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【なろう歴史月間100位!/日間18位】雷に打たれた軍神に拾われた少年、やがて西国無双になる ―立花宗茂戦記― 【完結済/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第四章「義の人」

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第55話 京

京は、冷たかった。

九州とは——違う冷たさ。

骨の芯まで染みてくる、底冷えの街。

宗茂は、京の町を歩いていた。

浪人になって、半年が経つ。

熊本を発ち、京へ来た。

清正の食客として世話になり続けるのは——

この男の性分に、合わなかった。

「自分の食い扶持は、自分で稼ぐ」

それだけのことだった。

しかし——

京での暮らしは、想像より厳しかった。

立花宗茂という名は、知られている。

西国無双。

関ヶ原で西軍についた男。

今は——浪人。

「仕官の口は——ありますか」

尋ねるたびに、相手の目が変わる。

値踏みする目。

同情する目。

あるいは——

「西軍の残党を、抱える余裕はない」

そういう目。

十時が、戻ってくる。

「殿」

「どうだった」

「……今日も、駄目でした」

「そうか」

「五軒——当たりましたが」

「そうか」

十時が、目を伏せる。

「申し訳——」

「お前のせいではない」

「しかし——」

「十時」

宗茂が、言う。

「お前が謝ることは——何もない」

借りている部屋は、狭かった。

四畳半。

宗茂と十時と鎮幸の三人で、使っていた。

他の家臣たちは——近くの長屋に、分かれて暮らしていた。

「皆——食えているか」

「……なんとか」

「なんとか、か」

「はい」

「正直に言え」

十時が、少し間を置く。

「……厳しいです」

「そうか」

「しかし——誰も、文句を言いません」

「……そうか」

鎮幸が、夕方に帰ってくる。

風呂敷を、抱えていた。

「……何だ、それは」

宗茂が聞く。

「米です」

「どこで」

「……働いてきました」

「働いた」

「荷運びを——少し」

宗茂は、鎮幸を見る。

立花の先鋒を務めた男が。

戦場で笑える男が。

京の町で——荷を運んでいる。

「……鎮幸」

「なんですか」

「すまない」

「何が、ですか」

「お前に——そんなことをさせている」

鎮幸は——

風呂敷を、下ろす。

宗茂を、見る。

「殿」

「なんだ」

「荷運びの何が——恥ずかしいのですか」

「……」

「民は、毎日やっています」

「そうだが——」

「俺は今——民と同じです」

一拍。

「それの、どこが悪いのですか」

宗茂は、答えない。

鎮幸が、続ける。

「殿が——民のために城を開けた」

「ああ」

「民と同じ暮らしを——するのは」

「……」

「当然ではないですか」

宗茂は——

しばらく、鎮幸を見ていた。

「……お前は」

「なんですか」

「昔から——そういう男だな」

「どういう男ですか」

「核心を——突く」

鎮幸は、腕を組む。

「褒め言葉として——受け取ります」

その夜。

文が、届いた。

誾千代からだった。

「京は寒うございますか。こちらは——加藤様の御世話になり、息災にしております」

几帳面な文字が、並んでいる。

「宗茂様のご無事を——毎朝、祈っております」

「家臣の皆も——達者とのこと、安心しました」

「柳川の水は——今日も、流れているそうです。増時が、知らせてくれました」

宗茂は、文を読む。

一度。

また、一度。

「……達者か」

小さく、呟く。

十時が、隣で言う。

「奥方から——ですか」

「ああ」

「……よかった」

「ああ」

文の最後に——

一行、付け加えられていた。

「このところ、少し体の具合が優れません。大事にはありませんが、ご心配なきよう」

宗茂は——

その一行を、見る。

しばらく——見ていた。

「……大事にはない、か」

「殿——」

「大事にはない、と書いている」

「はい」

「誾千代が——そう書くなら」

「はい」

「大事にはない、のだろう」

しかし——

筆を取る。

返文を、書く。

「体の具合が優れないとのこと——無理をするな。医者に診てもらえ」

書いて——止まる。

「こちらは——達者だ。家臣たちも、共にいる」

「必ず帰る。それまで——待っていてくれ」

筆を、置く。

文を、折る。

「……待っていてくれ」

小さく、もう一度、呟く。

翌月。

報せが、来た。

加藤清正——死去。

宗茂は、報せを——

黙って、聞いた。

「……清正殿が」

十時が、言う。

「はい」

「いつだ」

「先月——慶長十六年、六月のことです」

「そうか」

しばらく——

誰も、口を開かなかった。

四畳半の部屋が——

静まり返っていた。

「……開城を、勧めに来た男だった」

宗茂が、言う。

「はい」

「嘘をつかない男だった」

「はい」

「仕官の口は約束できない、と——正直に言った」

「……はい」

「それでも——世話をしてくれた」

宗茂は、目を閉じる。

清正の顔が——浮かぶ。

「変わらないな」と言った顔。

「強いな——というより、揺れない」と言った顔。

「……義のある男だった」

小さく、言う。

「秀吉公への恩を——最後まで抱えていた」

十時が、静かに言う。

「……清正殿がいなくなれば」

「ああ」

「後ろ盾が——」

「なくなる」

「はい」

「分かっている」

宗茂は、目を開く。

窓の外——

京の空が、見えた。

灰色の、冬の空。

「……それでも」

前を——向く。

「立花は——まだ、ここにある」

「はい」

「清正殿の分まで——生きる」

「……はい」

「必ず——柳川へ帰る」

鎮幸が、低く言う。

「……承知」

十時が、頷く。

「承知」

京の空に——

冬風が、吹いていた。

冷たく。

しかし——

宗茂は、その風を——

正面から、受けていた。

次回、第56話「肥後の女」。

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