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雷に打たれた軍神に拾われた少年、やがて西国無双になる ―立花宗茂戦記― 【完結済/一気読み推奨】  作者: 筑紫隼人
第四章「義の人」

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第53話 開城

兵糧が、尽きかけていた。

柳川城の蔵が——空になっていく。

一日一日、確実に。

宗茂は、毎朝——城の水路を見た。

花宗川が、流れている。

変わらず、流れている。

しかし——

城下の民の顔が、変わっていた。

頬が、こけている。

目が、落ちくぼんでいる。

子供たちが——泣かなくなっていた。

泣く力も、なくなっていた。

「殿」

十時が、報せを持ってくる。

「城下の米が——底をつきました」

「……そうか」

「兵の分は——あと十日ほど」

「十日か」

「はい」

宗茂は、水路を見たまま——

答えない。

十日。

あと十日、立花の旗が立つ。

その十日の間に——民が、死ぬ。

「殿——使者が来ています」

「誰だ」

「加藤清正殿の——使いです」

清正の使者は、一通の書状を持っていた。

「清正様より——直接、お話ししたいとのことです」

「……清正殿が、自ら来るか」

「はい」

「分かった」

「お通しします」

「ああ」

加藤清正が、城に入ってきた。

大柄な男。

朝鮮でも共に戦った男。

その顔が——今日は、戦場の顔ではなかった。

「宗茂殿」

「清正殿」

「……久しいな」

「ああ」

「碧蹄館以来か」

「そうだ」

二人は、向き合う。

清正が、先に口を開く。

「単刀直入に言う」

「聞く」

「開城してくれ」

静寂。

宗茂は、答えない。

清正が、続ける。

「家康公は——宗茂殿の武勇を認めている」

「……」

「開城すれば——命は取らない」

「命の話ではない」

「分かっている」

清正は、宗茂を見る。

「だから——来た」

「清正殿」

宗茂が、言う。

「立花は——まだ戦える」

「知っている」

「兵が——まだいる」

「知っている」

「鍋島を——追い返せるかもしれない」

「……知っている」

清正は、静かに言う。

「だが——」

「ああ」

「城下の民が——限界だ」

宗茂は、目を閉じる。

清正の言葉が——

分かっていた。

分かっていたから——

この十日間、毎朝水路を見ていた。

「宗茂殿」

清正が、一歩、前に出る。

「お前の義は——俺も知っている」

「……」

「関ヶ原で西軍についたのも」

「……」

「大津城で高次を助けたのも」

「……」

「義弘殿を助けたのも」

「全部——知っている」

清正の目が——真剣だった。

「だからこそ——言う」

「今、この城で死ぬのは——義ではない」

「……」

「民を道連れにして散るのは——立花の義か」

宗茂は——

目を開く。

清正を、見る。

この男も——義のために動いている。

秀吉への恩を抱えて、徳川の世を生きている。

立場は違う。

しかし——根っこは、同じだった。

「清正殿」

「なんだ」

「一つ——聞く」

「聞く」

「立花は——残れるか」

清正は、少し考える。

「名前は——残るかもしれない」

「領地は」

「……それは、約束できない」

「正直だな」

「嘘はつかない」

宗茂は——

しばらく、黙っていた。

城下の方角を——見る。

水路が、光っている。

民が、そのほとりに——暮らしている。

「……民のために——開ける」

静かに、言う。

「立花の義のために——ではない」

「……」

「民が、苦しんでいる」

「それだけか」

「それだけだ」

清正は——

その言葉を、受け取る。

しばらく——黙っていた。

「……お前は」

低く、言う。

「本当に——変わった男だな」

「そうか」

「褒めている」

その夜。

宗茂は、誾千代の部屋へ行った。

誾千代が——待っていた。

すでに——知っていたように。

「……開けるのですね」

「ああ」

誾千代は、答えない。

しばらく——行灯の火を、見ていた。

「誾千代」

「はい」

「すまない」

「……何が、ですか」

「柳川を——守れなかった」

「……」

「道雪殿から受け継いだ城を——」

「宗茂様」

誾千代が、宗茂を見る。

その目が——静かだった。

「父上は——城を守れと言いましたか」

「……」

「民を守れと——言いませんでしたか」

宗茂は、答えない。

道雪の声が——耳に響く。

「強さとは、守ることだ」

守るべきものは——城ではない。

「……そうだな」

小さく、言う。

「父上なら——同じことをしたかもしれない」

「はい」

「民を——道連れにしない」

「はい」

誾千代は——

行灯の火を、見る。

「柳川は——水の城です」

「ああ」

「水は——なくなりません」

「……ああ」

「いつか——」

一拍。

「必ず、帰ってきてください」

宗茂は——

その言葉を、胸の中に、仕舞う。

「ああ」

「必ず」

翌朝。

夜明け。

城門の前。

立花の旗が——立っている。

家臣たちが、並んでいた。

鎮幸が、十時が、増時が——

皆、無言で立っていた。

「皆」

宗茂が、声をかける。

「よく戦った」

誰も——答えない。

鎮幸の目が——赤かった。

十時が——唇を、噛んでいた。

「立花は——負けていない」

宗茂が、続ける。

「民のために——旗を降ろす」

「それだけだ」

風が、吹く。

立花の旗が——揺れる。

旗が——降りる。

鎮幸が——

目を閉じる。

その頬を——一筋、伝うものがあった。

死を恐れない男が。

戦場で笑える男が。

今だけは——

堪えられなかった。

宗茂は——

その旗を、受け取る。

折り畳む。

胸に、抱える。

「……道雪殿」

小さく、呟く。

「紹運殿」

一拍。

「必ず——帰ります」

城門が、開く。

柳川の朝日が——差し込んでくる。

水路が、光っている。

花宗川が——流れていた。

変わらず。

待っているように。

次回、第54話「浪人」。

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