、とのことで」

宗茂は、文を——受け取る。

几帳面な文字で——名前が書いてある。

「宗茂様へ」

開く。

「水は、待っています」

それだけだった。

宗茂は——

その文字を、見ていた。

一度。

また、一度。

「水は、待っています」

柳川の水が——待っている。

花宗川が——待っている。

誾千代が——

いつまでも、そこで待っている。

宗茂は——

文を、胸に当てる。

目を、閉じる。

道雪の顔が——浮かぶ。

紹運の顔が——浮かぶ。

そして——

誾千代の顔が——浮かぶ。

三人が——

消えていった。

しかし——

誾千代の言葉が、残っていた。

「水は、待っています」

水は——なくならない。

柳川の水は——流れ続けている。

誾千代が——水に、なったのかもしれなかった。

宗茂は——

目を開く。

文を——折り直す。

懐に、仕舞う。

立ち上がる。

窓を——開ける。

冷たい雨が——顔に当たる。

「……ありがとう」

小さく、言う。

誾千代に向けて。

「待っていてくれて——ありがとう」

「柳川を——待っていてくれて」

「俺を——待っていてくれて」

雨が、降る。

冷たく。

細く。

止まない。

その雨が——

少しだけ、温かく感じた。

宗茂は、窓を閉じる。

振り返る。

部屋の中に——

十時と鎮幸が、立っていた。

いつの間にか——戻ってきていた。

黙って——立っていた。

「……聞いていたか」

「はい」

鎮幸が、答える。

その目が——赤かった。

「すまない」

「いいえ」

「立ち聞きを——」

「当然です」

鎮幸が、腕を組む。

「殿が——一人でいる時間が、長すぎました」

十時が、静かに言う。

「……奥方は」

「ああ」

「最後まで——待っていてくださいましたね」

「ああ」

「水のように——」

「ああ」

三人は——

しばらく、黙っていた。

雨の音が——続く。

「……行こう」

宗茂が、言う。

「どこへ、ですか」

「柳川へ——帰る」

「しかし——今は、まだ」

「いつか——必ず」

一拍。

「誾千代が——待っている」

「……はい」

「水が——待っている」

「はい」

「だから——帰る」

鎮幸が——

目を拭う。

一度だけ。

それだけで——また、元の顔に戻る。

「……承知」

低く、言う。

「どこまでも——ついていきます」

十時が、頷く。

「承知」

雨が——

少し、弱くなっていた。

宗茂は、懐の文を——

一度だけ、手で押さえる。

「……待っていろ」

次回、第58話「喪失」。

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