第49話 島津義弘と共に
瀬戸内の海は、荒れていた。
夜の大坂を脱した立花の船団が、西へ向かう。
その隣を、数艘の船が併走していた。
島津の旗。
「丸に十の字」が、月明かりに揺れている。
⸻
「殿」
十時が、甲板で声を低くする。
その手は、腰の刀にかけられていた。
「なんだ」
「……島津です」
「見れば分かる」
「納得がいきません」
「十時」
「岩屋城を忘れたのですか。紹運様を——あの島津が」
⸻
宗茂は、答えない。
波の音を——聞いていた。
しばらく。
「……忘れてはいない」
「ならば——」
「露梁で、共に戦った」
「しかし——」
「敗軍を討つは、武家の誉れにあらず」
⸻
十時は、拳を握る。
やがて——
視線を、落とす。
「……承知」
⸻
島津の船から、一艘の小舟が近づいてくる。
老将が、一人。
立花の船に、足を踏み入れる。
周囲の立花勢から——
殺気が、滲む。
宗茂は、動かない。
ただ——真っ直ぐに、その男を見た。
⸻
「……立花殿」
義弘が、口を開く。
声が、掠れていた。
「島津殿。息災か」
「……辱い。命だけは、繋ぎ申した」
義弘は——
宗茂の背後を、見た。
自らの内室が、そこにいる。
「……家内を助けていただいたこと」
深く、頭を下げる。
「痛み入る」
⸻
波の音だけが——響く。
「顔を上げられよ」
宗茂が言う。
「我らは、共に九州へ帰る身だ」
一拍。
「道中は——立花が、殿を務める」
義弘が、顔を上げる。
「……殿を? 追っ手は、東軍の猛者たちだぞ」
「立花がいれば、誰も通さぬ」
「……」
「柳川まで、共に行こう」
⸻
義弘は——
しばらく、宗茂を見ていた。
やがて。
「……紹運殿は、良い息子を持たれた」
⸻
宗茂は、答えない。
船縁に手をかける。
板の、冷たさ。
潮の、匂い。
波が、船を揺らす。
⸻
数日後。
九州、名護屋。
陸に上がった両軍の前に——
黒田如水の軍勢が、立ち塞がろうとしていた。
「殿、島津を討てば、家康公への申し開きに——」
「ならぬ」
家臣が、口を閉じる。
「友を売ってまで得る柳川など——私は要らぬ」
⸻
宗茂は、馬を進める。
島津軍と並ぶ。
立花の旗を——高く掲げる。
「道を、開けよ!」
⸻
周囲の軍勢が——
気圧される。
義弘が、隣で槍を握り直す。
「……立花殿、恩に切るぞ」
「無用だ」
一拍。
「さあ——帰ろう」
⸻
夜。
陣の中。
宗茂は、一人で地図を見ていた。
柳川が、近い。
「……誾千代」
小さく、呟く。
⸻
帰れる。
だが——
その先に、平和はない。
「……立花は、まだ終わらん」
あとがき
「敗軍を討つは、武家の誉れにあらず」——史実に残る言葉です。
次回、第50話「宋雲院」。




